30話 災獣 ‐誘い‐
ノンナの赤銅色の瞳に炎が映っていた。
「…………」
今のノンナの立ち位置はまぁ程々に中途半端だ。
アンジェのカリュマ山登りをフォローはする。けれど一行には加わらない。
それ自体は構わない。陰ながらの護衛も■■も嫌というほど叩き込まれた。もはや己の血肉になったそれを扱うことに躊躇いはない。
けれど誤算があった。本来なら終始一貫して姿を消しておくべきだった。
なのにアンジェたちパーティが楽しそうだから、アンジェが真剣に訓練に挑んでいたから。こうして彼女たちのキャンプに混ざっている。同じ食事を取って、同じテントに寝て、同じように夜の見張りをして。
もしかしたら、当てられたのかもしれない。アンジェの人柄に、その熱量に。
だからだろうか。もっと踏み込んだことがしたいと思ったのは。
「おう、ノンナ。起きてるか?」
「…………」
夜警の交代に来たザンデンが、焚き火のそばに腰を下ろす。
男の人は嫌いだ。大きな男の人はもっと嫌いだ。
すぐに怒鳴るし、すぐに殴る。いたいこともイヤなこともたくさんされた。
「…………」
でもこのままじゃ居られない。
リアに拾われて世話をされて、ここまでは来た。
あとはもう一歩踏み出すだけだ。
あの日のアンジェのように。怖くても啖呵を切った彼女のように。
「…………あの、その、えと」
何度も口を開いては閉じるノンナを見かねたのか、ザンデンが先に口を開いた。
「……来週な、うちの娘が誕生日でね。プレゼントに何がいいと思う?」
「…………だったら、これ」
「これって……まさか美白の美珠!?」
「…………ん。スキンケアにはなる。女の子ならたぶん欲しがるの、それしか思いつかなかった」
「いやいや受け取れねぇよ流石に。リアがお前に渡したやつだろ?だったら俺は店売りを買うよ」
「…………でも」
「でもじゃない。ありがとうなノンナ」
「……ん」
交代だからもう寝ろと言われ、ノンナはテントへ戻る。
まともに話せたとは言い難いけれど、今はこれでいいはずだ。今は。
「……?」
テントの中を覗き込む。中にはアンジェが眠っているはずだ。寝袋の中で口を開けて——寝ていなかった。姿そのものがどこにもなかった。
「…………」
用を足しているなら荷物は置いているはずだが、その荷物は此処にはない。あるのは有事に備えて取り出していたメイスだけだ。だとすると考えられるのは……まさか。
ばっと弾かれたかのようにノンナはテントの入り口周辺の地面を見る。足跡は……三つ。ノンナ自身のもの。テントへ入ったアンジェのもの。そして、普段より深く地面へ沈んだ、テントから出ていくラッツのもの。足跡は、昼間の泉へ続く道へ伸びていた。
「……ザンデン!!」
「おうどうしたとんぼ返りして」
「……不味いことになった。あの子たち、昼間のバラに向かったみたい」
■□■□
「なんでそいつ連れてきたんだよ!」
「だ、だって連鎖詠唱すごかったじゃん……! アンジェさんがいれば、きっと大丈夫だって……!」
……頭が妙に重い。寝起きというより、深い水底から無理やり引き上げられたような感覚だった。外界から届く声が騒がしい。自分はたしか寝袋で寝ていたはずだが、寝袋越しの地面のごわごわした感触が、いつの間にか鉄板の硬く冷たいものに変わっている。それになんだか一定のペースで揺れているのが不思議で——。
「ってなんであたし運ばれてるの!?」
ラッツの背中で、盾と一緒に担がれていた。辺りは真っ暗でよく分からないが、ここがベース地点ではないことだけは確かだ。
「あっ、その、アンジェさん起きました?」
「おかげさまでね。何これどうなってるの?」
状況が分からない。どうして自分は運ばれていたのか、どうしてここにはラッツとグレッグしかいないのか。
説明して、と二人を睨みつけると、やがて苦々しそうにグレッグが吐き捨てた。
「今からあの災獣をぶっ潰す」
「——正気?」
答えは鼻で笑って返ってきた。その目は明らかに血走っている。視線を横にずらすと、おずおずとしながらも確かにコクリコクリとラッツが頷く。
「待って、昼間言われてたじゃん勝てるわけないって」
「言われてたけどよ、冷静になって考えろよ。たかがバラ一本だぜ。幼体だってなら一番弱い今叩くに限るだろ」
「そ、それにアンジェさんの連鎖詠唱は本当にすごかったし、アレなら間違いなく倒せるかなって」
くるりと背を向けてグレッグは闇を睨んだ。
まだ見えもしない赤いバラに、視線を縫い留められているかのように。
「来ないなら来ないんでいいんだぜ。魔獣を倒せば倒すほどに評価値は少しずつ成長する。災獣だったらもっと俺は強くなれる」
「んなもんなんの証明されてない俗説じゃん……!
帰ったほうが良いってば……!あたしメイスも持ってないのに!」
「あ、ごめんなさい……。すっかり忘れちゃいました」
「いいだろどうせ重しにしかなってねぇメイスだろ」
行くぞラッツ、の言葉と共にグレッグは闇の奥へと足を踏み入れていく。もしこのまま取り残されたらまずい。メイスのない今、アンジェには自衛の手段がない。
「あー!もー!もー!!」
アンジェは盛大に頭を掻きむしると、遠ざかる二人の背中を追いかけた。




