7話 彼女からの持ちかけ
「せーの!」
軽快な声と共に、それとは似つかわぬ何かが叩きつけられて潰れるような重い音が草原に響く。
木製の柄に金属の柄頭を取り付けた武器、メイスを振るって魔獣――首刈り兎を仕留めた下手人は新米ハンターのアンジェだ。
魔術で水を生成し返り血で汚れたメイスを洗っていると、無惨にも頭を叩き潰された兎の骸が黒い塵になって消えていく。その場に残されたのは小指大の石、魔石だけだ。
「今回も魔石だけかぁ。まぁいいや」
魔獣と言えども命は命。その魂が再び天地を廻る魂の円環に乗ることを簡単かつしっかりと祈りつつ、アンジェは魔石を拾い上げ、背中に背負ったリュック形のインベントリに収めていく。
魔石を体内に持つ獣――魔獣。その大半が生殖ではなく魔獣領域に存在する魔力の澱みから生まれる彼らは、通常の獣と同じく血を流しすぎれば死ぬし臓器を潰されても死ぬ。
そうして死んだ魔獣は今のように短時間で塵に消えていくと共に、その場に魔力の凝縮体である魔石を残していく。
またその際に、特に魔力を帯びていた部位素材――首刈り兎であれば毛皮や牙が多い――が塵にならずその場に残ることがあるのだが、どうやら今回はハズレのようだ。
――リア達と夕食を共にした日から1週間後、アンジェは魔獣戦線都市ティルフィタリア前に広がるパリストン草原のただ中に居た。
◇
水で清め風で乾かしたメイスを肩から引っ提げて辺りを散策する。
通常であれば重いメイスも『武威』の『評価値』のおかげで手足のように軽い。
その他の装備としてはインベントリの他にはごく普通の神官服を着ている程度だが、『武威』で衣類を強化し、『頑強』が肉体そのものを強くしているために並大抵の攻撃は通らないだろう。
ハンターともなれば革の鎧や板金鎧を全身に着込むものと思っていたが、案外そうでもないらしい。
資金、メンテナンス性、破損時の替え、静粛性、そして防御力に移動性能などと各々の基準で判断すると、一番人気は動きやすくて露出の少ない作業服のようなものなのだとか。
実際、アンジェがティルフィタリアに来た際に利用したキャラバンの護衛達は鎧を着込んでいる者があまり多くなかった覚えがある。
結局、リア達と試しに狩りに行くまでのしばらくの間アンジェはソロでハンターをすることにした。
アンジェの目標はハンターになることではなく、名を上げて聖女の称号を得ること。
ハンターとしての実力を安全かつしっかりと身に付けるならばクランに所属する方が良いのだろうが、それだと余程突出しない限り優秀なクラン構成員止まりになりかねない。
それでも聖女になることは出来なくはないだろうが、おそらく難しいだろう。
クランの構成員として活動をするのならばまず優先すべきはクランのためになる行動だ。
魔獣をハントするにせよ魔術の研鑽を積むにせよ、まず組織の一員として組織を優先して行動する組織人という自覚を持たなければならない。
もちろん恩恵はある。
強力な魔獣を安全かつ効率的にハントする環境に身を置けるし、有力クランに届けられる魔獣討伐の依頼を通じて人々の役にも立てるだろう。
しかし、そうして得られた組織の一員:アンジェの栄誉は、個人に贈られる最高級の栄誉の一つたる聖女とは真逆の存在だ。
組織の一人でありつつ誰もが認める個人としての実績を積むなんて偉業……余程際立った功績を挙げねばまず無理だ。
更に付け加えると自由に旅をして世界を見て回ることも難しくなるだろう。
それでは困る。それではアンジェの目指す世界を旅する聖女になることはできない。
もし組織に加わるとしても少人数のパーティが限度だろう。
そんなことを考えながら辺りを歩いていると、進む先に何やら黒い煙の塊が生まれ始めた。
「次の魔獣が来ちゃったかー。
流石魔獣領域、こうして魔獣は生まれるのね」
荷物を下ろしてメイスを構えてじっと見つめる。
黒い煙の塊に見えるそれは世界を巡る魔力の澱みにしてたわみ。先制で蹴散らした所で澱みは消えずに別の所に集まり始め、魔獣こそこの場では生まれないが何も得られずに終わる。
アンジェが消耗仕切っているならまだしも、今だ気力充分で魔獣狩りを続けられる今は魔獣が現出してくれたほうがありがたい。
そうこうしているとやがて黒い煙が薄れていき中から甲羅に角を持つリクガメ、ホーンドギガンティアが姿を表した。
「亀かーラッキー。メイスにゃちょうど良さそう」
アンジェが持っていた武器が刃物だったら面倒な敵だっただろう。
甲羅は刃を弾くし、下手に首などといった装甲の隙間を狙ってもかち上げられるか踏まれてしまうのが目に見える。
亀とはいえ瞬発力は侮れない魔獣だ。
ならば、
「"――私は祈る。揺るがぬ大地よ隆起せよ"【黄山石】!」
構えたメイスをホーンドギガンティアに向け、言葉に力を込めて一節唱える。
すると亀の足元の地面が大きく盛り上がり、その勢いで亀は勢いよくひっくり返ってしまった。
魔獣と言えども亀は亀。
ジタバタ手足を動かすがもはやどうにも出来ないし、なにかする時間も与えるつもりはない。
すかさず大きく振りかぶったアンジェの一撃は、メイスの重みを大きく活かしてホーンドギガンティアの腹の甲を叩き割った。
一撃で絶命した亀はやはり魔石のみを残して塵に帰っていく。
「ふぅ、甲羅残ると思ったんだけどなぁ」
確実に素材を手に入れたければ体内ないし体表のどこかにある魔石を砕けば良い。
そうすれば魔獣の死体はしばらく塵にならずに残り続け、その間に腑分けして素材を魔力で加工すればきちんと素材として残し続ける事ができる。
……まぁアンジェには解体技能も素材の保存も出来ないのだが。
先程同様に後始末をしていると、どこからともなく軽い拍手の音が届いてきた。
■□■□
「やるわねーアナタ。見ない顔だけど、新人?」
「……そうですね。最近この都市に来たばかりで。
そこでハンターになったばかりです」
アンジェはどこからともなく響き渡る拍手の音に誘われて、辺りを見渡してみる。
すると青く茂る草に覆われた小高い丘から、アンジェと同じ白い神官服を着た女性が歩き寄ってきたのが視界に入った。
艶が失われてパサついた茶髪を短く整えており、服もどこか草臥れている。
小脇に抱えた長杖には魔術効果を増幅するための黒い魔石が拵えてあるようだ。
「同門よね?ワタシはエミリー。石等級よ」
「木等級のアンジェです。よろしくお願いしますね」
手を差し伸べられたので素直に握手を交わす。
ニカッと笑ったエミリーの掌はかさつき固くなっていた。
石等級といえば、木等級から一つ上の等級だ。
「さっきの亀退治見てたけど、随分手際いいじゃない。
てっきり石以上かと思ったけどまだ木だったのね〜意外だわ」
「いえ、それほどでもないですって。
亀だからひっくり返したら楽そうだな〜って」
「ま、亀だもんね。でも大概は剣や槍をテコにしてひっくり返そうとするものよ。
で、急に動かれて剣が下敷きになっちゃって折れたり手放すのがよく見るパターンね」
だから魔術を使って足場から突き上げてしまうのが定石なのだとか。
余裕があれば火で炙るのもありらしいが、それだと下手をすれば仕留めるのに1、2時間はかかるらしい。
「でもさっきのって初級の土系魔術ですよ?
皆さん最初に試すんじゃ?」
「魔術士と戦士が一緒に居ればね。
石以下の非魔術士は大概『評価値』にしか意識行ってないから魔術使えないし、魔術士は魔術士でそんな重いメイスを勢いよく振るえないからトドメがさせないのよ。
逆に言うと、魔術士なのに硬い腹の甲突き破れる一撃出せるアナタって何者よ」
「何者って……魔導神官ですけど。新米ハンターの」
我が事ながら不遜というか生意気と思わなくもないが、事実そうなのだからそう言うしかない。
だが幸いにもエミリーはその言葉を気にする素振りもなく、
「お、いいわねー将来有望なハンターさんね。
でも良いの?ここら辺は澱みも薄くてそんなに強い魔獣のでないポイントよ。
今のアナタなら森の方とか行けると思うけど」
「森ですか……一応検討はしたんですけど、ソロでやるならまず安心安全できる草原がベストかなーと」
「まぁソロなら安全マージンとるわね。
けれど今の調子じゃあまり良い上がりにならないんじゃないかしら?
宿屋のお金、大丈夫?」
「……あまり余裕は無いですけど。
でも死ぬよりはマシですし」
正直な所、かなり厳しい。
回復薬や携帯食、ロープなど必要なものを揃えたお陰でアンジェの懐はカツカツである。
そしてこれまでに得られた素材や魔石を売り払った所で手に入るお金は然程ではない。
これ以上を望むのならば、より質のいい魔石を獲得出来るポイントに動くか、数を稼ぐ他にないだろう。
ティルフィタリア西に広がるここパリストン草原は初心者ハンター向けの魔獣領域である。
出現する魔獣の種類は少ない上に弱く、見晴らしも良いために遠くから魔獣を見つける事ができる。
更には少し目立つように魔術を空に撃てば、他のハンターがそれに気付いて救援なりに来ることだって期待できる。
初心者が安全に戦果を稼ぐならこの草原が向いているだろう。
そして更に西に歩を進めると見えるのがギライガの森林だ。
パリストン草原よりも1段階強く、魔石の質も良い魔獣達の住処である。
多くのハンターはパリストン草原で魔獣との戦いのイロハを身に付け、そしてギライガの森林でチームワークと応用を学ぶと言われている。
この2つの選択肢からアンジェが選んだのが前者という話である。
理由の一つは安全マージンを確保しつつ自分が何ができるのかを確認するため。
そしてもう一つは――
「そもそも森って今立ち入り制限ありましたよね。
普段より強い魔獣が増え過ぎたから間引きしてるってギルドが」
「あああれね。別に罰則なんてないわよ。
ハンターの基本は自己責任だし、それぞれの事情もあるしね。
間引きしてるハンターの邪魔さえしなければばったり出会しても挨拶で終わったりすることもあるわ。
それに間引きをしていると言うことは、浅瀬に限れば手強い魔獣は軒並み狩り尽くされかけてるってこと。
森の奥まで行かなければそうそう遭遇するものでもないハズよ」
「そうは言いますけど、見逃された奴や新しく発生した奴に勝てる自信なんてないですよ」
「そんなの誰だって最初は同じよ。
ただ、挑まなかったらずっとここで燻るってだけで。
アナタ、自分の夢のためにここに来たのでしょ?」
エミリーの言葉がアンジェの胸を突く。
ここに来たのは夢に挑戦するため。それなのに挑戦することに怯えてどうするのか。
クランを訪れるにせよリア達と組むにせよまずは自身の出来る事や限界を知りたい、だからソロで狩りに出たのに。
かと言って、わざわざ危険に挑んで行くことは挑戦とは言わない。無謀なそれは自殺と言うべきだ。
ではどうすればいいのかとアンジェが悩んでいると、エミリーが微笑みかけた。
「安心して優等生さん。確かにソロだと森は危険だし挑むのを躊躇ったその判断は正しくもあるわ……その感覚は大事にしていい」
「うっ……だったらどうすれば」
「ネックなのはソロで挑むこと……なら話は簡単よ。
私も手伝うからギライガの森林に挑んでみない?
この二人で」
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