14話 とある朝
申し訳ありませんが隔日で投稿させていただきます。
草を刈った直後のような青臭い匂いが、辺り一面に満ちている。しかし、それは草刈りが行われたからではない。今なおうねり続ける茨の鞭が、地面や樹木へ激しく叩きつけられているからだ。
さらに、縦横無尽に駆け回る小柄な少女が無数の鞭を斬り落とすたび、断面から新たな青臭さが撒き散らされていた。
周囲を見渡すと一行のリーダーであるザンデンが、魔術士然とした格好の副リーダーと何事かを早口で相談している。その横では、この悪夢のような現状を引き起こした元凶達が抱き合いながら泣いていた。
泣いてる馬鹿達は放置するとして、今、自分は何ができるのだろうか。ノンナの方は無数の鞭を斬り落としながら、上へ下へ、右へ左へと休む間もなく位置を変え続けている。それでも敵には目立った消耗がなく、ノンナもなかなか攻勢に転ずる機会がないようだ。あれほどの『俊敏』を持たないアンジェに、正面突破は不可能だ。だからといって、できることがないわけではない。選択肢が限られているだけだ。
「今からやることは明日のあたしに自慢できることかしら」
ノンナが飛び退いた瞬間、アンジェは無数の茨の主——バラの災獣の幼体が立つ地面を大きく陥没させた。
「……ハッ!森の栄養になるのはアンタの方よクソ植物!!」
目指すべきゴールはたった一つ——全員生存。その道に至るための一歩をアンジェは踏み出した。
■□■□
「ここ……どこだっけ」
ふと目が覚めると、そこには見覚えのない板張りの天井が、カーテン越しの朝日でぼんやり照らされていた。
のそりと体を起こし、寝起きの回らない頭を抱えながらアンジェは辺りを見渡した。
まぁそこそこに広い部屋だ。調度品はあまりない。アンジェが今まで寝ていたベッドの他にはせいぜい机と椅子、そして空の本棚があるだけの簡素な佇まいをしている。
ベッドから降りてカーテンを開けると、窓からは少し広めの庭と、そしてティルフィタリアの街並みが見えた。遠くには、この街へ来た日に目にした白い防壁も望めた。
そのまま窓を開けると木々のざわめきと優しい風がアンジェの体を包み込んだ。部屋へと入る穏やかな風にはまだ冬の冷たさがわずかばかり残っているようだ。
新鮮な空気を肺の奥まで取り込み、ようやくアンジェの頭が働き出す。
「そっか……あたし、リアんちに来てたんだった」
昨日は散々な一日だった。
魔獣を狩るつもりが人に襲われ、そこへ別の魔獣と、さらにリア達まで乱入してきた。その後、リア達が気絶したボウザンらを魔術で浮かべ、揃ってハンターギルドへ戻るところまではよかった。
だがしかし、そこで待っていたのは取調べに続く取調べ。事前にリアから話は聞いていたが、根掘り葉掘り聞かれて散々だった。あれでもリアという銀等級の口添えで抑えられているというのだから恐れ入る。
栗色の髪をシュシュで纏めている受付のお姉さんから受け取ったコーヒーと励ましの言葉で、ちょっと泣いてしまったのは墓の下まで持っていきたい。その時、審査に使うからとギルドカードを預けることになったが大丈夫だろうか。すっかり慣れ親しんだ感触がないことに不安を覚える。
「……っし。今日も一日、頑張りますか」
頭を振って気持ちを切り替える。肩口まで伸びた金髪に簡単に櫛を通し、いつも通りの平ロープ結びにセットする。
今日は外に出るかわからないが、ケーブルニットとロングスカートで服を合わせる。皇都に居た頃、ビビとペトラと共に色味や丈のバランスを計算して揃えた思い出が懐かしい。そして準備を済ませてからアンジェは部屋を出た。
階段を降りてリビングに入ると、そこではノンナが台所に立っていた。コンロで何かを焼いている様子のノンナの頭には、いつも被っていたサファリハットがない。どこにあるのか頭を巡らせてみると、リビングにある椅子の背もたれに掛けてあった。あの席はたしかノンナの指定席だったはずだ。
ふとアンジェの耳に上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。どうやらこの朝食の支度が彼女にとっては楽しいことらしい。
そんなノンナの服装は薄手の灰色パーカーに黒いミニスカートと、ノンナの中性的な顔立ちによく似合っていた。まぁ台所仕事の都合でエプロンをつけているのだが。
「……ん、おはよう」
「おはよー。リアは?」
「……まだ寝てる。大体リアは夜遅くて朝も遅い」
「そっか。わかった」
リビングと比べると狭いが、それでも普通より広そうなキッチンの中を、小柄なノンナがちょこまかと動き回っている。リビングにいるアンジェからは、頭だけがぴょこぴょこと左右へ動いているように見えて微笑ましい。やがて、そのぴょこぴょこと動いていた頭がこちらを向いた
「……アンジェ。聞きたいことがある。とても大事なこと」
「大事なこと……?」
「……ん。アンジェって……」
ゴクリ、とツバを飲み込むアンジェの前で、真剣な顔をしたノンナが小瓶を棚に置いた。
「……アンジェって、目玉焼きに何をかけて食べる?」
「えっ、目玉焼き?」
「……生憎、今うちには醤油と塩コショウしかない。アンジェの望み通りじゃないかもしれない」
「特にこだわりはないけど……しいて言うなら今日は塩コショウの気分……?」
「……そう。なら良かった」
「………………」
ノンナの真剣な眼差しからの言葉の落差で拍子抜けしてしまったからなのか、言葉が思いつかない。特に悪いことをしたつもりもないのに外した奴みたいな雰囲気を感じてしまうのは何なのだろう。だがそんな空気を気にも留めず、ノンナが目玉焼きとカリカリに焼けたベーコンが盛られた皿を持ってリビングに来た。
特にコメントもなく朝食の配膳をしていくノンナに、とりあえずなんとか絞り出した質問を投げかける。
「……朝食ってさ。リアと二人で居た頃からノンナがやってたの?」
「……ん。その通り。昔、リアと暮らしだした時は、リアは朝食食べない派だった。だから私が朝食やり始めた」
「へぇ……糖質制限でもしてたのかな」
「……そんなわけない。あれはただのモノグサなだけ。だから多分今朝の格好も雑だと思う」
「雑……?それって」
ノンナのセリフに猛烈な悪寒を感じる。多分あれだ、これからその答え合わせを見たら、自分はどうなってしまうのか。
アンジェが心の防壁を閉め切るよりも前に、リビングの扉が開き答えのほうがやって来た。
「はよー。おうアンジェか。ギルドからの郵便届いてたぞ。多分ギルドカードだな」
「……おはようリア」
「おは……っ!?」
絶句。それを見たアンジェは絶句するしかなかった。ボサボサの黒髪が寝癖だらけなのはまぁ、いい。許せる。
だが年頃の女性が下着とキャミソール1枚だけとはどういうことだ。
完全にフリーズしたアンジェを尻目にリアは自席につく。
パサリ、と音がしたのはリアが持っていた封筒が置かれた音だろうか。やがてノンナがサラダが入った小鉢を人数分、冷蔵庫の中から取り出して持ってきた。
「いつもありがとなーノンナ」
「……別に…孤児院じゃ当番としてやってたから苦じゃない」
「さいでか。うんじゃま、いただきます。アンジェも固まってないで食べなよ」
「…………着替え」
「着替え?そういや神官服破られてたな。流石に都市着で魔獣領域行くわけにもいかねーし、今日は買い物でもするか?」
「…………それはありがたいけどさ。でもその前に!」
再起動したアンジェがきっと、だらけた姿のリアを睨みつける。そして人差し指を突きつけた。
「家の中だからって!まともな格好しなさい!!」
——その日、突き抜けるように晴れた春のティルフィタリアに雷が落ちたのであった。
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