第1話「私の相棒と出会う日」
――これは記憶だ。忘れもしない、あの日の悪夢の記憶だ。
「――お願い……どうか二人共……生きて……」
その優しい声を今でも覚えている。
赤い炎がまるで地獄の様に燃え盛る建物の中で、まだ幼い兄妹を庇って瓦礫の下敷きになった母が、最後に願ったその言葉を。
「――陽太……美月……ずっとずっと愛していますわ……」
それが記憶の中にある母の最後の言葉だった。
最後に見た母の姿は、酷い怪我のせいで体中が血まみれになっていたが、瞳を閉じたその顔は、どこか安らかに眠っている様にも見えた。
――そんな母の最後の願いを叶える為に、兄は命を賭けて自分を守ってくれた。
「――大丈夫だよ! 僕が必ず美月を守るから!」
母と離れ離れになり、さらに足を怪我して心身共に弱っていた妹を兄は必死に励まそうとする。
兄だって怪我をしていた筈なのに、それでも自分を背負って逃げてくれたその背中を覚えている。
「――約束するよ、美月! 僕は絶対に美月を置いて行ったりしないから! 一人になんかさせないから!」
――兄はそう約束してくれた。でも、それが果たされることはなかった。
幼い兄妹を捕まえようと巨大なロボットがどこまでも追いかけて来る。
その機械仕掛けの体は、焼き焦げた火の粉によって真っ黒に染まっていた。
そんな中、不気味なまでに赤く光るその瞳は、酷く無機質で、まるで感情と言う物を感じさせなかった。
それはロボットだからと言う話ではない。生命が持っている生きようとする熱や、命の輝きが全く無かったのだ。
そして、この機械仕掛けの怪物こそが、この場所を破壊し、炎に包まれた地獄へと変えた元凶だった。
兄は妹を守る為に、怪物から必死に逃げようとした。
でも、人間の……しかもまだ子供の足では、その巨大な怪物から逃げられる筈もなく。
兄妹の元へと追いついた怪物がその魔の手を伸ばす。
「――美月ッ!!」
兄が必死に自分の名を呼ぶ声が聞こえる中、怪物の魔の手が視界を覆い尽くした。
――そして、景色が暗転し、悪夢から目が覚めた。
*****
――時は二一五〇年。
『ワールドユニオン』の加盟国の一つであるJP国の首都ミライトウキョウ。
その場所でも一際大きな高級マンションの貸し切りになっている最上階にある部屋の一室で、電子アラームの音と共に一人の少女が目を覚ました。
魘されたせいか寝癖が酷いロングヘアの紫掛かった黒髪に、涙の痕が残る宝石の様に綺麗な紫水晶の瞳を持つこの少女こそ、『メカニカルウィッチ』の開発者にして今世界で最も影響力を持つ明日斗博士の娘である黒土美月だ。
「――またあの日の悪夢……。 そっか、もう朝ですか……」
美月は昨日見た悪夢のことを思い出しながら、ゆっくりと体を起こした。
すると最新の携帯端末である『マジカルウォッチ』が起動し、自動的に今日の日付である四月五日日曜日に、現在の時刻、それから今日の予定などを映し出した。
しかし美月はそれを無視して、ベットの側に置いてある写真立ての方へと目を向けた。
そこには病院のベットの上で微笑む母と、生まれたばかりの自分を抱き抱える兄、そして父と四人のメカニカルウィッチたちの姿が映っていた。
家族みんなで撮った最初で最後の写真。でも今となっては自分と父を残してみんないなくなってしまった。
「あれからもう十年ですか……」
今でも何度も見る悪夢にもなった出来事である『メカニカルウィッチ研究所事故』が起こったのは、今からもう十年も前のことだ。
当時はまだ五歳で幼かった美月は、あの時のことを殆ど覚えていない。
覚えているのは、炎に包まれた研究所の中で見た母と兄の最後の姿と、暴走したスーパーメカニカルウィッチがどこまでも追いかけて来る記憶だけ。
母と兄を失った精神的なショックと、事故のトラウマが原因らしいが、そのせいか事故より前の幼い頃の一部の記憶までもがあやふやになってしまっていた。
結局、あの日何が起きたのか未だに知らない。誰も教えてはくれなかった。
ただ実験中の機体が暴走した事実は伏せられることになり、そのことを口外しないように言われただけ。
また悪夢を見たことで心身共に疲れていると、部屋の前の扉から声が聞こえて来る。
「お嬢様、おはようございます。 リンです。 お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「おはよう、リン。 大丈夫ですよ」
「失礼します」
その声を聞いた美月は意識を切り替えると、入室の許可を出した。
すると部屋の自動ドアが開き、リンと呼ばれた若い女性が、一礼をしてから入って来る。
若い女性と言っても、リンは正確には人間ではない。
その正体は二十二世紀の始めに発見された『魔力』と呼ばれるエネルギーに宿る『精霊』に、人間の感情を学習させて生まれた、限りなく人間に近い人格を持つ『人工精霊』だ。
今はその名で呼ぶ人は少なく、『メカニカルウィッチ』と呼ばれているのだが。
通常のメカニカルウィッチは、手のひらサイズの約一二.五cmの小さなロボットなのだが、今ここにいるリンは人間と同じ大きさをしていた。
これは美月の身の回りのお世話をする為に、明日斗博士が開発した最先端のロボットの体を使っているからで、リンを含めたこの家に住むメカニカルウィッチにはこの体が与えられていた。
しかし費用面や安全面などの問題で、まだ開発途中であり、一般には普及していなかった。
そんなメイドの姿をしたリンは、ポットやティーカップ、そしてタオルなどが乗った魔法によって宙に浮く台車を、美月の元へと運んで来た。
「お嬢様、こちら温かい紅茶と蒸したタオルになります。 あの……お嬢様、目元に少々クマが見られますが、昨夜はあまりお休みになれなかったのですか?」
「うん、ありがとう。 今日のことで少し……いや大分緊張してあまり眠れなかったのもあるんですけど……。 またあの日の悪夢を見てしまって……」
「それは……お嬢様、もし体調が優れないのでしたら、本日の朝食は軽めの物に変更させますが……」
「ううん、いつもので大丈夫ですよ。 ありがとう、リン」
「かしこまりました。 では身支度のお手伝いをさせていただきます」
リンは魔法を使う様に軽く手を振ると、部屋の照明をつけ、カーテンを開け、鏡台の中に収納された道具類を展開させた。
今の時代、殆どの物が『魔力』をエネルギーとして動いている中で、それを手足の様に扱える能力は、魔法が使えない人間にとっては手放せない物だった。
一方で美月も、渡された紅茶を飲み、蒸したタオルで顔を拭くと、ベットからゆっくりと降り、鏡台の前に移動して椅子の上に腰かけた。
「お嬢様、本日のご予定ですが、護衛の方たちと共にメカニカルウィッチ研究所へと向かった後、明日斗博士の代理として式典に参加する流れになっていますが……。 服装の方は新しい制服の方でよろしいのでしょうか?」
「うん、もう四月になりましたし……。 新しい学校は実質的にワールドユニオンが運営するこの国最大の学園ですから……。 今日の式典にも相応しいし、向こうからも指定されているんです……」
「成程、かしこまりました」
会話をしながらもリンは己の主人の身だしなみを完璧にするべく手を動かしていく。
美月の寝癖を一つ一つ丁寧に直しながら、様々な道具を使って髪を綺麗に整えて、目のクマが目立たない様に軽く化粧を施す。
そして、それと同時に目線一つでクローゼットを開け、その中から美月の言っていた『メカニカルウィッチ学園』の制服を取り出して、手元へと引き寄せた。
美月はその制服を見て、今日のこととはまた別の悩みを思い出し、思わずため息をついた。
「はぁ……来週にはもう新しい学校が始まるのですか……」
「お嬢様、少し失礼します」
「はい……。 はぁ……結局、小学校の時も中学校の時も同年代のお友達が作れませんでしたし……。 みんなお父様の影響で私のことを完璧超人なお嬢様だと認識していて、まるでどこかの国のお姫様の様に扱うんです……。 そのせいで、誰も気軽に話しかけてくれるどころか、私よりも遥かに年上の先生たちでさえ、私にだけは敬語で接してきますし……。 本当の私はこんなに弱気で臆病で、人見知りなのに……」
「お嬢様、終わりました」
「あ、はい……。 ありがとう、リン」
美月が過去のトラウマを思い出し、ブツブツとネガティブな独り言を言っている間に、リンは新しい制服への着替えと髪型のセットを終わらせていた。
顔を上げ鏡を見ると、そこには見た目だけは完璧なお嬢様の姿が映っていた。
鏡に写っているのは、先程までの寝起きの時とはまるで違う、腰まで届くロングヘアの紫掛かった黒髪に、前髪の部分に紫色のリボンを結び、後ろの部分を髪留めを使ってハーフアップにした、少し吊り目寄りの宝石の様に綺麗な紫水晶の瞳を持ち、身の上もありあまり外出しない為、色素薄めな肌を持つ少女。
この母親譲りのお嬢様の様な優れた容姿に加え、女性としては高めの身長一六五cmもあるせいで、見た目からしてまるでお姫様の様な高貴な人だと見られる原因になったりするのだが……。
兎に角、そこには胸元の紫色のリボンタイが目立つ、瑠璃色のセーラーブレザーの制服を着て、膝下まである濃紺のロングスタートと黒いタイツを履いた正真正銘のお嬢様がいた。
「お嬢様、最後にこちらを……」
「ありがとう、リン」
美月はリンが差し出してきた綺麗な装飾の入った箱を手に取ると、その蓋を開けた。
そして中に入っていた紫水晶の宝石のペンダントを取り出す。
このペンダントは亡くなった母がいつも身につけていた物で、今となっては母の形見になっていた。
宝石と言ったが、厳密に言えばメカニカルウィッチのコアにもなっている『魔石』に近い物らしく、父親からは「これをいつも肌身離さず持っておく様に」と念を押されていた。
そんな大事なペンダントの紐を首に下げる形で身につけた。
「お嬢様、今日もとてもお美しいですよ」
「うん、いつもお手伝いありがとう、リン」
「いえ、これが私の役目ですから。 では、お嬢様、朝食が用意してあるリビングへと向かいましょうか」
「はい、分かりました」
美月は道具をテキパキと片付けたリンと一緒に部屋を出て、朝食の準備がしてあるリビングへと向かった。
*****
「お嬢様、こちらにらどうぞ。 本日の朝食はメインにカツサンドを、そしてスープとサラダを用意しております。 お飲み物は何になさいますか?」
「ありがとう、爺や。 今日はコーヒーでお願いします。 あ、それとミルクと砂糖も一緒にお願いします」
「かしこまりました。 少々お待ち下さい」
リビングへと着いた美月は、爺やと呼ばれるこの家の執事長を務める老人の姿をしたメカニカルウィッチに手を引かれる形で、朝食の用意された大きなテーブルの真ん中の椅子へと腰かけた。
テーブルこそは大勢で一緒に食事をしても問題ないくらい広いのだが、そこに用意されているのは一人分の食事だけだった。
いくらメカニカルウィッチが見た目も人格も人そのものであってもらその体は機械であり、本体も実体を持たない為、人間と同じ食事を取ることはできない。
その代わりに人間の食事の味を再現した魔力を補給することで代用しているのだが、そのせいで家族である爺やリンたちと同じものを食べて一緒に食事することができないことが、昔から寂しかった。
「お嬢様、お待たせ致しました。 コーヒーにミルクと砂糖をおつけしております」
「ありがとう、爺や。 いただきます。 あ、今日のカツサンドとても美味しいです……!」
「左様でございますか。 シェフが腕によりをかけて作ったかいがありますな」
「はい、本当に美味しいです……!」
正直に言って昨夜見た悪夢と今日のことの緊張のせいで寝不足気味な美月にとって、朝からカツサンドは少々重かったのだが、リンに気を使わせた提案をさせたり、せっかくみんなが作ってくれた物を食べないなんて嫌だった。
みんなが作ってくれる食事はいつも温かくて、とても美味しいのだ。食べないなんて選択肢はありえない。
でも、それはそれとして寝不足を誤魔化す為にカフェインをしっかりと摂取しておく。
……とは言え、いつも周りから大人びてみられても、苦いのはそんなには得意ではないので、ミルクと砂糖をたっぷり入れておく。
「ごちそうさまでした。 凄く美味しかったです」
「いえ、では食器をお下げ致しますね。 そう言えばお嬢様、テレビの方はいかが致しますか?」
「あ、そうですね……。 今日の式典のニュースか何かをやっているかもしれませんし……。 爺や、お願いしても良いですか?」
「かしこまりました」
爺やは食器を片付けながら、リビングにある大きなテレビに目を向け、目線一つで起動させる。
すると空中に映像が映し出され、予想通り今日のメカニカルウィッチ研究所の式典のニュースが流れてきた。
『――続いてのニュースです。 JP国の未来を担う筈だったメカニカルウィッチ研究所で大規模な爆発事故が発生し、働いていた職員や家族を巻き込み、百名もの死傷者を出したあの痛ましい事故から十年の時が経ちました。 長い間滞っていた研究所の再建もようやく終わり、本日のお昼頃に、当時中止になった式典が改めて行われる模様です。 なお、今回の式典には、メカニカルウィッチを管理する『国際世界平和維持同盟』通称『ワールドユニオン』のトップであるアダム・ガーディアン議長を始めとした、多くの代表が出席され、またその開発者である黒土明日斗博士の代理としてご息女である黒土美月さんが出席することになっています。 そちらはこの後、会場の様子と共に生中継でお送りする予定です』
テレビに父である明日斗博士の代理として流れた自分の名前を見て、美月の気がさらに重くなる。
「私がお父様の代理ですか……」
父の代理として今日の式典で大勢の人たちとカメラの前で話されなければならない。
これこそが昨夜緊張のあまり眠れなかった理由だった。
根が弱気で臆病で、そして人見知りである美月には本当に気が重い話だ。
そもそも美月にとって父である明日斗博士は、血は繋がっていても殆ど会ったことない別世界の人だった。
その為、この家に全く帰って来ることのない父よりも、リンや爺やたちの方が大事な家族だと思っていた。
そんな明日斗博士は普段宇宙ステーションに建設された研究所にこもりきりであり、殆ど外界と連絡を取り合うことない。
唯一の例外が娘である美月であり、自分にだけは殆ど毎日、安否確認の様な連絡を送ってきていた。四月に入ってからは連絡が途絶えているが……。
それ故に美月は明日斗博士へと繋がる唯一のラインとして、この家から出る時は、基本的に国からの護衛をつけられ、先程ニュースに出ていたアダム議長を始めとした世界のトップ層の偉い人たちに対応する多忙な日々を送っていた。
そんな状態で同年代のお友達などできる筈もなく、さらに一般人なら普通は会うことのできない偉い人たちとの会話で骨の髄まで染み付いたあの口調のせいで、同級生を始めとした周囲からは住む世界の違うお姫様として扱われる始末。
その中身は周囲のイメージとはまるで違うのに、美月はリンたち家族の前以外では、本来の自分が出せなくなっていた。
「お嬢様、そろそろ護衛の方たちが到着する時間です」
「うぅ……もうそんな時間ですか……。 緊張で胃が痛いです……」
どうやら現実逃避する暇もなく、そろそろ迎えが来る予定の時間になろうとしていた。
美月は爺やに促され、重い腰を上げて椅子から立ち上がる。
これから大勢の人の前で話さなければならないと思うと、足取りが重くなるが、明日斗博士の代理として間違っても逃げる訳にはいかない。
自分の頬を軽く叩き、気合いを入れると、空から見守ってくれているであろう、母と兄に誓いを立てる。
(――お母様、お兄様、見ていて下さい……! 私、お父様の代理として立派に勤めを果たして見せます……! そして今日こそはこんな弱気な自分を変えてみせます……! 同年代のお友達も作ってみせます……! だから安心してずっと見守っていて下さい……!)
母と兄に今日こそは弱気な自分を変えると心の中で宣言したことで、少しだけ勇気を貰えた様な気がした美月は、爺やの後に続いて玄関へと向かった。
*****
その後、洗面所で最後の身だしなみのチェックを終え、玄関で靴を履いていると、また部屋に忘れていたマジカルウォッチをリンが届けてくれたりする一幕があったりしたり。
それでも予定の時間通りに、美月は玄関の外で専属の護衛の三人組のリーダーである女性の草刈と、その部下である二人の男性の水島と炎炉と対面していた。
「あ、えっと……その……」
(「おはようございます」って普通に言うんです、私っ……!)
「「「おはようございます、美月様!」」」
先ずは顔見知りである三人に本来の自分を見せるんだと決意した美月だったが、自分から挨拶する直前に、三人から声をかけられたせいで、緊張のあまり無意識のうちに母の形見であるペンダントに触れてしまった。
そのせいで、とあるスイッチが入る。
「ごきげんよう、草刈さん、水島さん、炎炉さん。 今日もよろしくお願いいたしますわ」
(誰ですかこの完璧なお嬢様は!?)
「車はいつも通り地下の専用駐車場に用意してありますので、早速向かいましょうか」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
(私のばかぁ!)
先程までの決意はどこへやら、いつもと変わらない外面用の『お嬢様人格』に秒で戻ってしまった美月は、内心頭を抱えていた。
このお嬢様人格は、他人と関わる時に人見知りのあまり、勝手に発動してしまう癖の様な物だった。
これが発動すると、まるで人が変わった様に本来の弱気な性格から一転して、外見通りの完璧なお嬢様の様な強気な性格になり、口調も変わってしまう。
そして、これが人前で本来の自分を出せない原因であり、周りから勘違いされる理由でもあった。
(――ごめんなさい、お母様、お兄様……。 今日こそこんな自分を変えると誓ったのに……。 今日もいつもと変わらなくなりそうです……)
美月は母と兄への誓いを早速破ってしまったことに、内心落ち込みながら、護衛の三人と一緒に最上階専用の直通エレベーターで地下へと降りていった。
――しかし、美月はこの時まだ知らなかった。いつもと変わらないと思っていた今日この日に、運命の相棒と出会うことを。
そして、本来ならば何重もの厳しいセキュリティにより関係者以外は絶対に立ち入れない筈の最上階にいた謎の少年が、美月を見てポツリと呟いた。
「――あの人が黒土美月……。 明日斗博士から教えられた僕の守るべき人……。 そして、僕の……」




