第2話「不思議な少年」
「――美月様、こちらお水です。 ご気分の方はいかがですか?」
「ありがとうございますわ。 少し車の外で休めば大丈夫ですわ」
「分かりました。 我々はこのまま車の周囲で見張りをしているので、体調がお戻りになられたら、お声をおかけ下さい」
「分かりましたわ」
護衛の車でメカニカルウィッチ研究所へと向かった美月だったが、途中で車酔いを起こしたせいで、近くにあった大きなショッピングモールの駐車場で休憩していた。
やはり寝不足気味なのに加え、朝食にいつもより重めなカツサンドを食べ、眠気覚しにコーヒーをおかわりし、さらに着慣れない制服を着ていたのが不味がったらしい。
さらに魔法によって車が宙に浮き、低空浮遊する形で走るのが当たり前のこの時代、その独特な浮遊感もあり、これだけの悪条件が揃って、車酔いしない方が難しかった。
それでも何とか人前で吐くと言う最悪の事態は回避できたものの、こんな危機的状況でも『お嬢様人格』が崩れない辺り、筋金入りであった。
美月は渡された水を口にし、今のうちに少しでも体調を回復させる為に車のドアに背を預けた。
そして、車酔いの際に即座に外したマジカルウォッチを手に取って、ため息をついた。
(やはり私にはこれは不要ですね……)
マジカルウォッチ自体は便利な代物なのだ。
今の時代における最先端の携帯端末であり、腕時計型なので、手首につけるだけで良い。
その機能も、人体と直接リンクすることで、魔法が使えない人類に、魔力が見える目を始めとした第六感を付与するものだ。
今や世界中のインフラ設備の中心ともなった『魔力』や、そこから生まれた『人工精霊』たちを視認し、その様々な恩恵を受ける為に、日常生活には必要不可欠な代物だった。
また、これに自分の相棒である『メカニカルウィッチ』を登録することで、今最もメジャーなスポーツ競技である『ウィッチバトル』ができる様になる。
もはや必須アイテムと言っても過言ではないのだが、普通の人なら兎も角、美月はとある理由でこれを必要としていなかった。
その理由は美月の視界に映る景色が証明していた。
(――本来なら、人間には魔力が見えない筈……。 でも私には何故か見える……)
マジカルウォッチをつけていないにも関わらず、目に映る景色の中に、人工精霊たちの姿があった。
それだけではない、その機能を持ってしても見てない微細な存在である本来の精霊までもが見えてしまっていた。
人には認識されない筈の精霊たちも、美月が見えてるのが分かっているのか、こちらへと寄って来て、嬉しそうに周囲を飛び回る。
何も生まれた時からこうだった訳ではない。
この魔力が見える目に気づいたのは、十年前の事故の後、病室で目を覚ました時だった。
その時に、父から「このことは決して他言しない様に」と言いつけられ、それをずっと守ってきたのだ。
普段から魔力が常に見え、相棒が不在の為『ウィッチバトル』もしない美月にとって、これの機能は不要どころか、逆に邪魔でしかないのだ。
例えるならば、自分の視力よりも悪いメガネをかけている様な物で、逆に気持ち悪くなるのだ。
仮に魔法関連以外の携帯端末としての機能を見ても、連絡先を交換する友達もいない美月にとっては、やっぱり不要な物でしかなく……。
だからいつも部屋に置き忘れて、リンに指摘されることになるのだ。
それでもこの時代、普通の人はこれがないと日常生活に支障が出る為、周りに合わせる為にも、またつけておかないと、少し憂鬱な気持ちになる。
しかし、そんな暗い気持ちの自分とは反対に、周囲の人たちは、まるでプラネタリウムの様にショッピングモールの上空に映し出されたバトルの映像に熱中していた。
こう言った映像も本来ならこれの機能なしには何も見えない筈なのだが、やはり美月の目には見えてしまっていた。
流れていたのは、今年の一月にあった世界大会の決勝戦の映像だった。
『――さあさあ、いよいよ決着の時が近づいて参りました! 今年の世界大会の決勝戦ですが、チャンピオンバディの座を手に入れるのは果たしてどちらになるのか!? 去年の優勝者である海姫ネオン選手と相棒のネプチューンか!? それともそれに挑む天王寺麗選手と相棒のウラノスか!? 共に現在のワールドランキングのトップ二であり、学生時代からのライバル関係であるこの二人のバトル! 最後まで目が離せません!』
MCの男性の大きな声と共に、映し出された映像の中にある擬似的に作られた宇宙空間で、全長約十二.五mの巨大なロボットである二体のスーパーメカニカルウィッチが激突していた。
一方は海を思わせる暗い青緑を基調とし、暗い紫の装飾を纏い、全体的に暗い色をしている機体『マリンネプチューン』。
お姫様を思わせる細身な上半身と、下半身のボリュームのあるスカート。その両手に槍と杖の複合武器を装備し、周囲に水晶型の端末を従え、まるで魔女の様に魔法を自由自在に操る。
もう一方は純白の白を基調とし、空を思わせるターコイズブルーの明るい緑掛かった青の装飾を纏い、全体的に明るい色をしている機体『スカイウラノス』。
鎧を着込んだ戦士を思わせる、全体的に重装甲でマッシブな体型。機体各部に装備した武器を次々に合体変形させながら、見た目の鈍重さをまるで感じさせない程の圧倒的なスピードで動き回っていた。
それぞれの機体を駆る、海姫ネオンと天王寺麗は、二人共現在世界最強と言われている『二大チャンピオン』であり、来週から通う予定の『メカニカルウィッチ学園』の卒業生でもあった。
『そろそろ決着と行こうぜ、ネオン! 今年は俺たちが勝たせて貰うけどな!』
『……ん。 楽しみにしてる……。 私に勝ってみせて、麗……』
機体から発せられる通信音声から二人の声が聞こえてくる。
もうバトルも終盤なのか、お互いの機体はダメージを受けていたが、その動きは微塵も衰えていなかった。
『決めるよ、ネプチューン……』
『そうだね、ネオンちゃん♪ サクッと捻り潰しちゃうよ♪』
『『マジカルスキル。 海神の支配する空間』』
『こっちも行くぜ、ウラノス!』
『おう、麗! 全部ぶった斬ってやるぜ!』
『『マジカルスキル! ウラノススカイカリバー!』』
両者の機体が必殺技であるマジカルスキルを起動させる。
『マジカルスキル』は魔法と科学が融合した最先端の分野である『魔法科学』によってシステム化された人工魔法の名称であり、人工精霊を介して起動コードを唱えることで使うことができる。
その種類は様々で、今見ているバトル専用のド派手な『攻撃魔法』や、競技の安全性を保証する要である『防御魔法』、そして、社会のインフラに組み込まれている『補助魔法』などがある。
その中でも全ての機体に標準搭載されている『マジカルバリア』と呼ばれる防御魔法こそが、メカニカルウィッチの核とも言える魔法だった。
これは理論上宇宙空間を含めたどんな環境でも活動でき、魔法ではない物理攻撃を中心としたあらゆる攻撃をシャットアウトする最強の守りで、巨大なロボット同士のバトルにおいて、中にいる人間の安全を保証する安全装置の役割を担っていた。
この守りはコアである『魔石』を守る為に、機体の魔力を全部使用してでも最優先に発動する仕様になっており、攻撃魔法によってこれを消耗させ、相手の魔力を空にするのが、バトルの勝利条件であった。
これらの魔法によって成り立つこの競技は、人々をどうしようもなく虜にし、熱中させていた。
マリンネプチューンのマジカルスキルが空間を歪ませ、大量の水が溢れ出てくる。バトルフィールドの宇宙空間がまるで海の底に沈む様に、侵食さへていく。
まさに無限を体現した圧倒的な物量そのものだった。
それを止めるべく、スカイウラノスのマジカルスキルが、機体の大きさを優に超える超巨大な光の剣を召喚した。
究極を体現した最強の一振りを手に、真正面から突っ込んで行く。
無限と究極、両者の最強のマジカルスキルがぶつかり合う。
映像越しで、しかも過去の映像であるにも関わらず、こちらにも伝わって来る気がする程の激しい衝撃と光、そして轟音が巻き起こる。
そして、まるで永遠にも一瞬にも思える時間の後、機体がまとっていたマジカルバリアが砕け散る音と共に、ようやくその光が収まった。
静寂に戻った宇宙空間で機能を停止して浮かんでいるマリンネプチューンと、全身ボロボロでありながら今だに立っているスカイウラノス。その勝者は明らかだった。
『き、決まった〜! あの海姫ネオン選手とネプチューンのマリンネプチューンを破ったのは、天王寺麗選手とウラノスのスカイウラノスだ〜! みなさん、ご注目下さい! 彼らこそが、今年の世界大会の優勝者にして、世界で一番の相棒であるチャンピオンバディです!』
バトルの決着を告げるMCの声と共に、映像の中にいるスカイウラノスが、激闘により真っ二つに折れた剣を天高く掲げ、勝利を宣言した。
『『――俺たちが世界で一番の相棒! チャンピオンバディだ!』』
『麗〜! ウラノス〜!』
『チャンピオン〜!』
『カッコいい〜!』
『最強〜!』
映像の中の、当時あの場にいた観客たちの大観声とその熱までもが伝わって来る。
それだけじゃない、その熱を発していたのは、今この場で映像を見ていた人たちも同じだった。
「――やっぱり凄い、チャンピオンのバトルは! 煌めきカッコいいや! 俺たちもいつか絶対にあんな風に……未来のチャンピオンになるんだ! ね、マーズ!」
「勿論よ、焔君! お姉ちゃんに任せなさい!」
「いいや、未来のチャンピオンになるのはこの僕たちだ……! 君たちだけには絶対に負けない……! そうだろ、マーキュリー!」
「フッ、熱くなるのは良いが、少しは落ち着いたらどうだ、冬馬」
「もお〜、二人共! 未来のチャンピオンになるのはあたしたちなんだからねっ! でしょ、ジュピター!」
「ふ、ふえぇ〜。 が、頑張るよ……小春ちゃん……!」
聞こえて来た声に一気に現実へと引き戻された美月は、ふと周囲を見渡した。
すると大勢の人たちの中でも特に目立つ様に、同い年くらいの三人の少年少女たちがいた。
一人目は、炎の様な真っ赤な髪に、ゴーグルをつけた元気そうな少年。
二人目は、暗い紺色の髪に、メガネをかけたクールそうな少年。
三人目は、明るい黄緑色の髪で、二人よりも小柄ながらも、活発そうな少女だった。
その三人はまるで幼馴染に見えるくらい仲が良さそうで、美月は眩しいものを見る様に目を伏せた。
「いいな……あの子たちはとても仲が良さそうで……。 私も……あの子たちとお友達になれたら良いのに……」
無意識のうちにポツリと呟いた美月は、危機的状況でも崩れなかったお嬢様人格が解けてしまっていた。
少年少女とその相棒たちの会話を聞いていると、どうしても思い出してしまう。十年前の事故で消えた相棒のことを……。
(ムーンを失った私に相棒を作る資格なんてありません……。 だからあんなことが起きたんです……)
美月にとってあの事故の後に父が用意してくれたリンや爺やたちは、一緒に育ってきた相棒と言うよりも、昔から自分を育ててくれた家族と言う思いが強かった。だから、みんなは家族であっても相棒ではない。
一度リンからの提案で、彼女と新しい相棒になろうとしたが結局……。あまり思い出したくはない。
(これ以上あの子たちを見ていても、心が痛くなるだけ……。 それにそろそろ……)
あまりにも眩しい光そのものである少年少女たちから目を背ける為にも、車に戻ろうとしたその時だった。
「え……?」
「……」
今日が日曜日と言うことに加え、チャンピオンのバトルを目当てに大勢の人が集まっていたにも関わらず、美月は確かに遠くにいた少年と目があった。
まるで時が止まった様に、世界から音が消え、自分と少年以外の色が白黒になる。
年は自分と同じか少し上くらいだろうか?明るい紫の髪をして、宝石の様に綺麗な真紅の赤い瞳で、こちらを見つめる不思議な少年だった。
見知らぬ人の筈なのに、初めて会った人の筈なのに、どうしてだろうか?その人を見るとこんなにも泣きたくなるのは……?
「あれ……私……泣いて……」
泣きたくなるだけではなかった。瞳からは実際に涙が溢れていた。
「私……どうして……」
慌てて涙を拭うと、視界が塞がった一瞬の間に、さっきの不思議な少年はいなくなっていた。
白黒になっていた世界もいつの間にか戻っており、まるで止まっていた様に感じた時も動き出す。
少年を見失ったことで言葉にできない不安に駆られ、その行方を探そうとすると、隣から声がかけられる。
「美月様、申し訳ございません。 時間のこともあり、そろそろメカニカルウィッチ研究所に向かいたいのですが……。 ご気分の方はいかがですか?」
「あ、はい! わたくしの方はもう大丈夫ですわ。 申し訳ありません、お願いしますわ」
「分かりました。 では車にお乗り下さい」
「ありがとうごさいますわ」
草刈に声をかけられ、再びお嬢様人格に戻った美月は、最後に少年がいた場所を名残惜しそうに見ると、車へと乗り込んだ。
(不思議な人でした……。 あの人はまるで私の……)
*****
「ママ! 今日は何でここに来たの??」
「ここはね。ママのママ。 つまりあなたのおばあちゃんが亡くなった場所なの。 レイも大きくなったから、一度はおばあちゃんに会いに、この場所に来て欲しかったの」
「ふ〜ん、そうなんだ。 輝お兄ちゃんたちは?」
「輝お兄ちゃんたちは学園の方の用事でちょっと遅れるらしいけど……後でちゃんと会える筈よ」
「分かった、ママ! 楽しみだな!」
プラチナブロンドの髪をした五歳くらいの女の子が、母親らしき若い女性と手を繋ぎながら、美月の横を通り過ぎて行った。
その光景はまるで十年前のあの日の様で、無意識のうちにその子と当時の自分を重ねてしまう。
そして、美月は改めて到着した目的地である、再建されたメカニカルウィッチ研究所の建物を見た。
メカニカルウィッチ研究所は、JP国の首都であるミライトウキョウの近海にある場所を埋めた地にして建てられた施設であり、この国の未来を担う筈の場所だった。
しかし、十年前のあの事故で、大勢の死傷者を出し、殆どの建物が倒壊してしまった。
その後、多くの問題が重なり、今日と言う日まで再建が遅れてしまっていたのだが、こうしてあの事故が起きる前の姿へと戻っていた。
そんな母と兄、そしてムーンたちを失った忌まわしき場所へと足を踏み入れる。
ハッキリ言って、この場所には良い思い出など一つもない。何度か行われた追悼式に遺族として参加したことはあったが、この場所に来ると、いつもまぶたの裏に焼きついたあの日の光景が甦る。
ここには慰霊碑こそは建てられているが、母と兄が眠っているのはこの場所ではない。
二人の遺体は、父の手によって母の実家である『黒土邸』に運ばれ、弔われることになった。自分が事故の影響で眠っている間に。
だから本当にここは忌々しい場所なだけだ。二度と来たくはなかった。
「美月様、アダム議長がお見えになりました」
「はい、分かりましたわ」
しかし、これから会う人物の前で、そんな憂鬱な気分を見せる訳にはいかない。
美月が思考を切り替えていると、老人の男性が現れた。
その男性は、老いによって色が抜け落ちて白くなった髪と、年齢を感じさせる顔つきでありながらも、まるで老いを感じさせない炎の様にも血の様にも見える赤い瞳をしていた。
その身にワールドユニオンのシンボルが刻まれた仕立ての良いスーツを着て、左手で杖をついたこの人物こそが、地球上の全ての国家が加盟する超巨大組織である『国際世界平和維持同盟』通称『ワールドユニオン』を立ち上げ、設立以来ずっと議長を務めているアダム・ガーディアン議長その人だった。
「ごきげんよう、アダム議長」
「こんにちは、美月さん。 すみませんね、美月さんにとって辛い記憶のあるこの場所にお呼びしてしまって」
「それは……。 い、いえ……お気になさらないで下さい……」
その言葉に美月は少しだけ目を伏せた。
昔から明日斗博士の娘として、度々この人と会ったことはあるが、昔からこの人のことが少しだけ苦手だった。
アダム議長は、かつて二十一世紀の後半に起きた人類史上最悪とも言われた三度目の世界大戦である『WWⅢ』を、若くして立ち上げた後にワールドユニオンの前進となる組織と共に終わらせ、平和な世界を作った英雄とも言える人物だ。
そんな本人も、正義感と公平に溢れる人で、口調も優しいのだが、美月にはどうしてとその赤い瞳の奥に、烈火の如く燃え盛る炎と、冷たく固まった血の様な氷が見える様な気がした。
気のせいかもしれないと分かっていても、どうしてもその赤い瞳の奥に見える世界が怖く感じてしまう。
そんな内心少し怯えている美月に、アダム議長からいつも通り父に関する話が振られてきた。
「ところで美月さん、お父様……明日斗博士から何かご連絡はありませんでしたか?」
「お父様からですか? いえ、最近多忙なのか、毎日の連絡も来ていませんわ」
「それはいつ頃からでしょうか?」
「ええっと……三月の終わり頃に暫く忙しくなると言われて、それっきりで……」
「成程……分かりました。 ありがとうございます」
「あの……お父様に何かあったのですか?」
「いえ、少し確認したいことがあっただけですので。 お気になさらないで下さい」
父について聞かれるのはいつものことだが、今日はやけに細かい所まで聞いてくるので、一抹の不安を覚えてしまう。
しかし、そんな不安を覚える美月を他所に、アダム議長は草刈たちへ方に目を向けた。
「さて、護衛のみなさんもいつもご苦労様です。 ここからは我々ワールドユニオンの者が美月さんの護衛を引き継ぎますので、貴方方も予定の場所へと向かって下さい」
「「「はい、分かりました!」」」
(あっ……)
アダム議長の指示で、見知った三人が離れていく。
いくら家族であるリンたち以外の前では、このお嬢様人格になってしまうとは言え、ほぼ毎日会うことになるあの三人だけは、他の人たちよりも気持ち楽に接することができている?様な気がしていたのだ。
しかし、そんな三人すらもいなくなったことで、少しだけ心細くなる。
そんな不安な美月をまるで取り囲む様に、ワールドユニオンの護衛の人たちが一同に整列する。
「では、美月さん。 我々も参りましょうか?」
「え、ええ……。 分かりましたわ」
――やはり美月は、少しだけこの人のことが苦手だった。




