16話 現実
午後から用事があるというリアの都合に合わせ、まずはアンジェの作業着を探すことになった。
ということで、早速ティルフィタリアの衣料品店に繰り出した三人だったが、なかなかどうして服が決まらない。元々[円在教]の神官だっただけあって、何処かしらに[円在教]に由来する要素を求めているのが鍵らしい。
そんなこんなで店を渡り歩くこと数時間。ようやくアンジェのお眼鏡にかなうものが見つかったようだ。
生成り色の立ち襟には円環を象った金糸が走り、その上から深緑の防風外套を羽織っている。肩を覆う短いケープと、腰から前後へ垂れた白い布だけを見れば、確かに神官服の面影があった。
しかし、その下にあるのは膝を補強した黒い作業用パンツと、泥道を踏み越えるための編み上げブーツだ。腰には大小のポーチとメイスを吊るす金具が並び、祈りの場より山野へ向かうための服であることを主張していた。
「……神官らしさも残ってるし、動きやすい。完璧じゃない?」
選ぶまでに三軒の店と三時間を費やした少女は、満足げに胸を張った。
おおー、と感嘆の声を上げた付き添い二人も、ようやく胸を撫で下ろした。
何しろ、あれはどう、これはどうと意見を求められ続けた二時間である。
途中から脳内で術式の改良をしていたリアは兎も角、ノンナの疲労はピークに達していた。
「ごめんねー。ちょっと時間かかっちゃって。でもよかった、いいのあって」
「確かにお似合いだが……これをあと数回続けるのはちょっと困るぞ。見ろよノンナなんて疲れ切った休日のお父さんみたいになってやがる」
「……ツカレタ」
指差された先を見るとベンチの上で溶けてしまっているノンナがいることに気付いた。どうやら余程気疲れが重なったらしい。
「流石にもう時間は取らせないよ。さっきの店で他にもいいのあったし。だからあともうちょっとお願い」
「あとはインベントリか。何型がいいとかあるのか?」
「そもそもインベントリに縁がある生活じゃなかったからあんまし知らない。リア達は何使ってるの?ケイ達がバンドタイプ使ってるのなら見たけど」
「オレはヒップバッグだな。容量もバンドより多いし」
「……私はベルト組み込みのウエストポーチ型。ベルト切られると落ちちゃうけど、バンド型も手切り落とされる可能性はあるから」
なるほど…とアンジェは脳内で情報をまとめる。
アンジェはしばらく俯いて考え込み、やがて顔を上げた。
「じゃあ、あたしもノンナと同じウエストポーチ型にしようかな」
「それでいいんじゃね。ちなみにだけど今まで見た店に気に入った奴はあった?」
「ないっ!」
威勢の良い声を聞いたリアとノンナは揃って天を仰ぐのであった。
■□■□
「お買い上げー、ありがとうごさいましたー!!」
店員の威勢のいい声を背中に浴びながらアンジェたちは店から通りに出る。結局、アンジェのインベントリ厳選には昼を跨ぐ事になった。
「……たく。遠慮なくお高いブランド物選んだな」
「好きなの選んでいいって言ったのはリアでしょ。まぁあれよ高くて良いものは末長〜く大事に使うって言うじゃない。ありがとね」
「……ん。それは真理。でも時間掛けすぎ」
アンジェの腰にある真新しいインベントリが歩みに合わせて軽く揺れる。今の彼女はとても楽しんでいる様子で——実際に楽しんでいた。まるでかつて、この地から遠く離れた皇都の空の下で、学友との買い物を楽しんだ時みたいで。
「さて、と。そんじゃまそろそろお財布役は退散するかね」
「あれ、リアどこ行くの?まだまだお楽しみはこれからだと思ってたのに」
「ちょいと野暮用。早め早めに手を打っておきたい事があるんだよ」
翠色の魔石をあしらった簪が離れていく。雑踏の向こうへと消えていく黒髪を見送りながらアンジェは愚痴った。
「あたしの装備新調付き合ってくれてもいいのにねぇ。リアって結構猫っぽいとこある?」
「……どうだろ?顔なら、たぬきっぽいって言われてたけど」
「あーたぬき系の可愛い顔だもんね」
小柄な少女と二人、クスクスと笑い合う。そしてノンナは手と手を合わせて軽く背伸びしながら尋ねてきた。
「……さて、と。私はまだまだ付き合えるけどお次はどこ行くの?」
「んとね。欲しいのがあってさ。そのためにお金貯めてたんだよねー」
「……聞いてほしそうな顔してるじゃん。で、なんなのそれは」
「こないだぶらついてた時にね。中古だけど〔治癒の美珠〕が格安で売られてるの見つけちゃってさ。あれは絶対掘り出し物よ」
「…………あーなるほど」
やがて少女達はとある店にたどり着いた。木造建築の多いティルフィタリアではよくある造りの店だ。割とよくあるハンター向け中古雑貨店。そこに威勢よくアンジェは乗り込んだ。
「こんちゃー!ねー店長、あたしがこないだキープしてって頼んでた〔治癒の美珠〕、まだ残ってる?」
「相変わらず威勢がいいねお客さん。キープはしてないけどまだあと一個残ってるよ」
「そこはキープしてると言ってよ店長!」
にゃははとアンジェは店長と笑い合う。アンジェに引き続いてノンナが店に入ると、ちょうど恰幅のいい女将店長が店の奥から何かを取り出すところだった。黒い核を包むはずの緑色の外殻は、ノンナが知るものより大分白く濁っていた。
「……〔治癒の美珠〕。アンジェ、それって」
「大丈夫分かってるって。結構使われた中古だけどまだ使えるから」
「……そうじゃなくて」
「見てよ、まだこんなに色が残ってるし。これならあたしも」
きっと治癒術式を使える。その喜色に溢れた表情からはえも言われぬ喜びが伝わってくるようで。ノンナが何か言うよりも先に、手早く会計を済ませたアンジェは掌大の〔治癒の美珠〕をもって店外へと飛び出した。
くるくると回りながらアンジェは笑う。
そして彼女は手にした〔治癒の美珠〕に魔力を通した。
アンジェから供給された魔力が、〔治癒の美珠〕に刻まれた術式を起動させていく。目標はアンジェの足。歩きまわって少し疲れた両の腿から疲労が抜けるのかを試してみる。〔治癒の美珠〕から零れ落ちた光の粒が、狙い通りにアンジェの足へと伝わり染み渡り……雲が晴れるように綺麗に疲れが取れた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
両足をバタバタと、足踏みをしているアンジェにノンナが近付いた。
「……アンジェ」
「ねぇ見てノンナ!あたしが治癒術式使えた!って見えないか!でも使えた…!これならワンチャン治癒の美珠買い込んで皆を癒せる…!」
「……そんな事、考えてたのね」
「ねぇノンナ。あなたも歩きまわって疲れたでしょ今回だけ〔治癒の美珠〕使ってあげる!」
そういうが速いかアンジェは再び掌の珠に魔力を通し、溢れた光の粒がノンナの下に届いて——肌に弾かれて虚空へと溶け消えた。
「……」
「嘘、え、不良品…?」
「……貸して」
呆然としたアンジェから手渡されたノンナが〔治癒の美珠〕を起動させると、今度は光の粒がノンナの足に染み渡っていく。
「……」
「……」
「……〔治癒の美珠〕って他人には使えないんだっけ?」
「……そんなことはない。残量関係なく、大体他人も癒せるハズ」
「そっかぁ…………」
ポロリと、少女の目から雫が溢れた。
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