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在野の聖女は何処なりや? 我、聖女にならんと欲す  作者: 白麦茶
1章 彼女は決意した

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13話 決着、そして

不気味な鳴き声と共に烈風が膨れ上がり、透明な檻が内側から弾け飛ぶ。世界を満たす魔力の淀みにして、獣を形作った仮初の命でしかないものが魔獣だ。しかし……たとえそれが偽りの命だとしても……深く傷付いている鵺の目は何よりも雄弁に語りかける。私は生きると。ここで生き残るのは私だと。ある意味人よりも純粋なその願いを——アンジェは否定することから目を背けない。


「あ〜〜〜〜、畜生風情が根性あるねぇ。どうするアンジェ。さっき見た雷なら確実に倒せるだろうけどいけんのか?」

「……連鎖詠唱は流石に消耗激しいからアレクラスは無理。でも、出来ることをやるだけよ」


そう言い捨てるとアンジェはメイスを片手に駆け出した。

『俊敏』の評価値を跳ね上げても、先のノンナの疾さには到底届かない。しかし常人を越えるスピードで猫頭の鳥鵺に近づき一撃を振り下ろす。対する鵺は傷付いた翼でこれを打とうとし——瞬間、一瞬だけ現れた守りの壁が翼を邪魔をした。逆に何も遮るもの無きメイスの一振りが鵺の頭に会心の一撃を与える。


「ギャッ!?」

「……っ!」


メイスの一撃を受けた勢いそのままに、鵺は体を回して尾の一撃をアンジェに与えようとする。だが、避けるべきは避けるべきだとアンジェは半ば飛び込むようにしてこれを避けた。大きく体勢を崩すスキに鵺は飛び掛かり、再び現れた水晶壁に弾かれる。虎穴にはいらずんば虎子を得ず……飛び込んだ甲斐もあってかアンジェは鵺の至近距離に得た猶予で魔術を詠唱する。


「"——私は祈る。霜付く六花よ咲き誇れ"【氷青華】!!」


掌から放たれた青い円盤が鳥の胴に突き刺さり大きく氷の華を咲かせる。ダメージに激昂した鵺が大きく鳴くと風が鵺を包みだす。アンジェは大きくバックステップで飛び退こうとして……軽い勢いなのに自身の予想を上回る距離を跳んだことに驚いた。着地もまるで柔らかい何かに受け止められたようにしっくりくる具合だ……まず間違いなく誰かの手が入っている。それが誰の仕業か確かめるよりも早く、風を纏った鵺が突撃してくる。もしも本来のバックステップだったら何もできずに突進されて終わっていただろう。だが今は距離がある。


「"――都度願う。揺るがぬ大地よ隆起せよ"【黄山石】!」

                    ——カウント1


術の発動ポイントは鵺の進行ルート上。突進を邪魔するように大きく大地が隆起した。鵺はそれを避けるかのように高く、高く跳躍してこれを飛び越えて——


「……あたしはあなたを殺したいし、あなたもあたしを殺したい。ならルートは1つだけよね。"——1度の願いを今ここに!私は祈る。天鎚よ艱難辛苦を打ち砕け!!"【暁神成り】!!」


弧を描いて空へ駆け上がる雷は、今度こそ鵺の体を刺し貫いた。

空中で大きく身を震わせた鵺は、傷ついた翼でなお空を掻こうとして――そのまま地へ墜ちた。

地へ墜ちた巨体は、それでも立ち上がろうと爪を土へ食い込ませる。けれど力は入らない。傷付いた翼が二度、三度と空を掻き、やがて動きを止めた。


「……勝った」


口にして初めて、アンジェは自分が生き残ったのだと理解した。握り締めていたメイスが急に重くなり、膝から力が抜けそうになる。その場に残されたのは黒く大きな鵺の魔石と、足の爪のみ。それがこの戦いの果てに得られたものだった。

のろのろと動くアンジェがそれらを拾い上げ、背負ったインベントリに格納していく。そしてそれが終わると、うら若き少女は破れた服のことも気にせず大の字になって倒れ込んだ。


「疲れた……つ〜か〜れ〜た〜!」

「はいお疲れさん。よう頑張ったなー」

「もがっ」


大の字になったまま手足をジタバタさせてると、不意に枯草色のローブを投げてかけられた。


「ずいぶんと刺激的な服装だが……もしかして趣味か?」

「いや違うから。それは男のほうに破かれたのよ……2人は無事?」

「とりま傷は塞いだ。いつ起きるのかまでは知らん……ハンターって無駄にスタミナはあるしな」

「そっか……ありがと。支援とか、癒やしてくれたりとか」

「そーかね。にしても男に服破られたねぇ。……傷ほじくり返すみたいで悪いがちょっと話聞かせてもらっても?一応立ち入り禁止の森にいる理由とかその服を破られた流れとかさ」


上半身を起こし、渡されたローブで体を包むと、そう尋ねられたことがちょっと面白かった。

そういえばこれ性的被害になるんだった。命の奪い合いですっかり自分が何をされたのか考える余裕もなかった。


「なんていうかな……。元々ソロでパリストン草原で狩りやってたのよ。で、エミリー……その神官に誘われて森に来てさ。キノコとか狩ってる最中にボウザンと出会って、その女に頭に一撃貰っちゃってさ。なんか2人はグルだったみたいでその時破られた感じ」


ザッと何があったのかを説明する。そのアンジェのセリフを聞いたリアは端正な顔をしかめると、


「んー、一方の事情だけ聞くのもアレなんだが状況証拠的にもそうっぽいんだよな。なるほどなありがとう。多分ハンターギルドでも同じ話することになるだろーけど、悪いようにはしないよ多分。他にはなんかあるか?そのピアスとか、ピアスにしちゃなんか違和感あるけど」

「あ、これか……なんかつけてたら魔術の行使を邪魔するやつみたい」

「そうか……調べてーから左右とも預かっていいか?」

「?別にいいけど」


とりあえずピアスを外して手渡すことした。手に取ってみると飾り気のない、どうってことないシンプルなピアスにしか見えない。こんなもので家畜の管理が出来るなんて世の中不思議だな……そんな事を考えながらリアに渡すと、心地よい風が耳を撫でて痛みをどこかへ連れ去っていくのを感じた。


「ボウザンとエミリーって……どうなるの?」

「ボウザンの方は硝子等級だったな?多分石に降格して、ティルフィタリアから離れた所で暫く強制労働、エミリーの方はティルフィタリア追放程度かな。別にオレが裁くわけじゃないから多分だけど。一応コイツらの言い分も聞かないとダメだしな」


そう言ってリアは、何処から取り出したのかロープを持ってボウザンに近づき…


「…………近づくな!!」


いつの間にか意識を取り戻していたのだろう。倒れてもなお握りしめていた剣を振り回したボウザンがリアに襲い掛かる。それはアンジェにとって完全な不意打ちだった。鵺に腹を食い破られ、更にはその状態で喘ぐことすら出来ないほどに時間が経ち、そしてそれを癒した存在に、斬りつける奴がいるなんてアンジェには予想すら出来なかった。リアが咄嗟に上げたのだろう左腕ごとその頭蓋を叩き割らんと、剣が唸りを上げて振り下ろされ、瞬間、黒く荒々しい鱗に覆われた左腕に阻まれ金属音と共に剣が粉々に破損した。


「なっ!?」

「黒確定かぁ……残念だよ。【内助の功】」


掲げた腕とは逆の腕で、少女は白魚のようにたおやかな繊手をボウザンの胸に当てて呟く。その瞬間、全身から力を抜き取られたように、ボウザンは膝から倒れ落ちた。白目を剥いて倒れ伏しているボウザンの頭を足で小突き、いつの間にやら白く戻った左手で頭を掻きながらリアが愚痴る。揺れる左手首に巻き付けられたネックレス。その黒い宝石が陽光を照り返し光っていた。


「……ッチ。メンドー増やしやがってこの野郎」

「一体、何が……?」

「ん?何か気になることでもあるのか?馬鹿が馬鹿やらかして何しようとしたことか?この馬鹿一発で伸したことか?」

「あ、うん。そうだけど……」


でもそれだけじゃなくて。その左腕が黒くなったこととか。一瞬の事で見間違いかもしれないけれど、その烏の羽根が濡れたような黒髪が一房だけ、積もった雪のような淡い白か銀色の髪になったような気がした事とか……。言葉を続けようとして止まったアンジェを気にせずリアが語り出した。


「基本的に魔獣領域は法の支配が完全に届いてるわけじゃねぇからねぇ……ワンチャン掛けて逃げ切るつもりだったんだろ」

「うへぇ……なんかキモ……」

「その感性を大事にしろよー。なるつもりなんだろ?聖女。

教会から出て改めて目指すって結構イバラの道な気がするが」

「まーね。教会内っていう正攻法ルート使えないから仕方ないよ」


でも、不可能ではない。

教会は時として、外部で名を挙げた有力者を聖女として認定し、自らの懐へ取り込もうとする。ハンターとして功績を重ね、無視できないほどの存在になれば、閉ざされたはずの道を外側からこじ開けることもできる。


「まぁ、不可能ってわけじゃねぇだろうけどな」


アンジェの考えを読んだかのように、リアが肩をすくめた。


「教会についてはオレはよくは知らんが、外で名を挙げた奴を後から聖女に据えることがあっからな……つーてもありゃハンターとして見ても相当な実績いるぞ」

「現役の聖女だとメリムさんが拾い上げコースだったかしら。等級はたしか……」

「銀等級、だな。お前なれんのか?実質的トップだぞハンターの」


銀等級。

災獣を単独で討伐という、ハンターとしての実質的頂点へ達した者にのみ与えられる等級。木等級になってまだ一週間しか経ってないアンジェにとって、それは事実上遥か雲の上にある称号だ。

それでも、不思議と無理だとは思わなかった。


「その通りよ。あたしは銀等級になる」

「お前なぁ……」


——それってつまり、オレを越えるって事だぞ


その一言で場の空気が重くなった。


「は、あ」

「運が良いねぇ目指す目標が目の前にある。しかもオレは銀等級が誇る不動の最下位サマだからな。

具体的なハードルが明確になっちゃったな」


充満した魔力が、研ぎ澄まされた気迫がアンジェを一飲みにする。呼吸を、息を吸って吐くことがとても恐ろしい。

指一本動かすことにすら平伏して許可を求めたくなる。

けれど——


「……その様子じゃ聖女になるなんて無理」


ばっと振り返ると、森の奥からノンナが歩いてくるところだった。この気迫の中で、まるで竜の巣穴に入り込んでしまったような空気の中で、目立った傷ひとつない彼女はそれが当然であるかのように涼しい顔をしている。

そんなノンナはアンジェに対して何も気遣う様子もなく通り過ぎると、そのままリアの隣に歩を進めた。


「お帰りノンナ。これで今日の間引きノルマは達成かね。あー疲れた」

「……疲れたって、リアが倒したのは今日も少ない。だから実績が伸びてない」

「いーんだよオレは色々例外だからさ」


あの鵺をたった1人で倒す。それが出来て当たり前の世界に彼女達は居る。その現実がアンジェを打ちのめす。

甘かった。

聖女になるために銀等級になるなんて。

道を進めばなれるものだと思っていたけれど、実際は果てしなく険しく高い断崖絶壁そのもの。今日は散々いろんな事があったが、これこそが最も恐ろしい試練だ。

この場に居るだけで魂がゴリゴリと削られていく錯覚までする。

もしこの空気の下で生活するぐらいなら、教会に戻った方が万倍も楽に過ごせると断言できる。

それでも、


「……なる」

「ん?なんだって?」


怪訝そうに——何処か楽しげに人の姿をした何かが問いを投げてくる。竜が鼠に気が付いたかのように。その鼠が何をしてくるのかを楽しみにするように。


「なってやる…!って言ったのよ銀等級に!!あんたを越えて!!」


だってそれが夢に見た聖女だから。

昔見た物語で、人を救い導く聖女だから。


「だってそれがあたしの夢だから!!あたしは!!聖女になる!!!」


それを聞いた人の形をした何かは、途端に気配を霧散させて少女に戻ったリアは、楽しげな顔で隣に言葉を投げた。


「——だってよ。どうしよっかノンナ」

「……また新人で遊んでる。それにどうもこうもない。どうせどうするかは決めてるくせに」


サファリハットの下から赤銅色の瞳がアンジェを射抜く。しかし今度は怯まない。もう宣言したのだから退路はない。


「……正直、私はアンジェが銀等級になれるとは到底思わない。何もかもが足りてない。実力も、覚悟も、見識も」


ゆっくりと、しゃべりながら小柄な少女が近づいてくる。

先ほどの化け物の気迫に比べたらマシだが、それでも実際の背丈以上に大きく見える少女が、その言葉に重みを乗せてくる。


「……単に仲間になるだけなら一緒にやっていけるとは思った。でも聖女になると言うなら話は別。

ハンターの実情を知らずに銀等級になると言ったあなたを信じられない。教会の中に居たのに、聖女になるということの現実を知らないあなたを信じられない。そんなあなたを信じていいの?」


一本踏み出せば互いの体が重なってしまう直前、その一歩手前で歩みは止まり、瞳と瞳がぶつかり合う。


「あたしは何も知らない。だけどこれから知ることは出来る——絶対に損はさせない」

「……そう」


小さな影が、最後の一歩を踏み出した。

アンジェはノンナに強く、優しく抱きしめられた。


「……とりあえず、今はそれでいい。まだ認めたわけじゃないけれど。でも、今日一日はお疲れ様」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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