EP 11
雌犬のメッキ剥がし。他人のふんどしで相撲取るガキには、極道の平手打ちとゴミ箱がお似合いじゃ
「――汚物が喋るな」
その一言は、物理的な吹雪よりも冷たく、重く、前庭に響き渡った。
三千の近衛騎士団が固唾を飲んで見守る中、ユリウス・ヴァン・オブシディアンの足元から、底知れぬ漆黒の魔力がドロドロと溢れ出していた。
青々としていた庭園の芝生が、彼を中心にして瞬く間に凍りつき、ピキピキと音を立てて霜に覆われていく。
「こ、公爵、様……?」
自分に都合の良い妄想に酔いしれていたマリアは、向けられた絶対零度の殺気に、ヒュッと喉を鳴らした。
彼女の思い描いていたシナリオでは、今頃ユリウスは「おお、マリア嬢! 私の目を覚ましてくれてありがとう!」と涙を流して自分を抱きしめているはずだったのだ。
しかし、現実は違った。
ユリウスの青い瞳には、路傍の石……いや、靴の裏にこびりついた汚物を見るような、極限の嫌悪と侮蔑だけが宿っていた。
「私の妻を『野蛮な女』と呼び、あろうことか私を慰めるだと? 己の強欲で実家を借金まみれにし、すでに社会的な居場所を全て失っているただの寄生虫が……我がオブシディアン公爵家の、比類なき美しき女主人と自分を同列に語るな。お前は彼女の靴底の泥ほどの価値もない」
「なっ……! じ、実家のこと、どうして……っ!」
マリアの顔から一気に血の気が引いた。
ユリウスは冷酷に鼻で笑う。
「知らぬとでも思ったか? お前の生家は今日の正午、私が全て差し押さえた。お前はもう男爵令嬢ですらない。行き場のない、ただの哀れなメス豚だ。……そんな薄汚い口で、二度とハルコの名を呼ぶな。万死に値するぞ」
「あ……あ、あああ……!」
完璧に取り繕っていた『慈悲深いヒロイン』のメッキが、音を立てて剥がれ落ちていく。
三千の騎士たちも、マリアの正体が「実家を潰されたただの平民」に転落していると知り、どよめき始めた。エドワード王子も「ま、マリア、本当なのか!?」と車椅子の上で狼狽している。
(違う、違う! 私は、私は王妃になるのよ! こんなところで終わるはずがない!)
極限の羞恥と絶望に追い詰められたマリアの中で、ついに何かが弾けた。
「……殺せ! 殺しなさいよぉぉぉっ!!」
マリアは髪を振り乱し、夜叉のような顔で狂ったように金切り声を上げた。
もはや愛らしい男爵令嬢の面影など微塵もない。醜悪な本性を剥き出しにした、ただのヒステリー女だ。
「騎士団! 何をしているの、さっさとその男と悪役令嬢を殺しなさい! 私は次期王妃よ! 私の命令が聞けないのぉっ!?」
顔を真っ赤にして唾を飛ばし、周囲の騎士たちを怒鳴りつける。
しかし、騎士たちは顔を見合わせるばかりで、誰一人として動こうとしない。先ほどのユリウスの威圧感と、ハルコの放つ極道の凄みに完全に呑まれてしまっていたのだ。
「ええい、役立たずどもめ! なら私が直接、その目障りな顔を切り刻んでやるわ!」
発狂したマリアは、近くに立っていた騎士の腰から強引に短剣を引き抜くと、ドレスの裾を振り乱しながら、一直線にハルコへと突進してきた。
「死ねぇぇっ! ハルコォォォッ!!」
「ハルコ!」
「アネさん!」
ユリウスとカレンが同時に動こうとした。しかし、ハルコは片手で二人を制した。
「手ぇ出すな。これは女同士の『おとしまえ』じゃ」
ハルコは一切の焦りも見せず、迫り来るマリアの刃を静かに見据えた。
(……素人の大振り。しかも感情に任せて重心がブレブレじゃ。話にもならんわ)
「死ね! 私から全てを奪った悪魔ァッ!」
マリアが渾身の力で短剣を振り下ろす。
その刃がハルコの顔面を捉える――直前。
ハルコはスッと半歩だけ横にずれ、マリアの突進のベクトルを完全に躱した。
「えっ……?」
空を切ったマリアの手首を、ハルコのしなやかな手が下から絡め取るように掴む。
そして、マリアの体重移動と突進力をそのまま利用し、円を描くように彼女の腕を捻り上げた。
前世からハルコの体に染み付いている合気道の極意、小手返し。
「きゃあああっ!?」
マリアの体から短剣が弾き飛ばされ、関節を極められた激痛で彼女の体が宙に浮く。
だが、ハルコはそのまま地面に叩きつけるような真似はしなかった。
マリアの腕を掴んだまま、彼女の体を強引に引き寄せ、その耳元でドスを利かせた声を叩き込んだ。
「他人のふんどしで相撲取っとるガキが、一丁前に極道に喧嘩売るな」
「ひっ……!」
マリアが恐怖で目を見開いた瞬間。
パァァァァァァァァァァンッ!!!!
鼓膜が破れるほどの乾いた、そして強烈な破裂音が前庭に響き渡った。
ハルコの容赦のない、腰の入った極道の平手打ち(フルスイング・ビンタ)。
それはマリアの頬を完璧に捉え、彼女の体をコマのようにきりきりと回転させながら、数メートル先へと吹き飛ばした。
「あぼァッ!?」
マリアは無様な悲鳴を上げ、芝生の上をゴロゴロと転がっていく。
そのまま白目を剥き、ピクリとも動かなくなった。気絶である。
「……ふぅ。手が汚れたわ」
ハルコは冷たい視線で倒れたマリアを見下ろし、痛む手のひらを軽く振った。
そして、気絶しているマリアの襟首を無造作に掴み上げると、ズンズンと歩き出した。
「な、何をする気だ……!」
エドワードが車椅子の上で震える中、ハルコが向かったのは、庭園の隅に置かれていた、剪定した枝や落ち葉を捨てるための大きな金属製の『ゴミ箱』だった。
「お前みたいな中身のないメッキ女には、ここがお似合いじゃ」
ドンッ!
ハルコはマリアの体を、ゴミ箱の中に頭から無造作に突っ込んだ。
豪華なドレスのフリルと、ピンク色の髪だけがゴミ箱の縁からはみ出し、下半身がだらんと垂れ下がっている。
三千の騎士たちの面前で、自称・次期王妃が、文字通り『ゴミ』として処理された瞬間だった。
「……あ、あ、ああ……」
エドワードは顔面を蒼白にし、ガチガチと歯を鳴らした。
自分を焚きつけ、頼りにしていたマリアが、たった一発のビンタでゴミ箱に放り込まれたのだ。
「ヒュー! アネさん、最高にスジ通っとるで! 雌犬の躾はこれくらいやらんとな!」
カレンが腹を抱えて笑い転げ、ユリウスもまた、うっとりとした表情でハルコの横顔を見つめていた。
「美しい……。敵のちっぽけなプライドを根底からへし折り、完全に社会的な死を与える。君のその慈悲なき鉄槌、まさに私の求めた極上の暴力だ」
ユリウスが歩み寄り、ハルコの赤い手のひらを優しく取って口付けを落とす。
「ウチはただ、鬱陶しいハエを払っただけじゃ。……さあて」
ハルコはユリウスから手を離し、今度は車椅子で震えるエドワード王子へと、冷酷な瞳を向けた。
「雌犬の掃除は終わったで。次は……おどれの番じゃ、バカ王子」
チャカッ、と。
ハルコは再び、ガーターベルトから『無限トカレフ』を抜き放ち、その青く発光する銃口をエドワードの眉間へとピタリと定めた。
「三千の兵隊引き連れてカチコミに来たんじゃ。当然、おとしまえの付け方は考えとるんじゃろうな?」
極道の妻の、獲物を追い詰めた獰猛な笑み。
エドワードは己の死を悟り、ヒッと情けない悲鳴を上げて車椅子から転げ落ちた。
残されたバカ王子と三千の騎士団。
極道の最凶ファミリーによる、容赦のない【本格ざまぁ】のクライマックスが、いよいよ始まろうとしていた。
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