20話 疑念
そうして、アンジェ達はパリストン草原まで足を伸ばしていた。ティルフィタリア内で暴れたり強力な魔術を打つのはご法度だが、ここなら何をやっても平気だ。
「さ、さてと。まずは改めて自己紹介から。ボクはナンス。硝子等級だから。よ、よろしく」
「えーとその、ラッツです。盾士やってます。石等級ですが、よろしくお願いします」
「……たく。石等級の剣士グレッグだ」
神経質そうな印象の通りに、どもっているのがナンス。
か細い小声を震わせている、素朴そうな少女がラッツ。
そして、ふてぶてしい態度を隠さないグレッグ少年とそれぞれ自己紹介をしたのでそれに続く。
「改めまして、石等級のアンジェです。干渉術式全般を得意にしてます」
よろしく、と手を差し伸べる。するとナンスが神経質そうな外見に見合わない力強さで握手に応じてくれた。ならばそのままラッツへ…と移ろうとすると、ラッツは手を差し出しかけては、迷ったように引っ込める。それを二度ほど繰り返したので、前に出た瞬間を狙ってその手を握った。
「よろしくね。ラッツさん!」
「あ、う…よ、よろしく」
グレッグには無視された。なんだかな…と思いながらとりあえず一歩引く。それに合わせてノンナが口を開いた。
「……ノンナ。銅等級。斥候やってる…よろしく」
「ハッ、銅等級? ホントかよ」
早速噛みついてきた。順当というか、予想どおりというべきか。
アンジェがティルフィタリアへ来る前に抱いていた、ハンターには粗野な者が多いという印象。それを体現するように、グレッグはノンナを上から下まで値踏みした。
隣にいるラッツがおろおろと二人を見比べ、指導役のナンスは早くも胃の辺りを押さえている。
「俺が知ってるベテランハンターは、みんな威厳とか風格があったぜ。それが、こんなチビジャリが銅等級?詐称じゃねえだろうな」
グレッグが一歩、ノンナとの距離を詰める。
対するノンナは見上げることすらせず、いつもの眠たげな顔を崩さなかった。
「……ギルドは認めた。私が偽る理由は特にない。それに……」
「あん?なんだよ」
そこで初めて、ノンナがグレッグの顔を正面から見た。
「……この業界、見た目で判断する奴から死んでいく。ちょうど、あなたみたいに」
草原を渡る風が、妙に冷たく感じられた。
グレッグの頬が引き攣る。それとほぼ同時にその手が腰にある剣を引き抜く——その前にナンスが柄頭を押さえていた。
「やめておくんだグレッグ」
「でもよナンスさん!」
「でもじゃない。銅等級がその気なら、ボクらはあっという間に全滅だよ」
そんな馬鹿な話があるか——そうグレッグの顔に書いてあるのがよく読める。確かに今のノンナには何の気迫も感じられない。まるで何処にでも居そうな小柄な赤毛の少女でしかない。だがしかし、アンジェは知っている。このサファリハットの下にある赤銅の瞳が、瞬く間にこの場の全員を無力化できてもおかしくないことを。今は隠しているだけで、ひとたび解き放たれれば、その気配は死そのものへ変わることを。
「だったらよ!アンジェっつったか!お前はなんかあんのかよ!」
いきり立ったら、もう収まりがつかないのだろう。少年の矛先がアンジェに変わる。やめようよ、と隣の少女が小さく呟くがまるで効果がない。
「ハンターになって二週間たってねーんだろ?なのにその銅等級と組めるってならなんかあんだろ?そうは見えねぇっつってんだよ!」
嘲るような、そしてどこか舐めるような視線がアンジェの体を這う。その事に怖気が走って無意識に一歩後退る。だけど負けない。ハンターは男社会……そうと分かって挑んだ。この視線は、この扱いはこの先幾度も立ちはだかるだろう。だからこそ負けない。あたしがあたしであるために、アンジェは努めて胸を張った。
「はん…!火力だけならこの場の全員に勝てるから!」
「口だけなら何だって言えんだよ!証明してみせ"っ……!?」
流石に見過ごせなくなったのか、ナンスの拳がグレッグの脳天に落ちた。そうしてグレッグが蹲ると同時に、ナンスが頭を下げてくる。
「ご、ごめんね。ハンターって腕っぷしの世界だからどうしても舐められたら負けみたいな雰囲気あるし、この子もまぁ年頃なんで……」
「……まぁ、別にいいですけど」
「で、でもボクも気になるかな、君の秘密」
何かを見透かそうと言わんばかりに、ナンスの双眸がアンジェを射止める。試すようなその視線を遮るように、ノンナが一歩前へ出た。その行動で——ふとアンジェの胸中に悔しさが湧いてきた。庇われる立場だなんて、無力と思われているなんて許せない。気がつけば、アンジェはその肩に手を置いて押し留めた。
「リアさんはここ、ティルフィタリアでも数少ない銀等級だ。そのリアさんが君をパーティに加えた。その根拠が、君の自信の源が火力だというなら、ぜひ見せてほしい」
この場にいないにも関わらず、リアの名前が出ることに少し驚く。そんな人と同じ家に暮らしてるなんて。仲間であると、傍目からは見られているなんて。
改めて示されると実感が沸かない。多分、力不足もいいところだろう。けれど、あの日、アンジェの宣言をリアは聞いてくれた。ノンナは抱きしめてくれた。あの信頼に応えたい——仲間であると、強がりたい。だからこそ、アンジェは一歩前へと踏み出した。
「最近[円在教]で開発された技術で連鎖詠唱って言うんですけど——あたしはその使い手です」
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