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在野の聖女は何処なりや? 我、聖女にならんと欲す  作者: 白麦茶
1章 彼女は決意した

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11話 彼女の決意

ぐるるる、と轟くような獣の唸り声が鬱蒼と茂る森に低く響き渡る。その唸り声の主、猫の頭に鳥の胴、なのに背中には虎縞が走り尻尾は狐のそれという奇抜な姿形をした魔獣——鵺の口からは涎ではなく赤黒い血を滴り落としている。そしてその血が何に由来するのかと言うと、鵺の後方では腹を食い破られた男と女が地の草を赤く染め上げていた。エミリーはまだ大きく呼吸をしているが、ボウザンの方はというともはや虫の息というところか。ハンターになって数日、しかも森の中に入ったのは今日が初めてというアンジェの身からすると、もはや二人を打ち破った鵺を倒して救出なんて不可能でしかない。


「…………」


じくじくと、アンジェの耳につけたファーストピアスだと思っていたものが熱を帯びている。そういえばこのピアスは激痛を散々引き起こしてくれていたが今はその頭痛もない。

これを付けてくれやがった女はあのざま。乙女の柔肌に触れた風で、自分がどんな姿にされたのかを思い出す。服を破ってくれたのはたしかあの男だったか。


(……見捨てようかなこのクソども……助ける義理もないし)


なんとかできるチャンスはあったはずだと思うけど、それを不意にしたのはコイツらだし、そもそも今日出会ったばかりで逆恨みで襲ってきた連中だ。本当に助ける義理は何処にも見つからなかった。           

                                ——けれど

戦闘に入る前たしかボウザンは言っていた。鵺は番でいるため餌が多くいると。しかし現状既にエミリーとボウザンという獲物を仕留めた状態から更にアンジェという獲物を狩るリスクは取らないだろう。先程のエミリーのように背中を見せて逃げ出さない限り、ゆっくりと後退りすることでアンジェは逃げ切れるだろう。

                               ——それでも

大きく息を吸って、そのまま肺が空になるまで息を吐く。

やるべき事、それをやる理由。全てアンジェの手の中に揃っている。アンジェはそれを——頭を振って振り払った。


「——ここでこいつらを見捨てたあたしを、明日のあたしは許してくれるかしら」


なるほど確かに見捨ててしまえば楽に逃げおおせるだろう。

そして次に同じような場面に出くわしても逃げる判断ができるようになるだろう……。でもそれはアンジェの目指した聖女の在り方ではないはずだ。それが何なのかは具体的にはまだ分からない。ただ少なくとも、ここで馬鹿を切り捨てないことは、少なくとも間違いなわけがない筈だ。

改めて魔力を全身に、服にメイスに通していく。今日は何度も戦ったがまだまだ普段の『評価値』を叩き出すぐらいは出来るはずだ。掌を前へと突き出し己に向かって叫ぶ。


「ハッ──裏切りの2つや3つが何よ!そんなの飲み込んで、後から心地好くぶっ飛ばすだけ。

だってあたしは──聖女になるんだから!!」

「……!?」


こちらのやる気を感じ取ったのか、鵺がゆっくりと回り込むように獲物から離れこちらを見据える。

あいつは生きるためにあたしを殺すだろう。

あたしは生きるためにあいつを殺すだろう。

どちらかの魂は霧散し魔力となって大地を巡る……その死は終わりではなく、世界へ還ることを意味する。その[円在教]の教義を強く実感できた。その実感が、恐怖の中で不思議とアンジェの足場になった。


だから、


「"――私は祈る。霜付く六花よ咲き誇れ"【氷青華】!!」


掌に生じた青い円盤を投げつける。だが鵺もさる者、投げつけた頃には大きくこちらへ向かって跳躍してきた。

跳躍の多用はボウザンと鵺の殺し合いで何度も見た。だから対処も思いつく。アンジェは大きくバックステップをしながら次の手を打つ。


「"――都度願う。揺るがぬ大地よ隆起せよ"【黄山石】!」

                    ——カウント1

アンジェが先ほどまで立っていたポイントの土が大きく隆起し即席の壁として鵺を迎え撃つ。だが鵺も名の知れた魔獣、跳躍の勢いのままこれに突進して粉砕した。土砂が崩れて砂ぼこりが立つ。視界が砂ぼこりで覆われた隙を突いてアンジェは「評価値」で強化したメイスを振り下ろす。


「ギャッ!?」

「このぉ!?」


一撃は頭に入ったが、続く振り上げは翼に妨害される。それどころか狐尾の一撃が来たのでメイスで迎撃する。

攻撃攻撃、迎撃迎撃、攻撃迎撃攻撃迎撃迎撃。

本来ならここまで鵺の攻撃をいなして反撃なんて出来るわけもない。しかしアンジェには時間があった。鵺が接近戦をする際どう動くのかを見続ける時間が。その時間がアンジェを生きながらせていた。鵺には時間がなかった。ボウザンという予想以上に粘った男には散々体を動かさせられた。それを倒そうにも丁度いいタイミングにはエミリーという女が壁を張って邪魔をしてくる。その直前の戦闘はひどく鵺を苛立たせ、普段ならありえない消耗を強いていた。


「コォォォオオオオオ、コケッ!」


じれた鵺の鳴き声が変わる。この鳴き声になったとき何が起こったのか。咄嗟に身を翻して距離をとると鵺の周りに風が大きく渦巻いていた。ということは次の行動もおそらく予想がつく。アンジェは急ぎ術式を紡ぎ上げるとすかさずそれを解き放つ。


「コォォォ、ケェェェェッ!!」

「"——三度奏上する。風よ集いて迸れ!"【澄清槍】!!」

                    ——カウント2


鵺から放たれた風の玉を青く澄んだ風の槍が突き崩す。

小娘に自身の技を凌がれたことに驚いたのか一瞬鵺の動きが止まった。——そしてこの時をアンジェは待ち望んでいた。


「カウントは2つ……これならあんたに届く!」


数合合わせただけなのにもう既にボロボロのメイスを両手で強く握り直す。溜まった2つの術式の残滓が、鉄塊へと吸い込まれ、バチバチと青白い火花を散らした。


「"——二度の願いを今ここに!私は祈る。天鎚よ艱難辛苦を打ち砕け!!"【暁神成り】!!!」


瞬間、音が消えた。

メイスの先から迸った雷霆が天へと駆け上がり、空で大きく弧を描く。 そして次の瞬間、慄く獣の頭上へと叩き付けられた。


■□■□


轟音と共にもうもうと土煙が立ち込める。連鎖詠唱の代償として魔力を大きく消耗したアンジェは膝をつきながらも土煙の向こうを睨みつけた。

もし魔獣を倒せてたら、その体は魔力の塵となって世界に溶け消えていく。ならば煙の奥に姿は残ってないハズだ。よしんば殺せてなくてもあの威力、体内の魔石を破壊したことによる残骸が残っていてもおかしくはない。おかしくないんだから、嗚呼神様——あの薄れいく煙の向こうの影は鵺の骸であってください。


「ぅ゙ぅ゙グルぅ…ルガァロォ゙!!」


紫電が走って土煙が四方に散っていく。そこには大きく傷ついて地に腹をつけた鵺と——そこにいるはずもない新たな魔獣の姿があった。体格は一回り鵺より大きい。その顔は猿。胴は狸。その太い四肢は虎の縞が走り、尾の先では蛇の頭が舌をちろりと出していた。時折電撃を纏わせた無傷の体を見てふと、ボウザンの言葉を思い出す。たしか鵺は番の獣だと……つまり、あれは、追い詰めた鵺にとっての——。


「……クソったれ。そりゃないでしょ今のタイミングでそれは」


あの紫電を見ればどうなったのかは予測はつく。恐らくアレで渾身の魔術、連鎖詠唱を相殺された。それでも猫頭の鵺を打ち据えられた辺りは面目躍如と言うべきだろうが、猫頭鵺のパートナーからすれば酷く腹立つ事だろう。膝をついているのに尚全身の力が抜けてへたり込みたくなる。もう無理だ。いくらなんでもあんまりだ。己を奮い立たせた結果がこれだと全てを投げ捨てたくなる。アンジェは半ば半笑いになりながら——それでも立ち上がった。

もはや意地だ。あたしは最期まであたしであったんだという意地。それだけが残って僅かばかりの力を体に宿す。

ヒョーヒョーと、気味の悪い声がアンジェの耳に届く。

そしてその虎の爪に紫電を溜めた猿頭鵺が大きく跳躍してアンジェへと迫り


「"——壁よ在れ"【水晶壁】」


瞬間、突如として出現した透明な壁が、鵺の一撃を跳ね除けた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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