2章 幕間
憂鬱な目覚めだ。
「…………」
普段なら起こしてくれる筈の幼馴染の姿は隣にない。
それも当然か……。謹慎処分と言われたのだから来れる訳がない。
まぁ謹慎と言ってもたった一日部屋に籠もっているだけだ。まるで罰になってない。
だけどそれは、自分を責めるのに十分な期間だった。
馬鹿をした。迷惑をかけた。
「…………」
いつものように支度をする。服を着替え、髪を整える。
……武器は、帯びる気になれない。今の自分にその資格があるとは思えない。
そのまま部屋から廊下に出ると、ちょうど隣の部屋からラッツが出るところだった。
「あ……」
「……よ」
随分とまぁ沈んだ顔をしているみたいだ。けどそれは自分だって同じことで、多分鏡を見れば同じ表情の人間が映るのだろう。
そのまま二人、押し黙ったまま詰所に行くとそこには新聞を読んでいるザンデンが居た。
「……たく。頭冷えたかガキども」
「……はよザっす。ブイヤールさんとナンスさんは……」
「カリュマ山だ。荷物残してるし、そもそも予定から相当繰り上げて帰ったからな。赤字補てんで他の奴らも一緒に行ったよ」
「そっスか……」
二人して定位置に座るが、どこか座り心地が悪い。何も言わないザンデンが何を考えているのかさっぱり分からない。
「……辞めろ、って言わないんスか」
「なんだお前、ハンター辞めたいのか」
新聞をめくりながら、ザンデンが言葉を返した。責める色がないことが意外でならない。
「だって、俺ら皆に迷惑かけて……」
「んなこたどうでもいいんだよ。いやどうでもよくはねぇんだが、ケツ拭くのが俺らの役割だからな。お前が辞めてぇってなら止めねぇし、辞めたくねぇなら叱って終わりだアホども。ただな」
新聞から目を離しこちらを見て真剣な顔でザンデンは言った。
「向こうに迷惑をかけたのは事実だからな。ケジメとして今日、リアと模擬戦やれ」
■□■□
「ハイ、というわけでまぁパリストン草原にお越しいただきました。模擬戦相手のリアです」
話の流れについていけない。
何故自分たちは完全武装で草原にいるのか。
何故自分たちは銀等級と戦う羽目になっているのか。
救いを求めるようにリアを見つめるが、翠色の簪を差したポニーテールを揺らせながら準備運動をしてばかりだ。
「オマエラってアレだろ?ハンター辞めるべきか続けていいのか悩んでる状態。良いねぇ若いねぇ青春だねぇ」
大きく体を伸ばしながらリアは言葉を続ける。
「別にこっちは怒ってないさ。失敗できるのが新人の特権だしな。オレなんて生きてるだけで生き恥晒してるような人生だぞ」
「は、はぁ……」
「でもまぁ巻き込まれたのは事実なわけで。せっかくだからオマエラが辞める辞めないどっち選ぶにしても背中蹴飛ばしてやろうと思ったわけだよ」
そろそろ始めるぞーいいかー?と声がする。
けれど、腰に帯びた剣を抜く決心がつかない。
やっぱり、ハンターなんて辞めた方が——
瞬間、眼の前に竜がいた。
「なっ……!?」
「キャッ……!?」
気迫に、呑まれた。全身がピクリともしない。
竜がこちらをみているが、植物になれば、たぶん大丈夫だ。きっと気づかれない。そうだ、そうに違いない。頼むからそうであってくれ。
「災獣を狙うってのはまぁ悪くないよ。実際、魔獣や災獣倒して魂が鍛えられる、つーか強化される事例はあるしな。再現性とか証明とかでクソみてーに荒れてるけどよ」
竜が語りかけてくる。こっちは植物だから絶対に反応したくない。無になれ自分、生きるために。
「幼体じゃない、本物の災獣はこんなもんだけどよ。どうする?続けてこんなのに挑むか?それとも安全なとこでのんびりスローライフるか?」
それはなんて素敵な提案なんだろう……もう二度と戦わなくて済む。こんな埒外の存在と命がけの存在と戦うなんてバカのやることだ。そんなことを考えていると、植物であろうとすることを忘れてしまって思わず後ずさった。その足が、後ろにいたラッツに触れた。
「あ……」
そうだ俺の後ろにはいつもラッツが居た。昔から、村にいた頃から、キャラバンで魔獣に襲われた時から。
何時からだっただろう。強くなりたいと思うようになったのは。そしてそれを忘れてしまったのは。
それは、いつも後ろについてくるコイツを——。
気がつけば目の前に竜は居なかった。そこにいるのは一人の少女だ。ただ、自分が竜と錯覚していたにすぎない。かと言って凶悪な気迫が収まるわけでもなく、全身が重く震えている。
「ギリギリで腹が据わったみてーだな。んで?次はどうする?」
「決まってるだろ……次は、こうすんだよ!!」
腰から剣を抜き、全力でリアへ向かって駆け寄りながら剣を振り下ろす。リアは鼻で笑ってそれを避け、強烈な前蹴りがグレッグの腹で爆発した。重心も避け方も雑、蹴り方すら素人同様なのに鳩尾に突き刺さったそれは、痛みよりも驚きを与えてくる。
「がはっ!?ゴホッ……く、クソが!」
「こっちにゃ評価値なんてねぇからな。対して痛くもねぇだろうに大袈裟なんだよ」
諦めず剣を横薙ぎに振るうが、これも余裕を持って躱され、応酬として掌がグレッグの頬を張った。思わぬビンタによろめいている所に再びリアの前蹴りが唸りを上げて——ラッツの構える金属盾に防がれた。
「お、やるじゃん」
「私だって……私だって!後ろにいたくない!グレッグと一緒に前に出たい!!」
その宣言を聞いた人の形をした化け物は、笑いながら前傾姿勢をとる。二人まとめて薙ぎ払うつもりのようだ。
「……行くぞラッツ」
「ええ」
「行くぞラッツ!」
「ええ!」
「行くぞ!!」
「どこまでも!!」
数十分後、グレッグとラッツは大の字になって空を見ていた。どこもかしこも土だらけの傷だらけだ。
リアはもうこの場には居ない。
ここにいるのはグレッグとラッツの二人だけだ。
「……強かったね」
「ああ」
「私たちも、強くなろうね」
「……そうだな」
雲一つない青色の天井が目に染みた。
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