29話 災獣 -会敵‐
「災獣が何だって言うんだよ。あんな細い茎、俺ならすぐに斬れるぜ!」
「……そう、ですね。グレッグくんにも出来るでしょうが……こ、ここはボクがやった方が確実でしょう」
「わ、私に任せてほしいなーって。ちょっと思ったり」
制止されたにも関わらずナンス達はあの花を刈りたがっている。いやナンス達だけじゃない、あたしだってあの花を刈ってしまいたい。あの細い茎を引きちぎりたくて仕方ない。
だがアンジェの手を握りしめるノンナの力は、より一層強くなった。
「……ダメ。みんな殺される。だって私じゃアレに勝てないかもしれないから」
「えっ、でもノンナって銅等級よね?だったらあんな弱そうなバラ一本簡単に切れそうだけど」
だからノンナに先に取られてしまう前に、あたしがあれを摘み取りたい。それを邪魔するならノンナを——
パチンっ!とアンジェの両頬から音がした。ノンナの両手が頬を挟み込んでいた。
「……銅等級の昇格条件って知ってる?」
「それは……」
ノンナの問いに言葉が詰まる。たしか、銅等級になるためには。答えはザンデンが教えてくれた。
「災獣の討伐に際して多大な功績を挙げることが確実視される者だ。あくまで功績ってとこがミソだな。つまりは——」
「……つまり、銅等級一人では災獣を倒せるとは言ってない。アレは幼体みたいだけど、挑めば何人かは確実に死ぬ」
いつの間にかナンスとグレッグの脳天に拳を落としていたザンデンが、新たな指示を出す。
「全員聞け、災獣が出るのは流石にヤべぇ。一旦ベースに戻るぞ」
「でもよ!仮に災獣だって言っても幼体だぜ!?今なら確実に倒せる!」
「ダメだグレッグ。オマエラがそう思ってること自体が異常なんだ。四の五の言わずに戻れ戻れ!これは命令だ」
命令なら仕方ない。苦々しい顔をするのを隠せないままそれぞれが泉に背を向ける。最後に振り返ってみたバラはあいも変わらず美しく咲き誇っていた。その赤だけが、まぶたの裏に焼きついて離れなかった。
■□■□
その日の夕暮れ過ぎ、アンジェ達はベースキャンプ地点で焚き火を囲んでいた。これからやるのは今日の反省会だが、面倒で重苦しい反省会も、夕食を囲みながらなら多少は空気が和らぐ。ベーコンとパスタに持ち込んだホワイトソースを絡めただけの晩ご飯だけれども、今日の疲労のおかげで随分と美味しく感じられる。
「ラッツ……盾で防ぐのは良くなったけどよ。もっと攻撃しろ。盾は鉄板なんだぞ角で殴ればそれなりに痛いんだ。何度も言わせるんじゃねぇよ」
「は、はいぃぃ……」
ザンデンの指摘に小さくなりながら、もそもそとラッツが口にパスタを運ぶ。
その隣ではこれから来るだろう叱咤を想像してか、グレッグがげんなりとしていた。
「グレッグは今までラッツが隣に居たツケが回ってきたな。前衛が何度も抜かれてちゃ話になんねぇよ。周りをよく見ろ」
「……そこの魔術士のフォローが遅ぇんスよ」
「うるせぇよバカヤロウ。こいつに限らず新人はこれからも入ってくるんだぞ。その度に情けない後ろ姿見せんじゃねぇぞ」
味付けが足りなかったのか、塩コショウをベーコンの上に振りかけながらザンデンがギョロリと睨むのは、少し青ざめているナンスだ。
「ナンス、昼間のアレはどう思った?」
「……い、今思うと完全に誘引されてました……。アレに挑むなんて、どうかしてます」
「評価値の練りが甘い証拠だ。根性入れろ根性」
ベーコンをホワイトソースに絡めながら疑問に思う。昼間のアレ……バラのような災獣にどうして勝てると思ってたんだろう。魔獣が一匹もいない異常があったのに。
でも倒すならあの時が一番良かったハズだ。
恐らくアレに食われたか、逃げ出した後なのだ。
ノンナたちの言うようにあそこは異常だ。
あたしの連鎖詠唱なら遠くからでも仕留められたはずだ。
なのに邪魔をされた。許せない。
「……」
頭を振って考えを追い出す。——けれどそれは毒のように滲んできて。
「アンジェ君、魔力が乱れていますよ」
「ブイヤールさん……」
「精神を落ち着かせて、魔力を抑えてください。それで幾ばくかはマシになります」
言われるがまま自分の中の魔力を見てると、朱金の炎が時折もがくかのように形を崩していた。世界から魔力を取り込む要領で、心の中の炎を抱き締める。
するとやがて、あのバラへの執着心が収まっていくのが感じられた。
「アンジェ、今日はよく頑張ったな。正直途中でへばると思っていたが、なんだかんだよく耐えた。戦闘中も『帯域』を掴んで取り込めたのか?」
「あー正直そこまでは気が回りませんでした。戦闘の合間合間にやれた程度です」
「なら俺が言うことも無いな。明日も出来ませんでしたなんて聞かせるなよ?」
「まぁまぁ、魔力切れしなかっただけでも十分成長していますよ。明日も『帯域』はできる限り意識してください」
パスタを豪快に口にした後、ザンデンが今度はブイヤールの方に話を振ってきた。
「ブイヤール、明日はどうする」
「どうするもこうするもありませんよ。ベースキャンプ地点を変えるべきです」
「……だよなぁ。オマエラも気付いていると思うが帰り道は魔獣が少なかっただろ」
ザンデンが言う言葉に全員が頷く。意見が統一されてることに我らがリーダーは満足のようだ。
「恐らくあのバラに食われたか逃げ出したかだ。このままここに居てもなんも稼げなくなる……だから俺達も河岸を変えるぞ」
それが正しい。ここを離れればいい。
なのにアンジェの胸の奥では、別の声が囁いていた。
——明日では、遅い。




