25話 あたしの魔力の顔
「ベースここでいいんスか?こないだはもっと奥に行ったじゃないっスか」
「そのこないだで地獄見たのがお前だろうが。ブツクサ言ってねーで手ぇ動かせ」
うぃーす、と力のない返事が山に響く。
ベースキャンプ地点にたどり着いた一行は早速キャンプの準備をしていた。テントを置きタープを広げていく。疲労が強いアンジェは一旦休憩……というのも居心地が悪いので、インベントリから取り出した箒でキャンプ地点の落ち葉を軽く掃いていく。春だからか落ち葉そのものはそれほどの量はなかった。あとで焚き火にくべてしまおう。
そんなこんなで準備をしていると一行の魔術士であるブイヤールが何かをしている姿が目に入った。ブツブツとブイヤールが唱えた後、辺り一帯に目には見えない薄膜が被さったような感覚がした。
「ブイヤールさん。何やってるんですか?」
「ああアンジェ君、術普請ですよ。ひとまず獣避けを張りました。アンジェ君は……登山で大分体力と魔力を消耗してた様子でしたが、今は大丈夫ですか?」
「ええ、まだ疲れは残ってるんで調子はビミョーですけど、魔力なら普段より早く戻ってきてます」
その言葉にホッとしたらしいブイヤールが肩の力を抜いた。
「それならよかった。魔獣領域は魔獣が発生する程度には魔力が濃いですからね。魔術士は自身の魂だけでなく体外からも魔力を取り込んでいます。もうしばらくしたら完調するでしょう」
「えっ……魔力って、外からも取り込んでるもんなんですか?」
「おやご存知ないと?」
「ええ初耳です」
「そうですか。……たしかアンジェ君は魔導神官コースのご出身でしたね。なら教育課程で触れなかったのでしょう。基本的に術士なら、誰でも無意識のうちに行っていることです」
「無意識に?全然気にしたことなかった……」
「普段は意識を向けていないだけです。視界に入っていても見落とすものがあるように、吸収していても気づいていない。ですがその流れを知覚し、意図的に吸収できてこそ一流と呼ばれるのです」
講義が好きなのか、ブイヤールの口が回る回る。そういえば、鵺と戦った際にリアから受けた治癒術式のおかげで魔力回復が早かった覚えがあるけれど、あれは外部からの魔力取り込みを手助けしていたのかもしれない。
「そうですね。まずは自分の中の魔力を感じてください」
「自分の魔力を、ですか?」
「はい。色でも、重さでも、温度でも構いません。まずは自分の魔力をどう感じるか、その第一印象を掴むのです。それから周囲にある魔力の中から、第一印象に似た感触の魔力に干渉する。同じ魔力なら干渉しやすいですから、意識的に取り込むのはそれからです。さぁ手を動かしながらやってみましょう。細かい講義はその後です」
「はーい」
充分濃ゆかった説明だと思うけど、とりあえず地に落ちた枯れ木を拾い集めながら自分の中の魔力を意識する。日頃から魔力を取り出して魔術として使用したり、体中に巡らせてはいたけれど、こうして魔力そのものに向き合ったことは果たしてあっただろうか。授業だとか教科書だと魔力とはただあるもの、先入観を持ってはいけないとはあったが……ひとまずブイヤールの言葉を信じてみよう。
「あたしの中の魔力……どんな顔をしているんだろ」
作業も忘れて、目を瞑り己の中へと意識を向ける。
今まで顧みることなく奮っていた力に向かい合う。
最初はそこに何も無かった。見えない何かの力が流動している。違う、これは今まで自分がそうあれと決めつけていたから、ただの力としてそこにあるだけに過ぎない魔力だ。もっと奥へ。暗闇へ灯りを差し込むように、意識を凝らしていく。そうやっていて、気付けば全身から力が抜けていた。さらに深く。自分の魂に触れるつもりで、意識を沈めていく。そうして、時間をかけてようやくアンジェはそれを見つけた。
——最初の印象は朱金だった。不定形で揺らめいて、大きく膨らめば小さく萎みを繰り返す。それは炎だった。炎の舌が色々な形を象っては解けていく。やがてそれは、外から少しずつ少しずつ炎が集まり大きくなっていく。今なら分かる。それはあたしの中だけではない。風の中にも、土の中にも、もっと大きなものがあって。それをあたしは少しずつ受け取っている。だけどあたしは強欲だから、その炎をもっともっと欲しくなって——
「……てい」
「いたっ」
痛みに我に返ると目の前にはすっかり準備されたテントとタープ、そして呆れ顔のノンナとブイヤールが居た。ノンナにチョップされた額が地味に痛い。
「……アンジェ大丈夫?大分トランスってたけど」
「周囲の魔力に干渉してたのでしょう。下手をすると逆に呑み込まれるのでほどほどに」
「あー……ごめんなさい。なんか……言い表せないんですけど、あたしの魔力が外にもあって。それをいじるのが楽しかったです」
周囲を見渡すとアンジェ自身を除けばこの場には二人しかいない。
「あのー、ザンデンさんたちはどこに?」
「ああ、狩りに行きましたよ。私はお留守番です」
「……それってあたしが関係してますか?」
「勿論です。あなたはリアさんからお預かりしていますからね。我々にはあなたを無事にリアさんへお返しする義務があります」
「……そっか。そうですよね。お手数おかけしてすみません」
分かっていたことだけど、こうして足を引っ張っている事を突きつけられると流石に凹む。
だが、頭を下げようとするとブイヤールに止められた。
「問題ありません。どのみち術普請が機能しているか見ておきたかったですから。そもそも無茶を押し付けてきたのはリアさんです。あなたを責めるのはお門違いでしょう。……魔力は回復しましたか?」
「ええ。大分回復しました。ありがとうございます……魔力吸収を知らなかったらもっと掛かってたかもです」
「よろしい。なら私から課題を一つ出しましょう。このキャンプベース周辺を歩きましょう。まずは山歩きに慣れてください。魔獣に遭遇した場合は、処分しても構いません。私も同行しますから」
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