3話 彼女の友達
「えー!? アンジーってば、ほんとにどっか行っちゃうのー!?」
「うん。二週間後には出発しよっかなーって感じ」
「へぇーマジでか。あの噂はホントだったかー」
テンドーとの面談を終えたアンジェは、寮の自室で研究の引き継ぎ資料を作っていた。
教会に残るなら、そのまま自分で続けるはずだった研究だ。 旅立つと決めた以上、せめて後を継ぐ者が困らないようにまとめておきたい。
……そう思ってはいるのだが。
紙の上を走るペンは、さっきからちっとも進んでいなかった。
「噂って何なの。テンドー様は口が固いし、進退希望書は部外秘のハズだけど」
「甘いねアンジェちゃん。アンタが希望書出した、その日の内に号外出る程度にゃ知れわたってたね」
「号外って、んな暇人居るわけないでしょ。というか、あたしの進退ってそこまで注目されるようなもんなの? 同期じゃそこそこ上位の自信はあるけど、トップって訳でもないのに」
「ところが暇人は意外と居るし、話のネタをいつも探してるようなもんだから、ちっちゃいネタにも反応しちゃうのよねこれが」
ほら証拠、と渡されたビラを見て、アンジェは机に突っ伏した。
その様子をベッドに寝転んだままケラケラ笑っているのが、ルームメイトのペトラだ。 グレーのメッシュを入れた黒髪に、いかにも不真面目そうな笑みを浮かべている。
「つーか、テンドーのヤツって酒入れたら案外ボロボロ吐くって話らしーよ。出世争いしてるシリウスさんが愚痴ってるから相当っぽいね。ぜってー漏らしたらダメなのは、流石に言わんらしーけど」
「私もテンドーさんの所の飲み会で聞いたよー。希望書にハンター志望って書いてたから面談するって」
机の横に椅子を引っ張って座っていたビビが、心配そうにアンジェを見上げた。
「ねぇアンジー。それって、もう決まったの……?」
アンジェは手頃な位置にある、ふわふわした茶髪を撫でた。
「さっきも答えたけど、もう決めたことなの。テンドー様は部下に欲しかったみたいだけど、あたしとしては世界を色々見てみたいし。あと組織運営とかムリムリ。やれる気がしないわ」
「えー。でもハンターになるならここでもいいじゃん。ギルドならここにもあるのに。私やだよ、アンジーと離れちゃうの」
「それはあたしもだけど……」
ふくれ面を見て、言葉に詰まる。
生まれ育った街だ。 愛着もあるし、友人だっている。 離れたくないのはアンジェも同じだった。
「でもさー、ハンターになるならここよりティルフィタリア行った方がいいってのはあるよマジで。ハンターも魔獣も皇都より多いし」
「ペトラは黙ってて! アンジーが遠くに行っちゃってもいいの!?」
「いや良くないけど。でもアンジェは聖女認定も目指してんじゃん。回復出来ないなら戦力面で評価稼げるハンターとして名を上げなきゃだし、テンドーの言うとおり回復できるペアも必要な訳でー。だったらティルフィタリア行くしかないよねって」
アンジェが視線で礼を送ると、ペトラは片目をつぶって返した。
そのまま体を起こすと枕を抱きかかえた。
「それにさ。離れたくないなら、こっちも行きゃーいいんだし。前々から考えてたんだけど、ここ出たらアタシもティルフィタリア行ってハンターになるつもりだったしね」
「え、そうなの? ペトラって、てっきり地方教会に潜り込むとあたし思ってたけど」
「その地方出身か、アンタらみたいなそれなりに成績優秀じゃなきゃムリだってば。つーかハンターギルドへの出向って、元々はアタシみてーな不真面目劣等生の島流し有効活用が目的だよ?」
「島流しって……それ向こうから嫌がられない?」
「まぁ教会の下で訓練は一応してるしねー。魔術は使える、応急処置も出来る。で、案外歓迎されるみたいよ」
「……そういえば私の親戚にもハンターになった叔父がいたけど、貴族からゴロツキまで色んな人がいるって言ってた。最初から強い人も、弱い人もいっぱいいるって」
「だからアンタの進退希望が話題になったんじゃん」
ペトラの言葉に、アンジェは目を瞬いた。
そんな会話をしていると、ビビがはっと両手を叩いた。
「そっか! 私もハンターになってティルフィタリアに行けば……!」
「「それはムリ」」
綺麗に重なった声に、輝いていたビビの顔が曇る。
アンジェは机の上の資料をまとめ始めた。 今日はもう、これ以上進みそうにない。
「ハンターって魔獣を狩ったり、希少資源を採集したり、"アーティファクト"を集めたりするキツい・汚い・危険な仕事じゃない。ゴキブリも退治できない内職向きなビビには、ほんと向いてないと思うけど」
「う……で、でもアンジーが苦手な支援系魔術なら私得意だから、後方支援でいっしょに行けると思う……!」
「仲間とはぐれて一人になったらどーすんのさ。アタシだったら探知しまくって逃げるし、アンジェなら正面からぶち抜けるだろーし。でもビビって攻撃系魔術ビミョーじゃん」
「でも……でも……!」
焦げ茶色の瞳に涙が溜まる。
ビビに力がないわけではない。 支援術士としてなら、欲しがるパーティーはいくらでもあるだろう。
それでもアンジェは賛成できなかった。
友達と離れたくない。 そんな理由だけで選ばせていい道ではない。
とうとうぐずり始めたビビの目元へハンカチを当てながら、アンジェは言った。
「ビビがハンターになるのは、あたしは反対。でもあたしの目的としては回復・支援術士の伝が欲しいわけで……例えば同じ都市に居る友達、とかね」
ビビが目を見開く。 傍らでペトラもポンと手を叩いた。
「あーそっか。ビビがティルフィタリアの教会に赴任するって手があるか。成績的には問題ないし」
「私が……ティルフィタリアの教会に……?」
「そういうのもアリかなーって。でもね、あらかじめ言っておきたいんだけどさ」
アンジェはビビの目をまっすぐ見つめた。
「あたしは遠い都市でハンターになる。そして、聖女を目指す。これはあたしが、あたしの意思で決めたあたしの人生。もし聖女になれなかったり、魔獣に殺されたりしても、それがあたしの選択の結果ならそれでも良いと思ってる」
「え、死んじゃダメだよそんなの……!」
「いいから聞いて。死ぬつもりなんてさらさらないし」
ビビの言葉を遮り、アンジェは続けた。
「そんな道に、あなたが寄り添ってくれるってのは本当にうれしい。でも、それはあたしの都合でしょ。ビビにはビビの人生があるのに、あたしの都合で振り回してなんていられない」
「そんなの気にしなくていいよ。私がアンジーと一緒に居たいんだもん。ずっとずっーと」
「今はね。でも将来、後悔する日が来るかもしれない。だからちゃんと考えてほしいの」
一度、言葉を切った。
「あたしの名前を、あなたの選択の言い訳にしないで」
ビビは不満そうに唇を尖らせた。 けれど何も言い返さず、やがて俯いて考え込み始めた。
その重くなった空気を吹き飛ばすように、ペトラが声を上げる。
「そいやさー。アンジェってどーやってティルフィタリア行くん? やっぱ転送屋? それとも奮発して飛行挺?」
「どっちもお金持ちじゃなきゃムリじゃない。そんなお金ないから。そもそも旅行ならまだしも、引っ越しで転送屋使うのってどうなの……? フツーにキャラバン使うから」
「ふーん。じゃあこっちでハンター登録はするん? キャラバンの護衛やってお金稼ぎって割と手堅い収入らしーけど」
「まぁそれも考えたけど、ハンター初心者が護衛やるのもどうかなって思うし。それに、ここで下手に経験積んでも向こうで初心者訓練受けるのに邪魔かなぁって」
「あーなるほど。まぁ最初から気張って護衛するより、のんびり旅行したほうがいっか」
「……じゃあ、アンジーが向こうに行くまで自由ってこと?」
「それはその通りだけど……」
「なら色々必要なもの買わないとだねー。キャラバンならあまり荷物載せられないだろーし、インベントリ必要でしょ? アンジェ一人だとアレだし、皆でいこーよ」
遊びに行こうぜ、と顔に書いてある二人を見て、アンジェはため息をついた。 肩まで伸びた髪をかき上げる。
「今日はもういいけど、とりあえず明日からは研究の引き継ぎ資料を作らせて頂戴。まとめ終わったら、その時は遊ぼ」
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