EP 12
三千の近衛騎士団vs最凶ファミリー。圧倒的暴力の前にひれ伏す王国の盾
車椅子から無様に転げ落ち、青ざめた顔でガチガチと歯を鳴らすエドワード王子。
その眉間に、青白い魔力光を帯びた『無限トカレフ』の銃口がピタリと据えられている。
「ひっ……あ、あ、ああ……!」
エドワードの口から、情けない呻き声が漏れた。
彼は這いずるようにして距離を取ろうとするが、恐怖で腰が抜け、芝生の上を無様に後ずさることしかできない。つい数分前まで彼が頼りにしていたマリアは、今やゴミ箱の中で下半身を晒して気絶しているのだ。
「……だ、誰か! 誰かこの狂った女を殺せ! 私は次期国王だぞ! 王国最強の近衛騎士団よ、何をしている!!」
エドワードは裏返った声で、己を囲む三千の軍勢に向かって叫んだ。
しかし、騎士たちは動けない。
前庭を包み込むのは、ユリウス・ヴァン・オブシディアンの足元から広がる絶対零度の漆黒の魔力と、ハルコの全身から放たれる極道の凄まじい殺気。
歴戦の騎士であればあるほど、本能が「これ以上踏み込めば確実に死ぬ」と警鐘を鳴らしていたのだ。
だが、王国の盾としての矜持が、彼らをその場に留まらせていた。
「……で、殿下をお守りしろォッ!!」
沈黙を破ったのは、部隊を率いる近衛騎士団長だった。
彼は恐怖で震える足に無理やり力を込め、白銀の長剣を引き抜いた。その悲壮な覚悟の叫びに呼応するように、三千の騎士たちが一斉に武器を構え、怒涛の地響きと共にハルコたちへと殺到する。
「全軍、突撃ィィィッ!! 反逆者を討て!!」
金属の鎧が擦れる轟音と、三千の男たちの咆哮。
常人ならば、その音と迫り来る壁のような軍勢を見ただけで気を失うだろう。
しかし、ハルコは銃口を下げ、ひどく退屈そうにため息をついた。
「ホンマに、頭の固い連中じゃ。勝ち目のない喧嘩に突っ込んでくるんは、勇気やのうてただの蛮勇じゃぞ」
「同感だ。我が妻の美しいティータイムをこれ以上邪魔するならば、もはや生かしておく価値もない」
ユリウスが冷酷な瞳を細め、片手を軽く持ち上げた。
「ハルコ。彼らは私が全て氷の彫像に変えよう。君の美しい手を、これ以上下等な血で汚す必要はない」
「アホ言うな。三千人も氷漬けにしたら、後片付けが面倒じゃろうが。それに……」
ハルコはユリウスの腕を軽く叩き、不敵な笑みを浮かべた。
「殺しはなしじゃ。極道の喧嘩は、相手の心を完全にへし折って『参りました』と言わせた方の勝ちなんじゃ。物理でわからせた上で、生かして帰して恐怖を植え付ける。……手足、残しとったれ」
その言葉を聞いたユリウスは、ハッとして目を丸くし、次いで狂信的な歓喜の震えを漏らした。
「ああ……! 敵の命すら己の掌の上で弄ぶ、その圧倒的なまでの強者としての余裕! 素晴らしい、君の慈悲深き暴力の美学に、私はまたしても傅かずにはいられない……!」
「はいはい、わかったから仕事せえ。カレン! お前もじゃ!」
「任しとき、アネさん! ウチのシマ荒らす犬コロどもに、神獣の力、見せちゃるわ!」
極道ドレスを纏ったカレンが、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて一歩前へ出た。
彼女の背中から、炎のように揺らめく巨大な真紅の竜の翼が顕現する。
「まずは、ウチからの挨拶じゃあッ!!」
カレンが大きく息を吸い込み、両腕を広げて翼を思い切り羽ばたかせた。
ズドォォォォォンッ!!
ただの羽ばたきではない。それは、神獣の莫大な魔力を乗せた『暴風の結界』だった。
「な、なんだこの風は……!?」
「うわああああああっ!?」
突撃してきていた先陣の数百人の騎士たちが、見えない巨大な壁に激突したかのように、いともたやすく宙へと吹き飛ばされた。
鎧の重さなど全く関係ない。彼らは木の葉のように舞い上がり、悲鳴を上げながら後方の部隊へと次々に落下していく。
前庭の芝生が大きくえぐれ、突撃の陣形が一瞬にして崩壊した。
「次は私の番だね。ハルコの慈悲に感謝することだ、豚ども」
混乱に陥る騎士団に対し、ユリウスが優雅に指を鳴らす。
パチン、という軽い音が響いた瞬間。
ユリウスの足元から広がっていた漆黒の霜が、まるで意志を持つ蛇のように地を這い、残る二千の騎士たちの足元へと一瞬で到達した。
「な、なんだこれは!? 足が……足が動かない!」
「氷だ! 魔法でブーツが地面に縫い付けられている!」
ユリウスの『絶対零度の影』。
それは騎士たちの膝から下を完全に凍結させ、大理石の彫像のように大地に固定してしまった。殺気を放っていた軍勢が、たった一つの魔法で完全に無力化され、その場に縫い留められたのだ。
「ば、化け物だ……たった二人で、三千の近衛騎士団を……っ」
騎士団長が絶望に顔を歪める。
前衛は暴風で吹き飛ばされ、後衛は氷に囚われた。
しかし、まだ動ける騎士が数十人、ハルコたちの側面から死に物狂いで斬りかかってきた。
「死ねぇぇっ! 悪女ォォッ!」
「……ハエがうるさいのう」
ハルコは表情一つ変えず、右手の『無限トカレフ』を横に薙ぐように構えた。
ユリウスの莫大な魔力でカスタムされたその銃は、反動を完全に殺し、威力を自由に調整できるようになっている。
チャカッ、タタタタタタッ!!
硝煙の匂いすらしない。
銃口から放たれた青白い光の魔力弾が、凄まじい連射速度で空間を切り裂く。
「ぎゃあっ!?」
「剣が……俺の剣が!」
ハルコが狙ったのは、騎士たちの命ではない。
彼らが握りしめている長剣の刀身、そして槍の柄。
青い光の弾丸は、一切の狂いなく騎士たちの武器だけを正確に撃ち抜き、粉々に砕き散らした。手首に伝わる強烈な衝撃で、騎士たちは次々と武器を取り落とし、膝から崩れ落ちる。
「まだじゃ。合気道の時間じゃ」
丸腰になり、恐怖で立ちすくむ数人の騎士たちの懐へ、ハルコは流れるような足取りで潜り込んだ。
「なっ――」
「力みすぎじゃ、ボケ」
ドレスの裾がふわりと舞う。
ハルコは騎士の腕を絡め取り、その巨大な質量をいとも簡単に投げ飛ばした。
ズシン! ズシン! と、重装の騎士たちが次々と背中から芝生に叩きつけられ、関節を極められて呻き声を上げる。
ハルコの額には汗一つかいていない。まるで、朝の散歩でもしているかのような余裕の表情だった。
「……あ、あ、ああ……」
戦闘開始から、わずか三分。
王国が誇る最強の盾、三千の近衛騎士団は、誰一人としてハルコたちに指一本触れることすらできず、完全に沈黙した。
死者はゼロ。だが、全員が武器を失い、地に這いつくばり、あるいは氷に囚われて、完全に戦意を喪失していた。
圧倒的な暴力の差。次元が違いすぎる強さを前に、騎士たちは皆、恐怖で涙を流すことしかできなかった。
「……どうじゃ、騎士団長サン。まだやるか?」
ハルコは足元でうずくまる騎士団長を見下ろし、冷たく問いかけた。
騎士団長は、震える手で地面をつき、ポロポロと悔し涙をこぼしながら、深く、深く頭を下げた。
「……ま、参りました……。我々の、完敗です……っ」
その言葉が、戦いの終わりを告げた。
王国の武力が、一人の極道令嬢の前に完全に屈服した瞬間だった。
「よろしい。ウチのシマの恐ろしさ、骨の髄まで分かったじゃろ」
ハルコはトカレフを弄びながら、ゆっくりと振り返った。
その視線の先には、完全に孤立無援となり、車椅子の傍らで地面に這いつくばっているエドワード王子の姿があった。
「さて、バカ王子。おどれの持ってきたおもちゃ(騎士団)は、もう全部壊れてしもうたで。次はどうやってウチらを楽しませてくれるんじゃ?」
ハルコが獰猛な笑みを浮かべて一歩近づく。
エドワードは己の絶対的な後ろ盾が消滅した現実を受け入れられず、発狂したように首を振った。
「ち、違う……こんなはずはない! 私は次期国王だぞ! お前たちのような野蛮なテロリストに、私が屈するなどあってはならないのだ!!」
極限の恐怖と、ズタズタにされたプライド。
すでに彼の精神は完全に崩壊していた。
エドワードは濁った瞳で周囲を見渡し……そして、彼の視線が、ハルコの背後で腕を組んで立っている神獣カレンの姿で止まった。
己の愚かさを認めたくない一心で、彼は狂ったようにカレンを指差した。
「そ、そうだ……全てはお前のせいだ、ハルコ!! お前が……お前がそんな、汚らしいトカゲ(魔物)なんかを連れ歩くからダメなのだ!!」
その言葉が発せられた瞬間。
前庭の空気が、ピタリと止まった。
「そいつは私から王位を奪うための化け物だ! そいつを今すぐ殺せ! 殺して、私にひれ伏して許しを請え! そうすれば、私の元に戻ることを許して――」
エドワードの言葉は、最後まで続かなかった。
なぜなら、彼の目の前に立っていたハルコの姿が、かき消えるように消えたからだ。
「――――あ?」
次の瞬間。
エドワードの視界は反転し、強烈な衝撃と共に、彼の顔面は大理石のタイルに深くめり込んでいた。
「が、はァッ……!?」
ハルコが、エドワードの頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけたのだ。
先程までの余裕のある笑みは、完全に消え失せていた。
ハルコの瞳の奥に宿っていたのは、本物の、純度百パーセントの『殺意』。
極道の妻が絶対に許さない、越えてはならない一線を、この愚かな王子は踏み抜いてしまったのだ。




