24話 はじめてのやまのぼり
自動車とバンが駐車場から走り去っていく。
この遠征に参加しないリアはリアでやることがあるらしいし、バンも他のクランメンバーが使うとのことだ。あの車が帰ってくるのは一週間後。それまではこのカリュマ山を攻略するのが、この遠征の目的だ。
「隊列を組むぞ。先頭からナンス、ラッツ、ブイヤール、俺、アンジェ、最後尾にグレッグだ。ノンナについては正直俺の手に余る。だからフリーで着いてきてくれ。全員足場と頭上には気をつけろよ」
じゃあ行くぞ、と飾ることもないセリフと共に一行は登山を開始した。麓に駐車場みたいな場所があるだけあって、多くの人が歩いたことで踏み固められた道は案外歩きやすかった。いざという時、即座に戦闘に入れるように取り出しておいたメイスを肩に担ぐ。手に持つ得物に流し込むことで武威の評価値を上げると、まるで羽根のように軽く感じた。これなら山道でも楽に運べそうだ。鵺との戦いで大分痛んだものだが、握り慣れた柄の感触が心強い。
「麓の駐車場でも思いましたけど、誰か定期的に整備してるんですかね」
答えが返ってくるとは思ってないが、目の前のおじさんに質問を投げてみる。すると意外なことに肩越しで答えが返ってきた。
「親切心と必要性と気まぐれ、後は需要があったからな」
「?どういうことです?」
「通りやすい地形、車を停めやすい場所ってのは限られてる。誰だって楽して通りたいから最初のやつが簡単に整備する。通りやすい道は他のやつにとっても通りやすい道だから、後に続くやつも出来る限りで整備する。それの積み重ねってだけだ」
「なるほど……」
「今から行くベースキャンプ地点もそうだ。山の構造は基本的には変わらないから、山ん中で留まりやすいポイントは限られてくる。とりあえずそこ目指して橋頭堡にするぞ。狩りはその後だ」
思っていたことの倍の情報量が返ってきたことに驚く。だったらついでに気になっていたことも聞いてみよう。
「じゃあもし今から行くベースキャンプ地点に別チームが既にいたらどうするんです?一緒に?」
「それだとお互い狩りの成果が目減りするからな。後から来た方が別のベースキャンプ地点に移動するんだよ。……逆に聞きてえんだけどよ。アンジェって最近までソロで草原と森にいたんだってな」
「ええ、そうですけど……」
「あの辺は群れがなかなかいねぇからビギナー向けだけどよ、この山には魔獣の群れが普通に出るぞ。そういう時何を優先するべきか分かるか?」
振り向かずに問われた質問に頭をひねらせる。
視界の先、ザンデンの肩越しの奥に見える光景ではナンスが細剣で枝などを切り開いていた。それに続くラッツがおっかなびっくりでついていきつつも、即座に盾を構えられるように備えている。ブイヤールは地図役も兼ねているのか、不安定な斜面にも関わらず地図に目を落としているようだ。その様子を見ながら、アンジェは考えついたことを口に出す。
「ベタなとこだと……仲間を見捨てない〜とか、連係を〜とか全体を見渡す〜とかありますよね」
「まぁそこら辺は否定しねぇ。俺が聞いてるのは魔獣への対応だよ。基本的に……単体なら魔石を砕け。群れなら綺麗に倒そうとすんな。まず一匹でも多く殺せ、とはよく言われてるな」
「それはどういう理由なんです?」
「魔獣は魔石を砕けば死骸がしばらく残る。逆にただ殺すと死体の大部分は塵になるだろ。余裕のあるときは価値のある素材を取り出してぇけどよ。逆に群れのときは混戦になりやすいから、残った死体をさっさと塵化させて動きやすくしたいんだよ」
「あーなるほど……。でも魔獣の死体って他の魔獣からしても邪魔ですよね。障害物……とまでいかなくても、瞬間的な目眩ましとかになりません?」
「こっちが死骸につまずいたところへ食いつかれる危険と、向こうが運よくつまずく可能性を比べるなら、安全を取るに決まってんだろ。……無駄話はここまでだ。慣れてない山道だとすぐに息がバテるぞ」
その後はただひたすらに山道を登っていった。草をかき分け、落ち葉を踏みしめて前へと進む。アンジェには道には見えないが、これでも割と道としては残っている方らしい。
……装備が重い。荷物の粗方は腰のインベントリに突っ込んでこそいるが、急な事態に備えて携帯しているメイスが憎い。
……足が重い。隊列の動きこそゆっくりかつ一定のペースを保っているが、それでも疲れるものは疲れる。
……息が荒い。ポーションを時折口に含むが、それだけで呼吸が落ち着けば苦労はしない。身体機能にメイスにと、調子に乗って全身に魔力を巡らせていたツケが来ている。
木々と草と岩と泥が、時間をかけてじわじわとアンジェを苦しめる。そうだった……ハンターとは魔獣を狩るより先に環境に適応しなければならない職なのだ。
誰も口には出して励ましてはくれない。当然だ。自分で選んだ道なのだから自分で責任を持たなければならない。けれど、誰もアンジェを急かしも責めもしない。何故なら彼らにとって、アンジェの苦しみは自分が乗り越えてきた道なのだから。それを嘲笑うことはかつての自分を嘲笑うことだから。だからアンジェは頑張れる。それはできることだと、先達の背中が示しているのだから歯を食いしばる。
気付いてはいた。魔獣領域を歩いていて、その主たる魔獣と出くわさないことの不自然さに。もしかしたら、魔獣に出くわさないようにコースを選んでいるのかもしれない。もしかしたら、今は姿が見えないノンナが間引いているのかもしれない。そのことに感謝すべきかどうかはわからない——ただ、山を登りながら魔獣とも戦うのは、今の自分には無理だと判断されている。その未熟さが腹立たしい。
そうやって、歩いて歩いて登って登った先で、ようやくアンジェ達はベースキャンプ地点にたどり着いた。
先回りしていたらしいノンナの熾した焚き火の暖かさが、ただただ骨身に染み渡った。
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