15-16 情報収集
夜になった。
この日の夕食はこねたひき肉をじっくり焼いてタレを付けたものをパンに挟んだもの(要するにハンバーグもどき)と野菜のシチュー、それにプレーンオムレツ。
「このタレ、美味しいですね」
ハンバーグもどきを一口食べたゴローは、タレ(というかソース)が、ウスターソースに近い味であることに気が付いた。
「おお、気に入ったかの? それはこの国で一般的な『ソース』じゃよ」
「複雑な味がして、美味しいです」
「気に入ってもらえて嬉しいのう」
村長レイマンは、このソースはセライト王国の特産だと説明した。
「南にある国に輸出もしているそうじゃよ」
「そうなんですね。南の国って、何という国ですか?」
「確か、ポンナウ公国じゃったと思う」
「公国……王国じゃないんですね」
「うむ。何代か前のセライト国王陛下の王弟殿下が立てた国だとか」
「ははあ……」
直系ではない王族が分家したばあい、公爵あるいは大公となる。
この世界では、独立した国を治めるのが『大公』で、国内の領地を治めるのが『公爵』となっているようだ。
「ポンナウ公国ですか……」
「興味があるのかね?」
「多少は」
「まあ、わしが知っていることなどそれこそわずかじゃから、王都へ行く機会があったらそちらで聞いてみるといい」
「そうですね」
そんな話をした後、お開きとなった。
時刻は午後8時近い。
ちなみに、村長宅の照明は獣脂ろうそくと魔法による明かりが使われている。
一般に、動物性の脂肪は融点が高め(摂氏30度から50度くらい)なので、ろうそくの形に固めやすい。
融かした油に草の茎で作った芯を浸すと、融点の高い油がまとわりつく。これを繰り返すことでろうそくを太くできる……と、『謎知識』はゴローに教えていた。
その製法上不純物が多く、燃やすと不快な臭いがするのが難点である。
それに比べ、ミツバチの巣である蜜蝋から作ったろうそくは高価ではあるが嫌な臭いがしないため重宝されたようだ。
* * *
閑話休題。
部屋へ戻るゴローとサナに、村長夫人のフェニが、手桶に入れたお湯をくれた。
「お湯をどうぞ」
「ありがとうございます」
ここでは、日常的には風呂ではなく、お湯で身体を拭くらしい。
ゴローとサナは『人造生命』なので人間のような代謝はなく、汗や垢という概念とは無縁である(擬似的に汗は出せる)。
なので、汚れを落とすだけなら『浄化』で済んでしまうのだ。
とはいえ、やはり入浴という行為は気分がいいわけだが……。
「もらっておいて使わないのもおかしいから、ざっと身体を拭くか」
「うん」
そんな風に話し合い、ゴローとサナは荷物の中からタオルを出し、お湯に浸してから頭、顔、手、足と拭いていく。
最後に身体をざっと拭いて終了。
「さて、寝るか」
「うん」
実際は眠る必要のない2人であるが、寝台を使ったという跡を残さないとまずい。
というわけで、質素な寝台に横になるゴローとサナ。
寝具はというと、細かく刻んだわらに麻のシーツを被せたものが敷布団の代わりで、掛け布団は麻の布を袋状にしたものに刻んだわらを詰めたものであった。
〈ハカセたちだったら寝にくいだろうな〉
〈そうかも〉
ここからは『念話』で話す2人。
〈明日、どうするの?〉
〈ああ、多分、明日それを聞かれるだろうな〉
〈うん、……で?〉
〈一応、この村から王都方面へ向けて出発しなくちゃまずいだろう〉
〈それは、そう〉
〈だから、まずは道の様子や次の村について聞かないとおかしいだろうな〉
〈そう、思う〉
〈で、村を出て王都方面へしばらく歩き、周りに誰もいない場所まで行ってからハカセに連絡をするしかないな〉
〈わかった。それから?〉
〈そうだな……可能なら一旦『ANEMOS』に戻って報告しよう。この先どうするかはそれからだ〉
〈それが、よさそう〉
そういう話になった。
〈この村は、まあまあ裕福なのかな〉
〈なんで、そう思ったの?〉
〈いや、貧しかったら宿泊なんて断られるだろうし〉
〈うん、そうかも〉
〈あと、旅人に対しての警戒心が緩いのも、ちょっと気になるな〉
初対面であるゴローとサナを、あまり警戒もせず泊めてくれるというのは、ちょっと気になる、とゴロー。
〈旅人って、それほど珍しくない、とか?〉
〈それはあるかもな〉
〈……気が付いてた?〉
〈何を?〉
〈この村につながる道、南北にもあった〉
〈ああ、気が付かなかった〉
村長宅へ向かう途中、サナはそうした様子に気が付いたのだという。
〈この村の南北にも、きっと村がある〉
〈そうだな。だからこんな辺境にもかかわらず、人の行き来がそこそこあるんだろうな〉
〈だと、思う〉
〈だから、この村の人たちは強いのかもな〉
〈強い?〉
〈ああ。見かけによらず、強い〉
村長さんが魔法を使えるというのもその理由の1つ、とゴローは言った。
〈確かに、珍しい魔法を使える人〉
〈あの『鑑定』ってさ、危険物なんかもわかるんじゃないかな?〉
〈……わかる、と思う〉
〈やっぱりな……こっそり荷物や装備を『鑑定』すれば、危険人物かどうかわかるかもしれないぞ〉
〈……うん〉
護身用の武器と攻撃用の武器の見分けがつくかは疑問だが、そこは経験で判断したりするのかも、とゴローは思った。
〈もしかすると、村人の中にも強い者がいたりしてな〉
〈……ありえないことじゃない〉
〈まあ、我々に害がないならいいけどな……〉
〈うん……〉
そんな話を『念話』で交わしていたゴローとサナであった。
* * *
翌朝。
午前6時頃、外で物音がすることにサナが気が付いた。
〈ゴロー、聞こえる?〉
〈ああ。何だろう?〉
〈『強化』を掛けてみて〉
〈わかった〉
『強化』は身体能力の底上げなので、聴力も上がるのだ。
(おはようさん、今日も天気がええのう)
(ほんに、ありがたいこっちゃ)
(昨日、旅のモンが来たっちゅうこんだが(来たということだが))
(おお、村長さんのとこに泊まってるつぉ(泊まってるというよ))
(怪しげなやつじゃないんね?(ないんだろうね?))
(若っけ(若い)男女だったぜな、荷物も少なかったし、人はよさそうだったでや)
これを聞き、やはり多少は警戒されていたらしいなと2人は感じた。
〈それが、当たり前だと思う〉
〈そうだよな……いかにも怪しげな盗賊はそうそういないだろうし〉
〈うん〉
〈詐欺師なんていかにも人がよさそうに見えるというし〉
〈ふふっ〉
ゴローの物言いにサナは小さく笑った(念話で)。
(今年の作柄はええほうじゃのう(いい方だよな))
(うちんとこは豊作じゃあ)
(領主さんが変わって、税が安くなったでな)
(ありがたいこんだ(ありがたいことだ))
それからは農作業の話ばかりとなり、ゴローとサナは聞き耳を立てるのをやめたのであった。
〈でも、少しだけど村の事情がわかったかな〉
〈うん。領主が最近変わったみたいだし〉
〈そのおかげで税が安くなって、暮らし向きが楽になったのならいい領主なんだろうな〉
〈そう、思う〉
* * *
『念話』で会話をしていたゴローとサナの部屋の扉が、静かにノックされた。
「はい」
すぐにゴローが返事をする。
「おはようございます。もうすぐ朝食ができますが、起きてらっしゃいますか?」
「はい、もう起きてます」
「でしたら食堂へお越しください。洗面用のお湯も用意してございます」
「ありがとうございます。すぐ行きます」
そういうわけでゴローとサナは手早く身支度を整え、食堂へ向かった。
「おはようございます」
「おはようございます。お湯は土間の方にありますので顔を洗ってくださいね」
「ありがとうございます」
村長夫人フェニにお礼を言って、ゴローとサナは土間に出て顔を洗い、口を濯いだ。
そして戻ってくるとよい匂いが漂い、朝食がテーブルに並べられていた。
焼き立てのパン、(おそらく)山羊乳のバター、温かい山羊ミルク、それに焼いたベーコン、そしてデザートとして木イチゴが出た。
「さあさあ、冷めないうちに召し上がれ」
「いただきます」
パンにバターを塗り、ベーコンを挟んで食べるととてもよい味わいだった。
木イチゴも熟していて甘く、サナは大喜びで食べている。
「今日はどうなさるのかね?」
「王都方面へ向かおうと思いますが、道中の様子はどうなっていますか?」
想像したとおりの質問に、予定どおりの答えを返すゴロー。
「3時間も行くと、途中に小さな川があって橋がかかっておる。渡ってすぐに隣村じゃ」
「道はずっと畑の中ですか?」
「いや、そんなに畑は広くないのう。30分くらいで草地、もう30分で林になる」
「その林を抜けると川に?」
「そうなるのう。もっとも、川のそばは広い川原になっとるが」
なんとなく想像がついたゴロー。
「だいたいわかりました、ありがとうございます」
「あ、隣村の名前は?」
ゴローが聞き忘れていたことをサナが尋ねる。
「隣村は『カイチ村』じゃよ」
「わかりました、ありがとうございます」
これで、最低限の情報が得られた。
ゴローとサナはそれから1時間後、カイチ村目指し、ストーイ村を出発したのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月23日(木)14:00の予定です。
20260418 修正
(誤)〈ああ、気が付かなかった。〉
(正)〈ああ、気が付かなかった〉
(誤)「でしたら食堂へ起こしください。
(正)「でしたら食堂へお越しください。




