6話 夕餉の語らい
「それであいつらと知り合いだったのか」
「そうなの。ほんと夜営の時助かった……一人旅初めてだったから」
「……ケイ達らしい。けど、キャラバンで困った時は運転手に相談するのも一つの手。護衛のハンターは夜営出来て当然って所あるから嫌な顔されるけど、お客は別」
「その手があったかぁ~……」
がっくりと肩を落とすアンジェだったが、卓の上に顔を臥せる程ではない。 何しろそこには熱々のグラタンがあるのだ。 食べ物を粗末にしないのは[円在教]の教義の一つである。
隣ではリアが、何も気にせずチャーハンをパクついていた。
「ま、そのお陰でケイ達と繋がり出来たんだし気にしなさんな。夜営は追々覚えりゃいいだろ」
「そりゃそうだけど……なにか講習とかあるの?」
「……一応、ギルドの方で講習やってる。夜営のしかたから戦闘訓練まで一通り」
肉汁の滴るハンバーグをナイフで切り分けながら、ノンナが答える。 付け合わせのパセリが苦手らしく、先程からこっそりリアの皿へ移そうとしては阻まれていた。
「せっかくハンターなったのに、死なれちゃギルドも損だしな。一番はハンター互助会ことクランに入っちまうことだけどさ」
「クランかぁ。皇都だとイマイチ評判よくわかんなかったから、そこまで詳しく調べてなかったなぁ。ねね、二人はどっか入ってるの?」
「……私たちはフリー。何処にも所属してない。ケイとテレサは[雲無き払暁]ってとこ居るけど」
「新進気鋭のクランだな。少人数で動く訓練に力入れてるからオススメの一つではあるぞ。若手中心でベテランが少ないけど。あとは[剣狼]、[城華の棘]、[果て目指す足跡]辺りかねぇ、人気なのは」
「[果て目指す足跡]は皇都でも聞いたことある……最大手じゃん、たしか。入るのめっちゃ難しいって聞いたけど」
「……『評価値』で足切りがある。けど、試験で見込みがあれば仮所属で育ててはくれる」
──『評価値』。
魔力によって肉体がどれほど強化されているかを示す数値だ。 大きく分けて、武器や防具まで強化する『武威』、肉体そのものを頑強にする『頑強』、速さや反応を高める『俊敏』の三つがある。
アンジェ自身も、[円在教]で何度となく測ってきた馴染み深い指標だった。
そんな『評価値』を入団志望者の足切りに使っていると聞いて、リアは鼻で笑う。
「最大手だからしゃーないけどな。『評価値』を第一の足切りに使ってんから、あそこは魔術士不足で毎度毎度苦労すんだよ」
「……リーダーが殴り込み上等の前衛職だし、仕方ない」
「皇都や『円在教』でも傾向はあったけど、ここでもそうなのね……前衛は『評価値』重視で、後衛は軽視する」
「魔力というものを扱う以上、どこ行っても似たようなもんだけどな。身体強化に回した分だけ、魔術に使える余力は減る。どこまで『評価値』に回して、どこから魔術に使うかってだけだ」
「……魔術士は外に魔力を出して制御する訓練もしないといけない。その分、『評価値』ばかり鍛えてはいられない」
パセリが苦かったのか、リアは渋い顔で水を飲んだ。 もっとも、アンジェが見る限りでは、さっきからやたら水を飲んでいる気もする。
一息でコップを空にしたリアは、ピッチャーからまた水を注いだ。
「つーか、『評価値』なんてもん、下げんのは楽だし、反動覚悟すりゃ一時的に跳ね上げんのも出来る。そもそもその日の体調次第で変動するもん、そこまで信奉してどーすんだか」
「……調子に乗るとすぐガス欠してお荷物になる魔術と比べたら、長く戦える『評価値』は扱いやすいし、息も合わせやすい。その人の才能に依存しやすい魔術と比べて、多くの人が使える分だけ評価基準にも向いてる」
「まぁ間口が広いのはそれだけ正義だしなぁ。かといって新米魔術士切り捨てんのはどーだと思うけどさ。結局上位陣は魔術を後から覚える羽目になってるし」
「……安定してる分、突出もしにくいから。『評価値』依存はチマチマ削って、格上にボコボコにされるってのがちょっとした洗礼。壁を越えるなら魔術は必須。[足跡]も最近何とかしようとしてるらしいけど、上手くいってない……歴史長いから」
二人揃ってため息をつく。
『評価値』と魔術について、こうして毒を吐き合える程度には長い付き合いらしい。
■□■□
「今の口ぶりからすると、ノンナは前衛でリアは後衛ってとこ?」
「……うん、その通り。私は前に出て、リアがそれを支援する感じ」
「ノンナはすげーぞ。元々ソロの斥候、レンジャーだからか避けタンクにアタッカー、奥の手の魔術と何でも出来るからな。魔術以外の決め手に欠けるけど、そこはオレがサポート出来るし。と言っても、支援必要ねーことの方が多いけど」
「……それほどでもない。リアが居なかったら私はとっくに死んでた。サポートの腕は私の知る中では一番」
お互いを褒め合う二人を見ていると、ケイとテレサのことを思い出した。
「いいなぁ、羨ましい」
「ん? 羨ましいって何がさ」
「あーうん。二人見てたら、こんな仲間ほしーなーって。そんだけ」
「……アンジェって魔導神官でしょ?[円在教]の。引く手数多になるかと」
「それなんだけど、あたしって回復系と支援系魔術からっきしで……攻撃魔術しか使えないのよね……。『評価値』なら自信あんだけど」
マカロニをフォークで突きながら、ため息が漏れる。
神官に求められるのは、回復や支援が中心だ。 そのどちらも出来ない自分に、果たしてどれだけ需要があるのか。
追加で頼んだフライドポテトを摘みながら、リアが口を開いた。
「ふーん。アンジェ、応急手当って出来る? 魔術無しの」
「それは……出来るけど」
「んじゃ、大丈夫だろ」
「なんで大丈夫になるの? 支援出来ない神官なのに」
「いや単純な話、支援役がいれば安心だねぇってだけで。それが出来なくても普通の攻撃役メンバー募集に引っ掛けるだろ」
「あ……」
ノンナが最後に残ったポテトを口へ運ぶ。
「……応急手当がきちんと出来たら、それだけで生存の確率は上がる。だからアンジェは大丈夫。心配いらない」
「当たり前の話だけどさ、出来る奴は出来るけど出来ない奴は出来ないんだよ。ギルドの講習で習っても忘れる奴とか、仲間に任せっぱなしの奴とか意外といるんだわ。飲んだり傷に掛ければ多少は治療出来る回復薬なんてあるから尚更な」
「……でも狩りをしていて回復薬を切らしたり、回復魔術を使おうにも魔力切れだったり。帰り道に魔獣と遭遇したらってことで、温存しておきたい時もある。魔導具〔治癒の美珠〕はかなり高額だし。だからキチンと応急手当を身に着けてるアンジェは役に立てる」
「蛇足ついでに言うとアンジェは美人だからな。周りが放っておかんだろ」
「そう……だったのね。でも美人ってのはやめて。姫扱いはされたくないし」
強張っていた肩から、ふっと力が抜ける。
回復も支援も出来ない。 それでも、今まで身につけてきたものが無駄というわけではなかったらしい。
そんなアンジェを横目に、リアがまた水を飲む。
「ちなみにさ、ハンターとしてどんなポジ狙ってんの?」
「んー、一応メイスなら使えるから前衛やりつつ、スキあらば魔術でドカンと行きたいかなって。せっかく魔術鍛えてて『評価値』も高いし」
「え、何それマジカルゴリ……いや何でもないです」
笑顔を向けると、リアは即座に口を閉じた。
……[円在教]にいた頃、陰でそう囁かれていたのは秘密だ。 ペトラに面と向かって言われた時は、きっちり床に沈めた。
「……使える魔術は攻撃と聖別。『評価値』はまぁそれなりで、前出て殴り合える……」
ノンナは宙を見ながらしばらく考え、やがて一つ頷いた。
「……うん、リア。ウチのパーティにアンジェどう?」
■□■□
「いきなりだな。まぁ判らんでもねーけどさ」
コップを片手にリアが答えた。
テーブルの上には、食べ終えた皿が並んでいる。 突然の誘いに固まったアンジェをよそに、二人は話を進めていく。
「……アタッカー志望だし、"観た"感じその方向で合ってると思う。専任アタッカーの居ないうちには好都合」
「つっても、今日ハンターになったばかりだぞ。訓練の成績よくても、実戦だとちげぇのはよくあるだろ」
「……そこはリアがなんとか。私も手伝うし」
「そこ人任せかーい。まぁ良いけどさ……言っとくがパワレベはしねぇぞ。下手すっと使い物にならんくなる」
「……時間掛かるのは仕方ない。アンジェはどう? 勝手にこっちで話進めてたけど。私達のパーティに入らない?」
ノンナから問いを投げられ、凍っていたアンジェの時間が動き出した。
「えっと。それは正直ほんと嬉しいんだけど……でも何であたし? 自分で言うのも変だけど、相席になって知り合っただけなのに」
「……一つはさっきも言ったけど、アタッカーが欲しいから。もう一つは……カン」
「え、カンで決めちゃうの」
「……うん。インスピレーション大事にするタイプだから。それにアンジェならきっとうちでも大丈夫かなって」
答えになってるようでなってない。 だが、自信満々な赤銅色の瞳はまっすぐアンジェを見ていた。
困ったようにリアへ視線を向けると、向こうも同じような顔をしている。
「とりあえずノンナの話は話半分程度に受け止めといてくれ。流石にこの場では決めらんねーわ」
「そうなるよね流石に……」
ノンナは頬を膨らませたが、それ以上は食い下がらなかった。
「まぁぶっちゃけた話、オレらはこれからしばらく魔獣の間引きの依頼があるからさ。新人受け入れる余裕がねーんだわ」
「そういえば最初そんな話してたっけ。個人依頼がどーこうって」
「よく覚えてんなー。二週間ぐらいかな? 期間開くことになるけど、そこで一緒に狩りに行って。で、そこで今後も組むか考える。それでいい?」
「それで大丈夫……ってかむしろありがたいかも。色々調べたいことあるし」
「……調べたいこと? ハンターの基礎知識?」
「それもあるけど、クランとかソロで有名な人とか」
そして、有名な治癒術士とか──とは口にしなかった。
支援が得意だというリアの前で、それを言うのは少し憚られる。 仮にリアが求めるほどの実力者なら都合が良すぎるし、そうでなくても、腕の立つ治癒術士とのツテを探していると知られれば気まずい。
今はまだ、黙っておくことにした。
アンジェはピッチャーから自分のコップへ水を注いだ。 カランと、氷が鳴る音がした。
「まぁ持論ってほどかっちり考えてる訳じゃないんだけどさ。選択肢ってのは、自分で選ぶもんだと思うのよ、あたしは」
一度回り始めた舌は、そのまま止まらなかった。
「さっきも言ったけどさ、ほんとパーティに誘ってくれたのは嬉しいのよね。嬉しいんだけど、都合が良すぎるっていうか。なんか状況に流されてるだけって感じがしてさ。それはやだなって」
ノンナは両肘を机につき、組んだ手に顎を載せている。 リアも頬杖をつきながら、黙ってアンジェを見ていた。
「ここでただ誘われたからって仲間に入れてもらって、後でトラブル起こした時にホントは入りたくなかった〜なんてみっともないマネしたくないし。だったら他の色々なクランとかパーティとか調べて、ちゃんと比べてから選びたいかなーって……どうかな?」
「……ん、いいんじゃない? 別にクラン入っても辞める人とか、他所の人とたまにパーティ組む人も居るから、固く考え過ぎって気もするけど。でも──」
「なんとなく誘われたから、って訳じゃなくて真剣に考えてくれてんだなってのはよく分かったよ。二週間後の答えを楽しみにしてるぜ」
リアが自分たちの伝票と、アンジェの伝票まで手に取って席を立つ。
「ちょっと? 別に自分の分は自分で払うけど」
「まぁ気にすんな。浮いた金貯めて回復薬でも買っとけ」
「奢ってくれるの? なら唐揚げでも頼んどけばよかった」
「だったら次ここで一緒のときに唐揚げだけは奢るぞ。奢ってほしけりゃ死なねーことだね」
「……じゃあ、ありがたく奢られとく」
支払いを終え、三人は店の外へ出た。
席を立って初めて分かったが、リアは意外と背が高い。 さっきまで同じくらいだった目線が、今は少し上にある。
対してノンナはやはり小柄だ。 パーカーの下にショートパンツと黒いタイツを穿いたノンナは、サファリハットを片手に軽く伸びをした。
「……ソロでやるなら一つ言っておくけど、ハンターの中には同業者を狙う奴もいる。おかしいと思ったら逃げるか助けを呼んだほうがいい。殺されることもあるし」
「え、そんな人居るの? 殺人や強盗は違法でしょ?」
「むしろそんな奴居ないと思ってたんかーい。ハンターなんて基本はごろつきの集まりだぜ。街中ならまだしも、監視の届きにくい魔獣領域だと居たりするんだなこれが」
枯草色の年季の入ったローブを羽織ったリアが、呆れた顔を向けてくる。
箱入り娘め、と言いたげで腹が立つが、人生のほとんどを安全な皇都で過ごした身では言い返しにくい。
「……狩猟をする前なら装備がいっぱいだし、魔獣を狩った後は成果品を疲れた体で運んでる。そういう時が狙われやすい。余裕がある内に行って戻れるようにしたほうが良い」
「なるほど……。帰り道に魔獣に出くわす事なら考えてたけど、そっちは予想外ね。結構いるの? そういう追い剥ぎ」
「……どちらかというと、帰り道に魔獣に遭遇する方がよっぽど多い。でも、そういう盗賊紛いが居ない訳じゃない。なんならわざとパーティを組んで安心させてから裏切る奴らもいる」
「一応ギルドの方で巡回や怪しいやつマークしたりはあるんだけどな。街中の不審者みてーに、被害が出るまではどうしても後手になるんだわ」
「皇都の不審者は凄いよ。半裸にオーバーオールで片手にキノコ持ちながら疾走するおっさんとか、三日月の夜だけ馬の被り物して皇城の周りで竹馬やってる馬鹿とか、全身タイツで夜な夜なパルクールやってる淑女とか、全身ネトネトの粘液塗れになって橋の周りに生息してるイキモノならよく見た覚えがあるなぁ。にしても巡回かぁ〜。そういうのもハンターの仕事なの?」
「半分正解かな? 大手クランとかに回される仕事だから、クランに行くならそういう事やるかもな。てか皇都の不審者レベルたけぇなオイ。こっちだとせいぜい物取りとか全裸コートとかだが」
巡回なら、探知魔術が得意なペトラの方が向いていそうだ。
「……帰り道の不審者と言えば、アンジェはどこに宿泊? やっぱり教会?」
「『熊枕』って名前の宿だけど……地図だとここね」
「そこって商業同盟の事務所じゃね? ……送ろうか?」
「ぐっ…………お願いします」
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