第3話「勇気のお呪い」
(――ど、どうしよう!? どうしよう!?)
あの後、アダム議長と共に、式典が行われる会場へと到着した美月だったが、壇上の上でピンチを迎えていた。
本番の直前まで、頭の中で話す内容を何度も暗唱していたにも関わらず、自分を見つめる大勢の人たちの視線を見た途端、頭が真っ白になってしまった。
「っ……!?」
口を開こうにも、体が固まった様に動かず、その場に沈黙が流れる。
自分の心臓の音だけが煩いくらいに聞こえて来る。
(お母様……! お兄様……! 助けて……!)
「頑張れ〜、お姉ちゃん!」
「あっ……」
そんなパニックに陥った美月を救ったのは小さな女の子の声だった。
どうやらその声の主は入り口で見かけたあの子らしく、母親が直ぐに注意し、周りに「すみません」と謝っていた。
でも、その小さな応援がほんの少しの勇気をくれた。
(ありがとう……。 良しっ……!)
――心を落ち着かせた美月が、改めて口を開こうとした……その時だった。
会場の後方から何か大きな音が聞こえると、その方向から三機のスーパーメカニカルウィッチが飛来して来る。
全身黒を基調としながら、それぞれ緑、青、赤の装飾を纏った三機は、客席の後方へと着地した。
(あ、あれはっ……!?)
その機体を見て、美月は動揺する。
見間違う筈がない。例え十年前とは別の機体であっても、あの無機質な瞳を持つ機体のことを。
「な、何だ……あれは? 式典の演出……なのか?」
「テレビでも……あんな機体、見たことない……」
「何か……ヤバくない? 大丈夫なの?」
「ママ……怖いよ……」
客席にいた人たちも、普通の機体でないことを感じ取ったのか、ザワザワと話し始める。
そんな中、真ん中の隊長機らしき緑の機体が、装備していた大型の銃を構えた。
次の瞬間、その引き金が引かれ、魔力によってできたビームの銃弾が発射される。
ビームは眩しい光と共に、会場から少し離れた場所にある式典の為に建てられた記念碑へと向かい、跡形もなく破壊した。
「キャー!?」
「て、テロだ!? 逃げろ!」
「警察は何をやってるんだ!? 早くワールドユニオンを呼べ!!」
「――ッ!? あの子はどこ……!?」
巻き起こった爆発音により、会場中がパニックになる。
そんなの当たり前だ。これは競技のバトルじゃない、本物の戦いだ。
三機は明らかに美月へと視線を向けると、混乱の中逃げ惑う人々を見下ろしながら、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
「美月様、早くこちらへ!」
「分かりまし……」
「ママ……」
「あの子は……!?」
護衛の人たちに促され、避難しようとした美月だったが、その視界の端に、女の子の姿が映った。
その子は緊張で固まった自分に勇気をくれたあの子だった。
人波に飲まれて怪我をしたのか、その場に力なく倒れており、母親らしき人も近くにいなかった。
そして、進路上にその子がいることに気づいていないのか、三機は躊躇うことなく歩みを進めて来る。
(このままじゃあの子がっ……!)
「ダメッ!!」
「み、美月様!?」
まるで体が勝手に動いたかの様に、気づけば護衛の人たちの声を無視して、壇上から飛び降りていた。
いきなり飛び出した美月に慌てたのか、突如挙動を変えた赤い機体の体が、会場に飾り付けられた装飾に繋がっていたコードに引っかかり、瞬く間に引き千切る。
ショートしたことで火花が上り、その火が燃え移る。まるで十年前のあの日と同じ様に、会場が炎に包まれた。
美月は燃え広がる会場の中を突っ切り、女の子の元へと辿り着く。
「うぅ……ママ……」
「もう大丈夫ですわ! 気をしっかり持って!」
女の子は頭から血を流して、そのピンクの瞳もどこか虚になっていた。
酷い怪我だ。早く手当てを。そう考えた美月が女の子を抱き抱え、顔を上げると、もう直ぐ目の前まで三機が迫って来ていた。
その中でも一番近くにいた青い機体の魔の手が伸ばされる。
(――ッ!? せめてこの子だけでもっ……!)
――女の子を守る様に自分の身を盾にした美月に、その魔の手が触れようとした……その時だった。
「――もう大丈夫です。 僕が必ず貴方を守ります」
目をギュッと瞑っていた美月の耳に、少年の声が聞こえて来る。
そのどこか懐かしい声がした方向に目を向けると、そこには魔法を使って青い機体の魔の手を弾いている少年がいた。
「お怪我はありませんか?」
防御魔法を発動させながら、少年がこちらへと振り返る。その顔はどこかで見た様な気がした。
明るい紫の髪に、宝石の様に綺麗な真紅の瞳をした少年。
その正体は、ここに来る途中に見かけたあの不思議な少年だった。
それだけではない。こうして間近で見たことで、美月の魔力が見える目は、少年が人間でないことに気づく。
しかし、メカニカルウィッチでもない。リンたちの様に機械の体じゃないのだ。
魔力で作られているがほぼ人間そのものの体。
でも、人工精霊に人間に変身する力なんてない筈……。
「貴方は……一体……?」
「安心して下さい、お嬢様。 僕は貴方のお父様である明日斗博士が用意した特別なメカニカルウィッチ、名は『サターン』。 貴方を守ることこそが、僕に与えられた役目」
サターンと名乗った少年は、改めてこちらを取り囲んでいる三機に目を向け、自らの機体を呼び出した。
彼の肩の上に、彼自身とは別の本来の手のひらサイズの大きさのメカニカルウィッチが現れる。
その黒い機体は、感情が見えない程静かだったが、美月の目にはその中に渦巻くドス黒い何かがちらりと見えた。
しかし、それはほんの一瞬のことだった。サターンは呼び出した黒い機体と一つになる為の『変身魔法』を唱える。
「――マジカルチェンジ!」
スーパーメカニカルウィッチを起動させる為の魔法が発動し、足元に巨大な魔法陣が出現する。
それにより黒い機体が巨大化する為にその体を再構築する中で、まるでサターンと共鳴する様に彼を取り込んでいく。
そして、美月も女の子と一緒に巨大な光の中に飲み込まれた。
*****
「うぅ、ここは……?」
美月が目を開けると、視界に映る景色がガラリと変わっていた。
この高濃度の魔力で満ちた不思議な空間は間違いない。この場所はメカニカルウィッチの心臓部であり、コックピットの役割を担う『魔石』の内部空間だ。
その証拠に、目の前に機体の視界を移したモニターが、手元にコントロールパネルが、そして背後にコックピットシートが魔力によって生成される。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「その姿は……!?」
コックピットが完成するのと同時に、本来の手のひらサイズの大きさになったサターンのホログラムが現れる。
その姿は先程までの人間の姿とは違っていた。
あの黒い機体と同じく、黒を基調とし、紫の装飾が施された騎士の様な外装を纏い、全体的に力強くマッシブな装甲をしていた。
さらに側頭部に生えた悪魔の様な二本の角に、目元を隠している仮面。
そして、背部の悪魔の翼の様な二対の大型ブースターと腰の尻尾も相まって、その姿はどこか悪魔の王である魔王の様にも見える。
「この機体の名は『アークサターン』。 明日斗博士が貴方を守る為に実戦仕様として設計開発した世界で一つだけのオリジナルの機体です」
「お父様が……」
「お嬢様、敵が来ます」
「――ッ!?」
美月がサターンからの説明を飲み込む暇などなく、モニターに映る敵の機体がこちらへと銃を向けていた。
三機がアークサターンへと一斉にビームの銃弾を発射する。
「――ッ!?」
その光景を見た美月は、気を失っている女の子を守る様に身を屈めた。
しかし、予想していた衝撃はいつまでも襲って来ない。
恐る恐る目を開けると、アークサターンの左手に装備した巨大な盾が敵の攻撃を全て防いでいた。
そして、そのまま右手に装備した剣を地面に叩きつけ、土煙を起こすと、全身のスラスターに火をつけ、その場を一気に離脱した。
「大丈夫です。 貴方にはワールドユニオンの奴らの指一本だって触れさせません」
「ワールドユニオン? どういうことですか!?」
ワールドユニオンの名を聞いて、美月の頭は混乱した。
世界の平和を守る組織が自分を狙っている?何故?
「……無関係のその子がいるので、全てをご説明することはできませんが……。 以前より明日斗博士は、メカニカルウィッチを己の目的の為に利用しようとする敵と戦う準備を進めていました」
「敵……ですか?」
「はい、そうです。 その中でもワールドユニオンの恐ろしい計画を把握していた明日斗博士は、長年密かに内部の最高機密データを調べていたのですが……。 それに気づかれてしまい……つい先日、襲撃を受けたのです」
父が襲撃を受けたと聞き、血の気が引く。
「襲撃!? お父様は無事なのですか!?」
「ご安心下さい、明日斗博士はその襲撃を逆に利用することで、行方をくらませました。 今は誰からも干渉できない場所にいる筈です」
「それなら良かったです……」
父が無事だと聞いて一先ず安心したものの、頭はまだ混乱したままだった。
メカニカルウィッチを悪用しようとする敵?父はそんな敵と戦う準備を進めていた?そんなの初耳だ?
アダム議長のあの聞き方はまさか……?分からないことだらけだ。
「その恐ろしい計画って何ですか?」
「……簡単に言えば、奴らは軍用のメカニカルウィッチを利用した無人機による国家間の代理戦争ゲームを行う、次世代の戦争システムを構築しようとしていると言うことです」
「無人機?」
「はい、奴らが言うには人工精霊は人の真似をしているだけで、人間ではないそうですから……。 この計画も恒久和平のための人間が死なない無人による新しい戦争の形だそうで……」
サターンは計画に対しての嫌悪感が隠しきれておらず、最後の方は吐き捨てる様に説明していた。
一方で美月も、人類の隣人である筈の人工精霊に対するあまりに非道な考え方に、もはや恐怖を通り越して怒りを覚える。
「そんなの酷過ぎます……! 人工精霊は……メカニカルウィッチは戦争の道具なんかじゃありません……!」
「その通りです。 ですが奴らは表向きでは人工精霊を人として認めていますが、その裏では結局、便利な道具としてしか認識していないのです……。 そして、この計画こそが、十年前の事件を引き起こしたのです」
サターンの口にした十年前の事件と言うワードを聞いて、美月の思考が止まる。事故ではなく事件?
まるで冷たい水を被せられたかの様に、体が冷たくなり、言葉が震えだす。
「ど、どう言うことですか……?」
「……十年前の事故は、表向きには研究所の爆発事故とされましたが、その事実は貴方も知っての通り、まだ開発されたばかりで実験途中だったスーパーメカニカルウィッチの暴走が原因でした……。 しかし、それは計画に反対していた明日斗博士からあるモノを手に入れる為に、家族である貴方たちを襲わせた、仕組まれた意図的な暴走でした……」
「う……あ……」
突如明かされた十年前の真相に、美月は頭を殴られた様な衝撃を受けた。
女の子を抱き抱えたまま俯き、動かなくなる。その紫水晶の瞳からは涙が流れていた。
もう何も聞きたくなかった。知りたくなかった。
あの事故……事件は意図的なものだった?じゃあ母と兄は殺されたのだろうか?恒久和平を唱える筈のワールドユニオンに?
「……すみません、本当なら貴方を悲しませるこの事実は伝えるべきではなかったのかもしれません……」
「……」
「……着きました、お嬢様。 ここまで来れば一先ずは安全な筈です……。 後は僕が一人で何とかしますから、その子と一緒に逃げて下さい」
*****
研究所と陸地を繋ぐ唯一の橋の近くまで来たサターンは、建物の影になっている場所に機体を止めてその場で膝を突くと、美月たちを降ろす為にコックピットのある魔石の前に機体の手を持って来る。
美月は女の子を抱き抱えたまま、無言でその手の上に乗り、地上へと降り立った。
「マスター、レイのマジカルウォッチの反応はこちらです」
「レイッーー!! いるなら返事をしてくれ!!」
すると美月の耳に少年と少女の声が聞こえて来る。
その声と共に現れたのは、女の子と同じプラチナブロンドの髪を後ろで束ね、金の瞳をした年上の少年だった。
その少年は美月と同じメカニカルウィッチ学園の制服を着ており、その肩の上には、綺麗な長い金髪と、緑の瞳を持つ、西洋人形の様な容姿をしたメカニカルウィッチの女性がいた。
どうやら声からして、彼女がここへと案内したらしい。
そして、気を失っていた女の子がその声を聞いて目を覚ます。
「輝……お兄ちゃん……?」
「レイ! 無事で良かっ……いや、酷い怪我だ!?」
「ママ……は……?」
「っ……! 安心して、レイのママなら大丈夫だ……! すまない、ヴィーナス、姉さんに連絡を頼む!」
「了解です、マスター」
慌てた様子でこちらへと駆け寄って来た少年に、女の子を手渡す。
「この子の……お兄さんですか……?」
「ああ、そんなところだ。 ありがとう、レイを助けてくれ……き……み……は……」
女の子を受け取った少年は美月の顔を見て固まってしまう。
もしかしたらまだ泣いているせいだろうか?それとも明日斗博士の娘だと気づいたからだろうか?
どっちでも良い。この子を安心して任せられるなら、自分もやるべきことに専念できる。
固まったまま動かない少年を他所に、美月はこの場を去ろうとしているサターンの機体の元へと歩き出した。
「……待って下さい、私も戦います」
「なっ!? そんなの駄目だ!!」
「そうだよ、危険過ぎる!」
美月の自分も戦うと言う宣言を聞いて、明らかに動揺したサターンと少年が止めに入る。
それでも止まる訳にはいかない。このまま逃げる訳にはいかないから。
「私のこの目はきっと戦いの役に立ちます。 絶対に足は引っ張りません。 だから……」
「そう言う問題じゃありません! さっきだってその子を助ける為とは言え、あんな無茶をして……。 お嬢様は、戦うことが……死ぬことが怖くはないのですか……?」
サターンの指摘通り、敵の機体の前に身を晒してまで女の子を守ろうとした美月の行動は、無茶としか言えない危険な物だった。
普段の自分からは絶対に想像ができないあの行動を起こした理由、それは……。
「あの子は……似ていたんです、十年前の……あの日の私に……。 私はあの子に……ううん、あの子だけじゃない……。 誰にももう、私と同じ悲しい思いをして欲しくなかったんです。 それに……」
美月は家で帰りを待ってくれているリンや爺やたちの姿を思い浮かべる。
それだけじゃない。ここに来る途中に目にした人工精霊たちや、ショッピングモールにいた少年少女や、今ここにいる少年のメカニカルウィッチたち。
そして、今はもう会えないムーンたちと言った、今まで見て来た全ての人工精霊とメカニカルウィッチの姿を改めて思い浮かべた。
「――もう二度と、人工精霊を……メカニカルウィッチを利用して誰かを傷つけさせたりなんかさせません!! メカニカルウィッチを悪いことに使おうとする人たちがいるなら、私はその人たちを止める為に戦います!!」
美月はまだ涙を流していたが、その紫水晶の瞳には決して折れない固い意志が籠っていた。
「それが……貴方の戦う理由なのですね……。 結局、明日斗博士の予想した通りになってしまったか……」
その決意を聞いたサターンは、折れた様子で深くため息をつくと、機体の手を差し出した。
美月はそれに乗り、再びアークサターンのコックピットへと向かう途中、女の子と少年がいる方を振り返った。
「その子をお願いします」
「ま、待つんだ! 待ってくれ! 美月ちゃ……!」
*****
再びアークサターンのコックピットがある魔石の中へと戻って来た美月の目の前に、機体と同じ黒を基調とし、紫の装飾が入ったマジカルウォッチが現れる。
「これは……?」
「それは明日斗博士が貴方が戦う意思を示した時に渡す様に言われていた物です。 この機体の特別な魔石とリンクしている専用の物で、お嬢様の目に配慮して魔法に関する補助機能は搭載していません」
「お父様……!」
説明を聞いた美月は、それを手に取った。そして、気づく、自分の手が震えていることに。
(っ……!)
覚悟は決めた筈なのに、いざ戦いを前にすると、サターンが言っていた死と言うワードが頭を散らつく。最後に見た母と兄の最後の姿が脳裏を過ぎる。
でも、だからこそ母と兄が亡くなったこの場所でまた誰かが死なない様に、同じ悲劇を繰り返させない為にも戦うのだ。
(――お母様、お願いします! 私にほんの少しの勇気を貸して下さい!)
――美月の祈りと共に、封じ込められていた在りし日の記憶が甦る。
『――美月はわたくしと陽太が側にいないと途端に怖がりになりますわね?』
『うぅ……だって……』
『あ、そうだ……! 良いことを思いつきましたわ!』
『お母様?』
『美月、わたくしの口調を真似してみて? 美月は根っこの部分はわたくしと似ているし、これならわたくしがいつでも側にいる気がしませんこと? これはきっと……美月にとっての勇気のお呪いになる気がしますわ』
『勇気のお呪い?』
『そうですわ。 美月、先ずはわたくしの口調を真似てみて。 いきますわよ……』
「――頑張れ、私! 頑張りなさい、わたくし!」
在りし日の母から教わった勇気のお呪いを唱えると、母の形見であるペンダントが光輝いた様な気がした。
でも不思議と体の奥から力が溢れて、勇気が湧いて来る。手の震えはもう、止まっていた。
(――どうして忘れていたんだろう……? ううん、違う……ずっとずっと逃げていたんだ……お母様との思い出から……)
だって母を失ったことを認めたくなかったから。もう二度と会えないと言う事実から目を逸らしたかったから。
ずっとずっと『お嬢様人格』の自分が嫌いだった。
まるで偽物の自分みたいで、本当の自分を覆い隠しているみたいで。
でも違った。これもきっと本当の自分だったんだ。
母が教えてくれた勇気のお呪いが、一人になった自分をずっと守ってくれていた。
(――ありがとう、お母様……。 ずっと私を守ってくれて……)
美月は左手にマジカルウォッチが装着する。
生体認証を確認し、完全に起動すると、美月とサターンと五感と思考がリンクしていく。
それだけではない。コックピットの外側、アークサターンの機体の方でも変化が起きていた。
目元を隠していた仮面が上へとスライドし、側頭部の二本の角と合わさって、まるで王冠の様な形を形成する。
そして、露わになった瞳の方も、サターンの真紅の瞳の色に、美月の紫水晶の瞳の色が混ざり合い、二つの色を合わせた美しい色に変化していた。
――今ここに、本当の意味でこの機体が……機械仕掛けの魔女が目覚めた。




