22話 彼女の分かっていたこと
「こ、これが連鎖詠唱か……。ノ、ノンナさんは、これを知ってたのか?」
「……ここまでとは思わなかった。でも、猿の鵺が相殺を仕掛けたのに、それを食い破って猫鵺を瀕死にしたから理解できる」
膝をついて喘ぐアンジェの背後から、ナンスの震える声が聞こえた。独り言のつもりだったのかもしれないが、ノンナはそれに答えた。その声色が、いつにもない喜色に溢れているのが聞いてわかった。
「鵺を瀕死に……石等級がか!?」
「まだ……その時は木等級ですけど、ね」
「信じられない……が、信じるしかないんだろうな……」
大きく息を吐いて立ち上がる。振り返るとまさに驚愕という文字を顔に貼り付けたナンスが。愕然として、ぴくりとも動かないグレッグが。まさか、腰を抜かすとは思わなかったけど実際にへたり込んでいるラッツが居た。
「これが、連鎖詠唱です。今のが、私の最大火力……かな」
「……流石。すごかったよアンジェ」
「ありがとノンナ。あ〜疲れた」
インベントリから取り出したのだろうポーション瓶を差し出しながら、申し訳なさそうな顔をしたナンスが歩み寄ってくる。
「いやはやお見逸れしたよ。一体、どういう仕組みなんだい?」
ありがとう、そう言って受け取ったポーション瓶をアンジェは呷った。中は魔力ポーションだったのだろう。全身に活力が戻ってき始めた。
「魔術ってのは、体外に放った魔力を操作して事象を引き起こす術じゃないですか」
「そうだね。ボクは使えないけど、そう聞いているよ」
「でも、例外的に事象を起こさず、次の魔術を強化する……そんな魔術があったりします」
「……ん。聞いたことある。でもあれは」
「欠陥術式なの、あれは。普通に魔術を二度使った方が効率的だし、魔力の損失も少ない」
——でも、もしその無駄に空打ちする魔術で普通に魔術が使えたら?
アンジェはふらつきながらも胸を張って答えを述べた。
その背を励ますようにポンポンと、ノンナが軽く叩く。
「あたしの連鎖詠唱は初動の魔術で、術式の残滓の器を作ります。そこに二度三度……と使用した魔術の残滓を貯めていって、最後の術でそれらを繋ぎ合わせて爆発させます」
「なるほど……つまり、攻撃しながらエネルギーをチャージしているってことかな?す、凄いな」
「ええ。あたしの自慢です。でもまだまだ課題もあります」
「……魔力消費」
空になったポーション瓶を振りながら、苦笑しているアンジェが続けた。
「まずカウント用の魔術は、普通に撃つより二割ぐらい余計に魔力を食うんです。また、カウントを使い切る最後の術では、同規模の魔術を使ったときよりは、魔力消費が少ないですけど。でもやっぱりそれなりに消費します」
「うん?それなら事前にストックしたまま、ずっといられないのかい?」
「ストック中も魔力を少しずつ消費するから、あんまり長く維持出来ないんですよね」
「それは……使い所が難しいね」
「……でも、これがあると手札が広がる」
「多分実戦で使うなら一回、出来て二回のストックが限度だと思います」
そう言うとアンジェはいまだ動かないグレッグとラッツに近付いた。胸に手を当てて宣言する。
「どう?これがあたしよ」
腰が抜けているラッツも、先ほどからひと言も喋らないグレッグもただ震えるしか出来ない。やがて、時間が経つとどこか悔しげにグレッグが呻いた。
「使ったら魔力切れなんだろ……?そんなんで大丈夫なんかよ」
「大丈夫じゃないよ。今のを魔獣相手に撃ったら、あたしも戦線離脱」
アンジェがそう答えると、グレッグは意外そうに眉を上げた。
「だから実戦で溜めるのは一回、多くても二回。それでも普通に撃つよりずっと強い。今のは――」
空になった瓶をインベントリへ戻し、アンジェは胸を張る。
「最大火力を見せろって言われたから、最大までやっただけよ」
「……クソっ!」
悪態をつくしかできないグレッグの様子になんだか嬉しくなる。けれどただマウントを取るために連鎖詠唱を披露したわけではない。本来の目的は、連係の確認だったはずだ。それを思い返すと同時に、背後からナンスが語り掛けてくる。
「ア、アンジェさんの魔術の、腕前は分かった。でも、前線も経験したいんだよね?前衛として動けるだけの魔力は、もう回復したかい?」
「動くだけなら大体7割方は…」
「それだけあれば、充分かな。実戦じゃ足りないことってよくあるし」
言葉に応えて振り向くと、そこではナンスが腰から細剣を引き抜く所だった。神経質気味に、剣を構えながら言葉を続ける。
「とりあえず、まずは動いてみよう。アンジェさん、グレッグ、ラッツの三人で掛かっておいで。さぁラッツも立って」
「あの……すみません……腰が抜けて立てません……」
「…………あちゃあ」
■□■□
それからはひたすらに立ち回りの稽古を行った。前へ前へと突き進みながら、一歩間違えればがむしゃらになりかねない勢いでグレッグが剣を振り回し、それに遅れまいと——並び立たんとラッツが盾を前面に押し出す。それに対して足運びを駆使し、細剣を振るうナンスの腕前は見事だった。横から見ていて中々つけ入るチャンスがないし、踏み込んだ所ですかさず掌底で突き倒される。途中何度も叱咤を受けたし、時折ノンナからも注意が飛んでくる。アンジェもグレッグもラッツも、皆頭から土にまみれて全身汗だくになった。
もう数えるのも馬鹿らしくなる程に。胸元に受けた衝撃と共に吹き飛ばされたアンジェは、転げ回った末に空を仰ぐ。体中が痛い。胸を強打したせいで、胃の中のものまでうっかり戻してしまいそうだ。このまま横になっていたい……けれど負けたくない。グレッグとラッツはまだ戦っている。自分一人だけ、こんな所で横になっていたくない。
グレッグは嫌な奴だった。けれど、剣を握っている時だけは目が違った。一見無茶苦茶に見える剣筋だけどその奥に何か一つ、型があるように見えた。あまりにも無駄だらけの動きでも、その瞳は真剣で、皆を引っ張っていくような熱を感じられた。
ラッツは怖がっているように見えるのに下がらなかった。。稽古前は気弱に見えたのに、一番叩かれている前線で盾役なんて。いったい何がその原動力なのか果てしなく気になる。
あの二人をただ見ているだけじゃ置いていかれる。それは嫌だ。だから早く立ち上がって——。
「……魔術、使わないの?」
アンジェが体を起こすよりも早く、ノンナが覗き込んできた。
「……もう魔力は回復してるでしょ」
「あー……素で忘れてたわ。体動かすのが楽しくてつい」
「……ふーん。アンジェって相手の動きを見る目は良いよね」
唐突に切り替わった話を怪訝に思いながら体を起こす。視界の端では、盾ごと蹴り飛ばされたラッツが見えた。その向こうではグレッグが剣を支えに立とうとしている。
「……多分、今のままでも後衛としてはやっていけるよ。フェイントに弱いけど……もし突っ込まずに魔術使ってたら入ってたシーンはあった」
「そうかな?そうかもしんない。でもさ」
立ち上がってメイスを構える。こちらを見据えるナンスに向かって歩き出して、速歩になって、駆け出して。
ずっと分かっていたことかもしれないけれど
きっとあたしは、後ろから支えるんじゃなくて
前に立ちたいんだ
ザ「あいつら準備のこと忘れてやがるな」
リ「まぁいいんじゃね。フォローしてやれよ」
ブ「青春ですねぇ〜若さっていいなぁ」
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