4話 彼女の到着
ガタゴトと、アンジェが乗っている大型魔導バスが小刻みに跳ねながら道を進む。
連日魔導車が踏みかためてこそいるものの、街中のように奇麗に舗装された訳でもない街道だ。サスペンションで吸収出来なかった振動は着実にアンジェのお尻にダメージを与えていた。
「お、とうとう見えてきたぞ嬢ちゃん。
あれが魔獣戦線都市ティルフィタリアだ」
ほどほどに座席が埋まった車内で、茶髪を刈り上げにした青年が声をかけてくる。
しかし、進行方向を見ても車列を組んだ他のキャラバンの魔導車が邪魔でそれらしきものはアンジェには見えない。
「え、どこです?正面……にあります?前の車が邪魔ですけど」
「そっちじゃないわね。右斜め前の畑の向こう側にある塀がそれよ」
目を凝らしていると、青年の隣に腰かけていた眼鏡の美女が補足してくれた。
その言葉に従ってバスの進行方向から右手を見ると、なるほど確かに。
バスの左手側にあるのは青々とした草原と、その奥にある森。
そして街道を挟めば田畑が広がる平原の向こう、未だ小さいが漆喰に覆われ白く輝く壁が見える。
あれがティルフィタリア──魔獣戦線都市とも呼ばれるハンターの都市だ。
「この様子なら昼前には着きそうだな」
「そうね。大分離れてたし、まずはクランに寄って報告済ませてから家に帰りましょうか」
「……あーそれがあったか。めんどくせぇ……さっさと家帰って飯食いたいもんだぜ」
精悍な顔立ちの男が舌打ちをして不貞腐れるが、女の方はそれを歯牙にもかけずに窓の向こうのどこか遠くを見つめている。
そのお互いへの遠慮のなさは、二人の付き合いの長さを示しているかのようだった。
周囲にいる乗客たちは魔獣の襲撃を気にしてか、客と護衛とで程度の差こそあれどこか軽く緊張した様子で外の様子を伺っているが、二人はそんな様子もなく実にリラックスしている雰囲気だ。
それもそうか、とアンジェは一人思い返す。
何しろ、目の前の二人は別格の存在──片割れだけでこのキャラバンを守る護衛全てを軽く捻られる実力の持ち主達だ。
「ケイさんとテレサさんって旅慣れてますよね……。
お二人にはこの旅でほんとお世話になりました
でも、なんで護衛を?お二人ならキャラバンの護衛をするよりも転送屋なり飛行挺の方使えそうですけど」
「あー?別に敬語使わなくていいぜ。
同じハンターになるんだしよ……生意気な奴ならともかく、嬢ちゃんなら大歓迎だ」
「なら私には敬語使って頂戴。生意気な子より素直な子のほうが先輩には好かれるわよ?」
「んー……じゃあテレサさんの方針で」
ふと溢れた言葉に、刈り上げの男──ケイが一瞬振り返って笑顔で答える。
精悍だが笑うとどこか愛らしくもあるその笑顔は、さぞや異性にモテるだろう威力だった。
……正直、一瞬ぐらっと来たのは秘密である。
やり取りに満足したのかくっくっ、と喉を鳴らして男が笑った。
そしてケイは前に直ると、
「ま、確かに転送屋なり飛行挺なり使うときは使うぜ。俺達は滅多に使わねーけど、他の銀等級はバンバン使ってるしな。
じゃあなんで俺らは使わねーのかって言うと……ぶっちゃけただのこだわりだな」
「昔ね、駆け出しから少し経験積んだ頃に護衛をしたのだけど、そこで痛い目を見たことがあったの。
十大災獣の一つ、死霊王エルダーリッチの襲撃が」
ケイの言葉を継いだのはテレサ。
眼鏡の奥に切れ目を光らせた怜俐な美女で、少しうねり気味の黒髪を襟足に届く程度のベリーショートにしている。
彼女は窓に頬杖をつき、物憂げな表情で続けた。
「酷いものだったわ……護衛はハンターも騎士もほぼ全滅。
死体はグールになって動き回るし、リッチが連れてきた配下と合わせて生き残りも手一杯。
災獣が、魔獣の中でも飛びっきり恐ろしい存在だって思い知らされたわ」
「災獣……この国にいる魔獣の中でも天変地異並みの存在……よく生き延びれましたね」
「ハンターの内の一人が体張ってくれてな。
そいつがリッチを足止めしている間に客を避難させたり雑魚倒したりして、準備整えてから生き残りで袋にしたらなんとか撃退出来たってとこだ」
両手を後頭部に回したケイの声はただ、淡々としていた。
かつての失敗を何度も思い返し、そしてその思いが擦りきれたかのように。
「犠牲者は大勢でたけれど、幸いにも護衛対象に死者は出なかった……一人の例外を除いて」
「てめーがどんだけ雑魚かって思い知るには充分な事件だったなありゃ。
死んだ連中に対してもそうだが、キツい所は全部あいつに背負わせちまった。そんな自分が許せなくてなー俺は。
だからこうして銀等級に……あのクソとちったぁまともな勝負出来るようになってもキャラバンの護衛受けてんだよ」
「十大災獣にわずかにランクイン出来なかった大物も居ない訳じゃないし、それより遥かに劣っていてもちょっとした魔獣の群れになればキャラバンには脅威でしかない。
それをどうにか出来る実力があるなら、なんとかしたくなるものじゃないかしら」
窓の外を見つめるテレサの視線の先、遠くティルフィタリアの防壁は先ほど見たときよりも大きくなっていた。
成る程、確かに昼前にはあの都市に着きそうだ。
「もちろん、私たちだけで無数のキャラバンを守れる訳じゃないから、出来るだけ護衛に参加するっていう慰め程度の罪滅ぼしなのだけれどね。
それに魔獣の襲撃なんて余程の例外じゃなければ何時もの護衛で事足りる程度で済むし」
「言っとくけどな。これは俺たちのこだわりにすぎねぇから、別に嬢ちゃんが将来同じようなことする必要はねぇよ。
ただな、一つ言っておくとハンターってのは死ぬかもしれねぇ仕事だってことだ」
それまでの気の抜けたような先輩ハンターの言葉が、若干低くなってアンジェの耳に届く。
アンジェ自身が友人に語ったのと同じことだ。
ハンターは魔獣と戦うのが仕事。
魔獣が生まれ育ち相争う魔獣領域に挑む者達。
危険は多く、怪我をしても助けがすぐに来るとは限らない危険地帯。
言われなくてもそんな事は──
「そんなことはわかってるってか?青いな」
「!?……別に、覚悟は出来てます」
「そうね、覚悟は大事ね。
これからハンターになるあなたに言うことでもないけど、本当にハンターは危険な仕事よ。町の中で暮らすよりもずっと災獣やそれに僅かに届かなかったような魔獣に出会いやすいお仕事。
別にこれが最後の選択と言う訳でもないし、なってから辞めたっていいけれど」
「生きろよ嬢ちゃん。護衛ほっぽって逃げるのは流石にアレだし、仲間見捨てりゃいつか報いが来るかもしれねぇけどな。自分含めて生き延びれば、案外なんとかなるもんだぜ。
出会った大物を必ず倒さなければならねぇっていう道理なんてねぇんだしよ」
■□■□
キャラバンの停留所に降り立って、預けていた荷物を受け取る。大きめのリュック程度だが、アンジェの立派な全財産だ。
失くしたり忘れたら泣く処では済まない話だ。
(インベントリをゲット出来てほんと助かった……ビビには感謝しないと)
全財産と言っても元々寮暮らしのため大した物はない。着替えと日用品、便利な魔導具や魔導書、好きな小説ぐらいのものだ。
着替え以外は物によっては重いし嵩張るしで、最低限以外のものは一旦処分しティルフィタリアに来てから改めて買い揃えるつもりだった。
それを何とか出来たのは収納系魔導具のおかげだ。
ある程度であれば容積を無視して物を詰め込む事が出来、重量を誤魔化す事が可能なこのリュックサックが無ければ泣く泣く断捨離に励む事になっただろう。
比較的安物だが、魔導具店でこれを見付けてくれたビビには感謝しかない。
周りを見ると、ちょうどケイとテレサが小さな手荷物を片手に近付いてくる所だった。
テレサは他にも腰まで届く程度の短杖を携えているが、ケイの方は得物らしき道具は見られない。
「お二人の荷物ってそれだけです?ふつーのバッグっぽいですけど」
「あら?こっちに入ってるわよ?インベントリは高価になると腕輪状だったりするから」
そう言うとテレサは腕輪を嵌めた左腕を突き出した。
黒のノースリーブに白のタイトスカートと、大人な雰囲気にしては少し浮いている幅広の腕輪だと思っていたがインベントリだったのか。
相方の方もどうやら同じインベントリを身に付けているようだ。
「ケイはメインの武器が槍だから、こうして街中ではインベントリに入れてるのよ。引っかけて余計なトラブル起こすのも面倒だもの。
アンジェちゃんも、武器を手に入れたらインベントリに入れてた方がいいかもね。
ハンターの街だから街中で帯剣してる人も珍しくはないけど、人にぶつけて悪目立ちはしたくないでしょ?」
「あーそういえば、極西の島国だと武器同士がぶつかったら決闘の合図……なんて風習があるんでしたっけ。
え、ここでも似たような風習あるんです?」
「いや普通に傘ぶつけたら迷惑ってのと同じ話だけどな」
呆れた口調で常識を説くケイの言葉にぐうの音も出ない。
ハンターといえば自慢の得物を日ごろからぶら下げて自慢しているものだという思い込みがあって、手足のようなものだからなんとなく特別なものだと考えていたが、言われてみれば結局はただの道具。
傘と同じ扱いなのはそりゃそうだとしか言いようがない。
「まぁハンターなんてチンピラが大半だから馬鹿みたいにご自慢の武器広げて人様の迷惑考えてなかったり、それが引っかかったなんだで喧嘩吹っ掛けたりってよくある話だけれども」
「よくある話なんですかそれ……」
「見栄っ張りが多いのよこの界隈。面子は大事だけど、意地の張りどころを間違えた馬鹿の目印にはなるからさりげなく距離をとるのが賢く生きるコツね」
「嬢ちゃんはこれからどうすんだ?やっぱ教会寄って挨拶がてら宿確保ってか?」
ケイから投げられた問いに、指を顎に当てて思案する。
別に完全に[円在教]から足を抜けた訳ではないが、籍を置いている訳でもない微妙な立ち位置だ。頼めば寮の一室位なら借りられるかも知れないが、ペトラの話だとハンター出向者は必ずしも部屋を借りられる訳でもないらしい。
……本来の目的とやらを考えると当然か。
それに、折角ハンターになるのならば、
「いえ、先にハンターギルドに行って登録を済ませよっかなって思ってます。新米ハンター向けの宿の支援とかってあります?」
「そうね、余所から来た人なら入って暫くはギルドが宿代をそれなりに負担してくれる提携宿ならあるわね。
やる気なかったら打ち切られて追い出されちゃうけど」
「ギルドにゃ格安大部屋もあんけど嬢ちゃんはやめといた方がいいか。標識もあるし地図もあるが、ギルド行くならあの道行くと楽だぜ」
インベントリでも操作したのだろうか、いつの間にか手にしていた瓶と地図を差し出しながらケイが道を指し示した。
木造の建物が目立つ街並みと、アスファルトとやらで出来た道にはケイの言うとおり標識があった。ハンターギルドらしい建物は見えないが、道なりに進めば何とかなるだろう。
「ギルド行くってならそうだな……その後飯なんてどうだ?いい店知ってんあだだだだっ」
「だから、私たちはクランに寄るって言ってるじゃないの。
ごめんねアンジェちゃん。こっちはこっちで時間かかるから、気にしないでくれていいから」
「いえ、お気遣いありがとうございます。今度ご一緒にお食事させてくださいね」
テレサからすっとたおやかな手を差し出されたため、笑顔で握手を返す。
先程まで耳を引っ張られていたケイは若干顔をしかめていたが、それでも交わした掌は厚く、頼りになりそうな力強さだった。
「それじゃ、応援してるからねアンジェちゃん」
「『夢猫亭』って店オススメするぜ。元ハンターがやってる店だが、あそこは安くて旨くて量があるぞ。
それに、あそこにいる連中なら基本マトモなヤツばかりだしな。仲間募るなら期待できるはずだ……頑張れよ」
そう言って、今度こそ二人のベテランハンター達は立ち去っていった。
ハンターの中でも頂きに近い存在。
その背中は遠く、大きい。
聖女を目指すのならいつかあれに並び立つ、そんな気概でいなきゃきっと手が届かないで終わるだろう。
ならば頑張って追い付かないと。
「さてと、あたしもそろそろ行こっか」
渡された瓶の中身は果汁が入っているのかどこか酸っぱく、そして優しく甘い味がした。
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