21話 連鎖詠唱
——連鎖詠唱
「ってなんだそりゃ」
脳天に響く痛みを堪えながら、グレッグは思ったことを素直に呟く。そのひと言を聞いた金髪の少女……アンジェの顔が確かに引き攣ったが、グレッグからすれば知らないものは知らないとしか言いようがない。見ればラッツも首を傾げているし、鬼教官のナンスも戸惑っているみたいだ。魔術士であるブイヤールなら知っていたかもしれないが、生憎と彼はここにいない。
周囲の反応に若干視線を落としたアンジェだったが、やがて気を取り直したように顔を上げた。
「まぁいいです……最近の技術ですし。まずは実際に見てください」
誰も居ない草原に向かって少女がメイスを構える。すると少女の方から何やらざわつく気配があった。この気配には覚えがある……誰かが魔術を使う時の感覚だ。
グレッグたちが見ている中、こちらに背を向けた少女がなにかをささやいた。
「"――私は祈る。揺るがぬ大地よ隆起せよ"【黄山石】!」
その言葉と共に、何かが……魔力が走る気配がする。するとメイスの先が示した二十五メートルほど先で、地面が四か所、四角く隆起した。
「……オイまさか今のがその連鎖詠唱?って言うんじゃねーだろうな」
「今のは的を作っただけです。黙って見ててください」
的を作っただけという言葉にグレッグたちが戸惑うが、ノンナだけは揺らがない。そのブレること無き視線の先で、金髪の少女はメイスを地に突き刺して構えを変える。
「"――都度願う。霜付く六花よ咲き誇れ"【氷青華】!」
アンジェの掲げる両手の上に、青く輝く円盤が生まれる。それから少しの間をおいて、少女は円盤を遠くの的に投げつけた。投げつけられた六花の円盤は回転しながら空を裂き、左端の的へ食い込んだ。的に食い込んだ円盤が砕けると共に、霜が地を駆け氷柱が大きく花開く。魔術を使えないグレッグですら息を呑む一撃……けれどそれは、グレッグが見たことのある普通の魔術でしかない。
は?と一瞬呆けてしまうが、アンジェは気にせずメイスを取り上げて、次の的へと狙いを移す。
「"——三度奏上する。天鎚よ艱難辛苦を打ち砕け!"【暁神成り】!」
メイスの柄頭から電撃が迸る。天へと駆け上がる電撃は、やがて弧を描いて地の的へと叩きつけられる。その衝撃に耐えられなかったのか、直撃を受けた右端の的は崩れ去ってしまった。もしこれが、狙った的を射抜いているなら凄いのだろう。しかし取り立てて特別には見えない。グレッグの横のラッツが、なんか普通……とつぶやくのが聞こえた。
水平に構えたメイスに手を添えて、アンジェが更に魔術を使う。
「"——四度希う。風よ集いて迸れ!"【澄清槍】!」
収束された風の槍が、遠くある的を突き崩す。
「こうも矢継ぎ早に魔術繰り出せるのは凄いね」
けど、拍子抜けかな。そう口内でナンスが呟いたのをグレッグは聞き逃さなかった。実際その通りだ。何が連鎖詠唱だ馬鹿馬鹿しい。ただ連続して魔術を使っただけではないか。もはや呆れを通り越して苛立ちすら覚えながら、グレッグはアンジェに近づこうとして——そのつま先にメイスが突き刺さったことに驚いた。
「おわっ!?危なっ!?」
驚きのまま飛び上がる。だがそんなグレッグの様子をアンジェは気にも留めない。ただ放り出したメイスの行方すら忘れて両手を前に突き出した。
「"――三度の願いを今ここに!私は祈る。一重二重九重と、巡り廻りて祭祀を成すは炎の民。
縒われし血潮は赤き舌、束ねし熱は赤き陽炎。
焔の吐息よ嘗め尽くせ!!"【紅吐息】!!!」
——瞬間、グレッグの目の前に太陽が産まれ出た。
荒れ狂う炎の海が眼前を埋め尽くす。アンジェの突き出した両手から放たれるそれは、もはや火炎放射ではなく炎の津波となり最後の的へと押し寄せる。それどころか砕け散った三つの残骸まで炎に呑み込まれた。地を空を、全てを焼きなぶり、焦がし溶かす。その圧倒的な熱量は、炎そのものは届いていないはずなのに、余熱だけで肌が焼けるように熱い。
「…………!?」
隣でラッツが腰を抜かしたのが分かった。
普段は拳骨をよく落としてくるナンスの口が、塞がらないのが分かった。
ゴクリと、ツバを飲む音がグレッグだけにこだました。
やがて時が過ぎて、魔術が音もなく終わる。
大きく喘ぎながら、アンジェが膝を大地につく。
魔術の行使が終わったことで大地が急速に熱を失っていく。だがしかし、一部を溶かし硬めたその光景は、まるで地獄のような印象をグレッグたちに突きつけるのだった。
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