5話 彼女たちの出会い
「ここ……どこだっけ」
ふと目が覚めると、そこには板張りの天井が西日に赤く染められていた。
天井には魔導具製の照明が拵えてあったがスイッチを入れてないために、部屋の光源はカーテンの閉められていない窓だけだ。
のそりと体を起こし、寝起きの回らない頭を抱えながらアンジェは辺りを見渡した。
狭い部屋だ。
あるのは今まで体を預けていたベッドと、そして机、小さなクローゼット程度の小さな部屋。
たしか風呂は着いていないが、トイレなら備え付けられていた筈だ。
とりあえずカーテンを閉め照明を点けると、ベッドの上にカードが一枚置いてあるのが目に入った。
自身の名前と現在のハンター等級である木等級といった情報が記入されているそれを手に取りながら、アンジェは一人呟いた。
「なっちゃったなぁ……ハンターに」
ケイ達と別れた後、若干道に迷いながらも時間をかけてなんとかハンターギルドの建物にたどり着いたアンジェだったが、その後の手続きは拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。
書類に必要事項を記入してしばらく待ったらハイ終わり。
通行人にギルドの建物の特徴を聞きながらさ迷い、木造建物が並ぶ中ようやく見つけたコンクリート製の一際大きい建物を見つけた時の、心からの安心感の方が余程印象深い程だ。
自分以外にも他の街から来る人は多いのだろうし、もっと目立つようにすべきではないだろうか?と思わなくもないが、それはさておき。
ギルドカードを手に取り眺めながら、受付のお姉さんに手渡されたときの事を思い返す。
「木等級はなんにでもなれる可能性ある等級だっけか……」
街の建物、受付カウンター、掲示板、ハンター申込に使った鉛筆に紙……。
それら一つ一つを指し示しながら、栗色の髪をシュシュで束ねたお姉さんは説明をし始めた。
"こちらに来られる際に、森をご覧になられたと思います。
これらの木製品はあの森の木を一部使っているんですよ"
記憶に残るお姉さんの笑顔は、少し誇らしげだったのが目に焼き付いている。
"木材製品は処分する際に焼却処分や埋め立てされますけど、その燃えカスや埋まった木は土になってまた木々を育て始めますよね?
木等級としてハンターに向いていないと思われたならそれでもいいんです。
新しい木が育つように、この経験をまた別の事に生かすことも出来るのですから……って言うのは[円在教]の神官には今さらの話ですかね"
資料に写るティルフィタリア知事邸を示しながら彼女は続けていた。
"この知事邸は定期的に建て直されているんですけど、今年で築20年になるんです。
多分あと10年は現役で役目を果たすかな。
あなたもまた、末永くハンター業を営まれることを影ながら応援してますね"
「末永く、ねぇ……ハンターに定年ってあったかな?」
寝入った事で少し乱れた神官服を整えながら独り言を呟く。
無事ハンター登録を終えた後、再び四苦八苦してこの宿『熊枕』にたどり着き、部屋に入るなりベッドに倒れこんだのは覚えている。
どうやら長旅の疲れが一気に出てそのまま昼寝をしたらしい。
ようやく頭が通常営業を始めたので、そのまま身の回りを軽く整理すると、アンジェはリュックサックから私服を取り出して着替え始めた。
グレーのロングスカートにニットのセーターで大人っぽさをひねり出す。
あまり大人過ぎても今度はおばさんくさくなるのが面倒だ。
ティルフィタリアに着いたのは昼前だったが、昼寝もあってか結局何も口にしていない。
一先ずは腹ごしらえ、と身支度を終えたアンジェはリュックサックから取り出したポシェットを手に部屋を出ることにした。
部屋から出て階段を降りると、宿屋のロビーでは青年が一人店番をしながらあくびをしているところだった。
「すみません。食事したいんですけど、『夢猫亭』ってどこです?」
「ふぁ……ぁあ『夢猫亭』っすね。
少し歩くけど近所っすよ」
「ええと、ルート教えてもらってもいいですか?
ここからどう行けば?」
地図を片手にケイから聞いた店の名前を出す。
土地勘が無いせいで道中苦労したが、現在地からのルートさえ聞き出せばまず道に迷わないと断言できる。
店番の青年は地図に示された現在地をちらっと見ると、眠たげな顔で
「そこはウチじゃなくて魔術協会の位置っすね……お客さん、方向音痴っすか?」
「は?んな訳ないから」
思わず素が出てしまった。
しかしこの青年をみていると一瞬、買い物に付き合ってくれてたペトラのくたびれた顔が思い浮かぶのは何故だろうか。
青年の方はというと特に堪えた様子もなく、ただ店の奥に向かうと
「親父ー。ちょいお客さん道案内してくるわー」
しん、と静まり返り特に返事は帰ってこないが、青年は気にした様子もなくカウンターから出てきた。
「そんじゃま、行きますかね。案内するっすよ」
「……え、お店いいんですか誰も居ないですけど」
「カウンターにベルあるんで大丈夫っすよ。
近所なんですぐ戻れるっすから」
そのまま店外に出てしまったので慌てて追いかける。
青年はこちらを見もせずすたすたと歩き始めているが、一応気を使っているのか歩調はゆっくりとしていた。
木造とモルタル、そして時折交ざるコンクリ製の家屋が並ぶ道の中、青年の少し後ろを少女は歩く。
空を見上げれば大分空が藍色に染まり、周囲が暗くなるにつれて魔導具製の照明が闇を押し返し始めてきた。
幅広い道の中央は魔導車が行き交い、その脇の歩道では疎らに人々が歩いている。
会話もなく進むこと15分、やがて青年はある建物の前で立ち止まった。
■□■□
「ここが『夢猫亭』っすね。道は覚えたっすか」
「はい、バッチリです。ありがとうございますね」
『夢猫亭』は例に漏れず木造の造りをしており、掲げられた看板には丸く眠った猫の絵が描かれている。
礼を聞くのもそこそこに足早に去っていく青年を見送ると、意を決してアンジェは『夢猫亭』の扉を開いた。
瞬間、混沌としたざわめきが少女の耳を叩いた。
「──だからよ、来週辺りビートル相場の山がドカンと来──」
「ラキねーさん、ジョナサンの奴に浮──」
「おれもーだめだぁ…………さっぱり巧くならねぇや」
「──いいか?オークと言やあのバカ力だがな、俺ぐれぇに……」
「ドルトってクソ兎の相場山逃したんだって。あんなに──」
「お前いい加減にしろよゴブリン相手にオタオタしやがって。お前なんてお荷物追……」
「辞めとけってオメー。チュルスお嬢様は貴族だぜ?
……みたいな平──」
「──いいか警備はこことここ、そしてここが……」
「なにこれうっま!え、うっま!!」
「……けどキメラは相場安定……からねぇ」
酒に食事で口が回るからか、どこもかしこも騒がしい。
オススメされただけあって人気店なのか、客も多くなかなかの盛況っぷりであった。
騒々しさに気圧されてしまい、店の入り口で立っているとそれに気付いた調理服の男が近づいてきた。
頭を剃りあげており、調理服の下は服で抑えられるのか不安になるような程筋肉隆々である。
「へいらっしゃい。
生憎、今満席でな……すまんが待ってもらうかむしろ余所に回るのがいいってとこなんだが……」
その時、アンジェの胃が微かに……だが確実にキュルルと音を立てて鳴った。
「──!?」
アンジェは動じない。
この喧騒だ、目の前の男の耳には届いてない筈だし、届いていても会話している少女のものだとは思わないはず。
そんな中でお腹に手を当てて音の出所を怪しまれる訳にはいかない。
しかしそんな思惑とは裏腹に、アンジェの頬には若干赤が差している。
そんなアンジェを見やると、調理服の男は腰に手を当てて
「お前さん、見ない顔だが余所者か?どうしてウチに?」
「……今日ティルフィタリアに来ました。
ここにはケイさんとテレサさんから聞いて」
「あいつらか……。お前さん、相席でも大丈夫か?」
「…………大丈夫です」
「そうか。おーいリアー!相席行けるかー!」
客席に向けて男が声を張り上げる。
どうやら腹の虫はバッチリ聞こえていたようだ。
アンジェと男とでは年の離れた親子ほどに歳が離れているが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
思わずうつ向いてお腹に手を当てるが、どうやらその間に何やらやり取りがあったようだ。
男に促されて進んだ先にはアンジェと近い年頃の少女が二人、向かい合って座っていた。
「すまんなリア。今日初めてこの街に来たらしいから、大目に見てくれや」
「まぁ別に構わねぇけど。そのかわりにまけてくれてもいいんだぜ?」
透明度の高い翠色の石をあしらったかんざしで、背中の中程まで届く黒い後ろ髪をポニーテール状に一纏めにした少女の軽口を、鼻で笑って男は立ち去って行く。
黒髪の少女も興味が薄いのか、立ち去る男から目線をアンジェの方に向けてきた。
カーキ色のトレーナーを着込んでおり、それなりに整った可愛い系の狸顔だがその表情はどこか野性味を秘めている印象がある。
黒髪に合わせたのか、何故か左手首に巻かれたネックレスには黒く輝く石が拵えてあり、中で時折銀色の粒が瞬いていた。
「まぁなんです。どーぞお掛けに」
「すみません失礼します……あ、こっちのことはお構い無く」
席に着くとそっとメニューを差し出されたので、小さくお礼を言うと、それっきりスレンダーな体付きをした黒髪の少女は対面するもう一人の方を向いてしまった。
視線を向けられたもう一人の小柄な少女はというと、これまでのやり取りに我関せずと言わんばかりに、両腕から取り外したらしきブレスレットを弄っている。
銀色のそれには、少しくすんではいるものの充分に透き通った黄色の石が嵌められているようだ。
耳が少し見える程度に短く纏められた赤髪は緩く波打ったウルフボブをしており、グレーのパーカーを着た少女はともすれば少年に見えるかも知れない不思議な色気を放っている。
どうやら14歳程度とアンジェより年下らしい。
「……リア、明日からはどうする?」
「個人依頼来てたろ?そのとーり森で間引きでいいんじゃね?」
「……と、なると小物狩りは久しぶり。
最近はアーティファクト探しかトカゲ狩りばっかしてたし」
「需要と供給のバランスのお陰でバカ儲け出来るからねぇワイバーン。くっそめんどーだけど」
「……トカゲは素材が便利なのに狩れる人少なすぎる。こないだのあれでかなり高級回復薬捌けたから材料が無いってジェッソンも言ってた」
「材料は薬草でどーにかなんだろ。それを考えるのはジェッソン達であってオレたちじゃねーし。
まぁケイとテレサがよーやく帰ってきたから上手いこと回るさ」
「……リアは副業的に影響大きそうだけど。
でもあの二人帰ってきたのはよかった。
また一緒に狩りに行きたいな……どうかした?」
ふと気がつくと、赤髪の少女が手元を弄るのを止めてこちらを見ている。
隣に座るアンジェと同い年頃の少女の言葉遣いに内心面食らいつつもメニューに目を走らせていたが、その少女の口から出た聞き覚えのある名前に一瞬反応してしまったのを見逃さなかったらしい。
そして黒髪の方はというと一瞬怪訝な顔を見せるとやがて得心がいったようで、
「あー……もしかして口調かなんかで何か気に障りましたか?
すみません相席なのに無神経で」
「!?いえいえいえいえそんなことありません!
ただちょーとあたしの知ってるお二人の名前が出たんでつい!予想外だったんで!!」
「?そうですか?割りと有名人なんで知名度高めなんですけどねケイとテレサって」
「え、そうなんですか!?」
「そりゃーこの街でも数少ない銀等級ですし。この街のハンターの成功者にして皆の憧れですよ」
そんな有名人に、旅の最中お世話になりっぱなしだったこと。
そしてそんな有名人と目の前の2人が知り合いらしいことに目が回り始める。
そりゃ道中等級について教えてもらって驚いた覚えはあるが、それを改めて他人から言われると受ける衝撃も一際だ。
アンジェがあたふたしていると、赤髪の少女からも質問が飛んできた。
「……見覚えない顔だけど、今日この街に来た人?
もしかして新人ハンター?」
「……はい、そうです。木等級で、アンジェって言います。あの、ほんとに言葉遣いこっちは気にしてないので……ごめんなさいさっきのままで大丈夫です」
「うん?なら戻すけどさ。
その代わりあんたも素で良いよせっかくだしさ」
「え、いい……んです?」
「同じ席で腹ごしらえすんだし、ついでに腹の中見せあうのも乙だろ?
オレはリア、ハンターさ」
「……ノンナ。同じくハンター……よろしく」
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