098 鍛冶師ミゼット
「プロテクト」
爆音とともに吹き飛んできた扉を、咄嗟に展開した防壁で弾く。
扉は地面に落下し、ガランガランと数回跳ねてから止まった。
「び、びっくりした……」
隣では、ユイナが胸元を押さえて呼吸を整えている。
「少なくとも、中にいるのは確定したな」
開け放たれた入り口から中を覗くと、爆発の影響か、部屋は煙で満ちていてよく見えない。
そう思った直後だった。
「う~ん、今回は失敗っすね……」
そんな声とともに煙が晴れ、一人の人物が姿を現した。
明るい色の髪を肩口まで伸ばした、レザー製の装備を身に纏う小柄な女性。
間違いない。俺が探していた人物――ミゼットだ。
「あの、少しよろしいですか?」
「……へ? ってうわぁ!? い、いつからいたんすか!?」
大袈裟に飛び上がったミゼットは、それから外に転がる扉へと視線を向ける。
「……あ~」
何が起きたのかを察したのだろう。
気まずそうに視線を泳がせた後、彼女は言った。
「と、とりあえず……中、入るっすか?」
案内されるまま、工房の中へ入る。
ミゼットは慌ただしく散らばった部品や工具を端へ寄せると、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「いやー、申し訳ないっす! あたし、夢中になるとつい周りの音が聞こえなくなっちゃって……そ、その、今回のことは学園長には秘密にしてほしいっす! 扉を壊したのもう5回目で! 次バレたら減給なんです!」
必死に頭を下げるミゼット。
(……秘密にしたところで、絶対に気付かれると思うけどな)
学園長の顔を思い浮かべつつ、俺はそっと口をつぐんでおいた。
すると、俺の横でユイナが小首を傾げる。
「減給……ってことは、在校生ではないんですか?」
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったっすね」
ミゼットは胸を張り、告げる。
「あたしはミゼット。姓はないんで、好きに呼んでほしいっす。ドワーフ族で、アカデミーに雇ってもらってる鍛冶師っす」
「ドワーフ族……」
ユイナが驚いたように目を見開いた。
――この世界には人族や魔族の他に、ドワーフ族、エルフ族、獣人族といった複数の亜人族が存在し、それぞれが自分たちの国家や集落で暮らしている。
ここアストラル王国は主に人族の国家であるため、王都や迷宮都市のような発展した地域でなければ、なかなか目にすることはない。
田舎町出身のユイナも、恐らく亜人族を見るのはこれが初めてなのだろう。
そしてミゼットは、その才能を見込まれてアカデミーに雇われた鍛冶師。
ダンアカにも登場し、主人公たちの装備を一手に引き受けてくれるキャラクターだった。
「はい。なんでこんな見た目っすけど、実はもう年も20を超えてるんすよ」
「っ、す、すみません、私……」
「あー、大丈夫っすよ。よく勘違いされるんで、まったく気にしてないっすから! むしろ人族間だと若く見られる方が何かと有利と言うか――こほん、そんなこと今はいいっすね。それより、えーっと……」
こちらの素性を探るような態度に、俺は続けて口を開く。
「アレン・クロードです」
「ユ、ユイナ・ネルソンです」
「アレンさんとユイナさんっすね、覚えたっす。それで――わざわざこんな工房の奥まで訪ねてきたってことは、何か用件があるんすよね?」
「はい。単刀直入にお願いします――今後、俺たちもミゼットさんにマジックアイテムの作成を依頼させてもらえませんか?」
回りくどい説明もアレなので、端的に目的を伝える。
当然、ミゼットの腕前はかねがね噂で聞いていて、まず間違いないと確信しているという称賛も忘れずに付け足した上でだ。
しかし、肝心のミゼットの反応はあまり芳しくなかった。
「あはは、そう言ってもらえるのは嬉しいっすけど……専属になるのは、ちょっと難しいかもっすね」
「どうしてですか?」
「いやー、実はっすね……」
曰く、彼女の顧客は元々かなり多く、特別な理由でもない限りこれ以上お得意先を増やすことはできないらしい。
(ゲームだと、すんなりグレイに協力してくれた印象だったけど……あれは主人公が特別だったってことか)
これは少し困った。
実力・性格ともに、ミゼットほど頼れる鍛冶師は他にいない(研究熱心が過ぎて、今日のような問題を起こすことは多々あるが)。
何としてでも、ここで繋がりを作っておきたいところ。
しかし、まさかこれまで目立たないよう活動してきたことが、こんなところで仇になるとは。
(何か、興味を持ってもらえるような材料は……っ、そうだ)
俺は異空庫の指輪から、一枚のレシピを取り出した。
――――――――――――――――――――
【解毒ポーション(中級)のレシピ】
・中級以下の毒状態を解除できる解毒ポーションの作り方が記載されている。
―――――――――――――――――――
これは以前、【霊薬の庭園】を攻略した時にドロップした【解毒ポーション(中級)のレシピ】だ。
どこかのタイミングで魔道具工房の者に渡したいと考えていたが……ちょうどいい機会だろう。
これ一つでどうにかなるとは思えないが、説得の足しくらいにはなるかもしれない。
「それなら、せめてこれだけでも見てもらえませんか? 手土産代わりにお渡しできればと持ってきたんですが……」
「ん? これは……解毒ポーションのレシピっすか? 申し訳ないっすけど、中級のレシピならもうアカデミーにあるんで――」
――ピタリ、と。
レシピへ目を落としたミゼットの動きが止まり、
「…………なんすかこれ!?」
直後、素っ頓狂な大声が工房に響いた。
「材料も配合も工程も、めちゃくちゃ効率化されてるっす! これなら値段はぐっと抑えられるし、大量生産だってできる……めちゃくちゃ凄いヤツっすよ、これ!」
想像していたよりも、遥かに大袈裟な反応。
まさかここまでのリアクションが返ってくるとはと困惑しつつ、俺は尋ねる。
「えーっと、そんなにすごいんでしょうか?」
「なんでそっちが分かってないんすか!? 超絶すごいっすよ! これまでもアカデミーには中級の解毒ポーションを作るためのレシピ自体はあったっすけど、これはそれを何倍にも効率化させた代物っす!」
「………………」
なんとなく、状況が見えてきた。
ゲームではプレイヤーがレシピを入手するたびに作成可能なポーションが増えていく仕様だった訳だが、アカデミーの技術がありながら、これまで作成ができなかったのかと疑問に思ったことがあった。
しかし実際は作成自体は可能だったものの、それを学生でも気軽に入手できるようになる手段として、レシピが存在していたということなのだろう。
そんな風に脳内でゲームと現実のすり合わせを行っていると、ミゼットがグイッと身を乗り出してくる。
「ち、ちなみにこれ、どこで手に入れたんすか!?」
(……まあ、別に隠す必要もないか)
俺は素直に、迷宮都市内のダンジョンにある隠しエリア――そこに出現するボスを倒した際のドロップ品であることを伝えた。
「こんな報酬を落とす隠しエリアがあるなんて、よく知ってたっすね!」
「魔導図書館で調べたんです」
「なるほど!」
うんうんと頷くミゼット。
どうやらこの説明で納得してもらえたらしい。
(いつもありがとう、魔導図書館)
心の中でいつも通りの感謝を伝えつつ、改めて息を整える。
ここからが、本当の勝負どころだ。
「実は他にもいくつか、これに近いものを入手できそうな場所に心当たりがあります。ただ、そのためには優秀な装備が必要で――」
「あたしにお任せっす!」
食い気味だった。
身を乗り出したミゼットが、ぐっと親指を立てる。
かと思えばくるりと後ろを向き、
「これがあれば、しばらく開発資金を賄えそうっすね……うへへ……」
と小声で呟いていた。
……現金すぎる気もするが、ゲーム知識を強みに変えられるのなら、こちらとしてもむしろ望むところ。
――――交渉成立だ。
(っと、そういえば……)
ここでもう一つ、思い出したことがあった。
作中で特に触れられた部分ではないが、確かダンアカの設定資料集によればミゼットのジョブは【バッファー】。
中でも物質への付与を得意としていて――そういう意味では、ユイナとの親和性も高いはずだ。
「そういえば、噂でミゼットさんはバッファーだと聞いたんですが」
「ほえ~、よく知ってるっすね。その通りっす」
素直に頷いてくれたところで、俺はユイナを手で示す。
「実は彼女もバッファーなんです。ちなみに俺はヒーラーで」
「……! そうだったんすか!」
途端、ミゼットの目の色が変わった。
「支援職……それもバッファーの苦労は、あたしもよーく知ってるっす。その上でアカデミーに合格したんすから、ユイナさん、それは並大抵の努力じゃなかったはずっすよ」
「え、えっと……ありがとう、ございます?」
「もちろんアレンさんも! うん、そういうことなら、もっと喜んで依頼をお受けさせてもらうっすよ!」
どんっと胸を張るミゼット。
もしかしたら、原作でグレイの依頼をすぐ受けてくれたのも、彼が活躍していたことの他に同じバッファーだったのが関係していたのかもしれない。
そう思ってしまうような反応だった。
何はともあれ、こうして俺たちはミゼットに専属鍛冶師になってもらう約束を取り付けたのだった。
◇◆◇
帰り道。
暗くなってきた校舎内を歩く中、疲れ切った様子のユイナが口を開く。
「なんだか……圧倒されちゃったよ」
「まあ、鍛冶師としての腕は確かな人だから、頼りにしていいと思うぞ……そうだ、せっかくだし――」
魔道具工房に寄った分、時刻はかなり遅くなった。
それでも、もしかしたらまだ誰か残っているかもしれないと考え、俺たちは鍛錬場に寄ることにした。
すると、
「この音……」
「誰かまだ残ってるみたいだな」
鍛錬場の中から戦闘音のようなものが聞こえたため、俺たちは恐る恐るといった風に中を覗く。
するとそこには、見知った二つの人影があった。
「――ハッ!」
「――――」
既に生徒たちの姿はほとんどなかったが、その中央で、リリアナとローズがそれぞれ長剣と短刀を武器に組み手をしていた。
「っ……アレンさん? それに、ユイナさんも」
「一旦休憩にいたしましょう、殿下」
するとさすがの注意力というべきか、二人はすぐこちらの存在に気付く。
そして組み手を中断して歩み寄ってきた。
俺はリリアナに問いかける。
「二人とも、放課後はずっとここに?」
「はい。先ほどまでは皆さんと一緒に不死人形相手の特訓を。人が減ってからは、こうしてローズと組み手をしていました」
詳しく聞けば、ジュリアン戦でいくつもレベルが上がったため、すぐに実戦へ向かうよりも、まずは今の自分の状態を確かめることに時間を使う方針らしい。
(……なるほど、現実的な判断だ)
急激なレベル上昇は、感覚と実際の能力にズレを生みやすいからな。
「アレンさんたちはダンジョンへ行かれていたのですか?」
「ああ」
「なるほど。しかし、昨日の今日で攻略に向かうとは……それほどの恩恵を得られるダンジョンなのでしょうか?」
「恩恵っていうか……金策用のダンジョンだな」
この世界で強くなるには、何かと金がかかる。
装備にポーション、マジックアイテム――特に俺やユイナのような平民にとっては切実な問題だ。
……まあ、皇女であるリリアナからすれば、些細な話かもしれないが。
それから俺は、攻略の中で新しく獲得した【マナコネクト】をユイナに使ったことも説明した。
「魔力の受け渡し、ですか」
「ああ。変換効率はまだ低いけど、育てておいて損はないからな」
「なるほど……ちなみにそれは、どのように行うのですか?」
「ん? 手を繋いで、そこから直接魔力を流し込む感じだな。その方が効率が良くて――」
「…………なるほど」
「?」
なぜだろうか。ゆっくりと頷くリリアナの視線が、俺ではなくその後方に向けられているような気がした。
しかし振り返ってみても、そこにはユイナの姿しかない。
ということは、俺ではなくユイナを見ていた? うーん……
……まあ、気のせいだろう。
しっくりと来なかった俺はそう結論を出し視線をリリアナに戻すと、彼女は何やら考え込むような素振りをしていた。
かと思えば数秒後、にこりと微笑み――
「アレンさん」
「なんだ?」
「もしよろしければ――そのマナコネクトというスキル、私にも一度試していただけないでしょうか?」
アレンがマナコネクトを説明している最中、ユイナは少しだけ顔を赤面させていたようですね。
そこを逃さないリリアナ殿下、マジ殿下。
1つお知らせです。
現在、他の仕事が詰まり気味でして、申し訳ないのですがしばらくの間、週間連載から隔週連載に調整させていただこうと思います。(既になってしまっておりますが……)
諸々落ち着きましたら更新ペースを上げていくつもりなので、ご容赦いただけると幸いです……!




