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在野の聖女は何処なりや? 我、聖女にならんと欲す  作者: 白麦茶
2章 あたしが立つ場所

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35話 あの星は何処へと流れ行くのか

狐面を頭上にずり上げ、サファリハットに戻した姿が力が抜けたように崩れ落ちる。場所は空中だ、地面に激突しては危ない——。

そう思うよりも先に体が動いていた。疲れ果てた功労者の元へ、走って駆けつけ何とか受け止める。

腕の中へ収まった体は、驚くほど小さかった。こんな体であの大立ち回りをしていたなんて信じられない。

ひどく消耗しているみたいだが、ポーション瓶を口にあてがうとなんとか中身を飲んでくれた。今すぐ効くかは分からないがやらないよりはマシだろう。


「ノンナ……ありがとう」

「…………ん。こちらこそ、ありがとう。あのままだとジリ貧だった」

「あたしのやったことなんて……最後の方に出しゃばって、やれることやっただけだよ。それまでずっと動いてたノンナの方が凄い」

「……それを言ったら、アンジェもあいつの魔石がどこか見せてくれた。十分凄い」


だからお相子、という言葉に我知らず笑みが溢れる。二人で笑いながら見上げる月は丸くてとても綺麗だった。

辺りを見渡すと、戦闘の余波で随分と更地になってしまったみたいだ。遠くではボロボロのザンデンがグレッグ達に駆け寄ってなにかを言っている。

多分自分もこのあと色々言われるんだろうなぁ……とそれを見ていて——血相を変えて走ってくるナンスの姿が飛び込んできた。


「ザ、ザンデンさん!大変です!」

「どうしたナンス。緊急か」

「生垣の向こうに!ま、魔獣の群れが!!」


緊張が走った。そうだった。ここは魔獣領域。

これまでは災獣が魔獣を狩っていたが、それが無くなれば再び奴らの領土になるのは必然だった。もうこれ以上の苦労はないだろうという油断を、容赦なくカリュマ山は突いてくる。


「ブイヤール!リアへの知らせは!!」

「駄目です!まだ影響が残ってて送れません!!」


もはやアンジェに打てる手はない。魔力も、体力も根こそぎ奪われた。残っているのは意地だけだ。だからせめて、その意地で歯向かってやろうと立ち上がろうとし——その傍らで、ふらつきながらもノンナが立ち上がった。


「ノンナ!無茶しちゃダメだってば!休んでないと……!」

「……ん。私は銅等級、皆より高い等級なんだから、皆より頑張らないと」

「でも、そんな状態で何が出来るの!」

「……出来ること」


ふらついていた足取りが、確として踏ん張る。

再びサファリハットに手を掛けながら、小さくて大きな背中が凛とした言葉を発した。


「……いつだって、出来ることを精一杯やる。ただそれだけ。……発芽して〈天狐の面〉」


サファリハットが狐面へと姿を転じ、パーカーの裾を押し上げるように狐尾が生える。だが纏う燐光は先ほどよりも明らかに弱々しい。本来なら再び使える状態ではない。それでもノンナは、残った魔力で狐面を呼び起こした。

震える指先でノンナは夜空の一点を指し示す。それは遠く遥かティルフィタリアへと続く先。今は見えずとも同じ空を仰ぐ地を思い描きながらノンナは言葉を紡ぐ。


「……アーティファクトは、人々の想いの結晶。だからきっと、届く……!」


一つ、また一つとノンナを囲む小流星が数を増やしていく。

やがてそれは九つの星となった。己はここにいると、叫ぶように輝きを増していく。


「……人の興味は尽きることを知らない!〈あの星は何処へと(ノナ・テイルス・)流れ行くのか(アスタルテイル)〉!!」


地から天へ、長く尾を引きながら九つの流星が駆け上がっていく。螺旋を描き、絡みつき合い遠く遥か向こうの地へ。その軌跡が何処まで届くのか、思わず追いかけたくなるほど美しい景色が天にあった。


「……っ!?」


大きく喘ぎながら、ノンナが崩れ落ちる。最後の力を振り絞ったのか、元の姿に戻っていたがもはや立ち上がれそうにない。

遠くでガザリと、生垣を魔獣達が突破する音がした。昼間見た三本足の鹿に、大蜘蛛。更にはゴブリンの姿まであった。獰猛さを隠さない無数の視線は、こちらを狙っていることを高々に宣言している。


「"——凍てし氷柱よ、我が棍なりて敵を打て!"【藍白如意】」


持てる最後の魔力と、掴める限りの世界の魔力を注ぎ込んで不格好な氷棍を作る。ノンナは力を出し惜しみせずに絞りきった。だから今度はあたしの番だとアンジェは魔獣の群れに向き合う。


突進してきた鹿の頭を氷棍で打ち据える。その勢いで氷棍は折れてしまったが、それを直す力もないまま跳躍してきた大蜘蛛の胴へと突き立てた。

もはや死に体、どうにもならなくなったアンジェを嘲笑いながらゴブリンが棍棒を振り上げて——




「——【内助の功】」


闇から伸びた繊手がゴブリンの顔を鷲掴みにすると同時に、その矮躯を塵に帰した。


「……リア!」

「出口は後ろだ。気張って走れ」


リアの親指が指し示す方向、先ほどザンデン達がいた所に月夜でもわかる闇の塊が立ち上がっていた。見ればちょうどザンデンがその闇へ飛び込む所だった。他の面子はもう居ない。


「……んなろ!!」


倒れていたノンナを抱き上げて、闇の元へ急ぐ。

背後ではリアが魔獣達と戦う激しい音がした。

一歩、また一歩と闇へ近づく。

ゴールの方から近づいてきてはくれない。重くても、苦しくても、自分の足で歩くしかない。

腕の中のノンナの重みは、不思議と苦ではなかった。全く、なんてやり甲斐のある仕事なんだか。


最後にリアの方へ振り返った。夜闇でもわかる白い右手と、全てを飲み込む黒い何かで覆われた左腕を振り回しながら、ポニーテールが揺れ動く。あそこにいつかたどり着く……その日がいつか来ることを夢見てアンジェは闇へと飛び込んだ。



■□■□


闇をくぐり抜けると、そこには草原が広がっていた。


「ここって……パリストン草原?」


百メートルも先にはティルフィタリアと草原を結ぶ門が明かりに照らされているのが見える。何度も見たその門を見て……ようやくアンジェの心に平穏が戻ってきた。

見渡せば、ザンデン達一行も横たわったり座り込んだりと、各々脱力しきっている。


ガクンと、膝から力が抜けるのがわかった。

抱き上げていたノンナと一緒に大の字になって空を仰ぐ。

見上げた月は、カリュマ山で見たときと変わらず丸くあった。


「オイ生きてるか」

「……なんとか」


覗き込むようにリアが月を遮る。その表情は逆光で分からないが、声色からするにどうやら呆れているようだ。


「あっという間の帰還の割に、随分と充実した遠征だったみたいだな」

「そう、ね……ほんと色々あったし、散々よ。まったく」

「ふーん……んで、散々な目にあった甲斐はあったん?」

「…………勿論」


柔らかい風が、草原の草を揺らす。

頬を撫でるその感覚がこそば痒かった。

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