お説教
「さて、と……そろそろ後回しにしていた事やらなきゃな……」
「後回しじゃと? 」
「あぁ……おいリオネット」
ナルの呼びかけにフイッと目をそらしたリオネットの前に立ちその肩を掴んだナルは過去これほどの物は無いと言い切れるほどにさわやかな笑みを浮かべる。
「目を逸らすな駄乳」
「だ、駄乳ってなんだ! 」
「子守一つできない無駄な乳って意味だ」
抗議の声もむなしく一蹴されてしまったことでリオネットは再び視線を逸らそうとしたリオネットだったが顎を掴まれてそれを阻止される。
状況が違えば逢瀬のようにも見えただろうが、今はただ猛獣が首に歯を当てているようにしか見えない。
「目を逸らすなと言ってるだろ駄乳、グリムみたいな小娘が拳闘なんかで目立ったらどうなるか少し考えればわかるだろ、なぁ? 」
「そ、それはだな……深い事情があって……」
「殺さない練習なら聞いたぞ、確かに大切だがそれなら俺がいるときにやるべきじゃないか? 普通に賭博を楽しむという方法もあったよなぁ」
「ぐぬっ」
「しかもアイツ麻雀の店でいかさまやってるんだ、いわば前科持ちなんだからそういうのが一切できない店に連れて行くのが筋じゃないか? 」
「ぐぬぬっ」
「確かに拳闘じゃいかさまはできないが、あいつそのものがいかさまの化身みたいなもんだってのはよーくわかってるよな」
「ぐぬぬぬっ」
「挙句の果てに目を離したすきに裏賭博で殺し合いに参加させられている間うろうろとそこら辺探し回ってた間抜けになんて声をかけてやるべきかねぇ」
「……すまなかった」
「わかればよろしい」
淡々と問い詰めるナルの気迫に気おされたリオネットはついに降参した。
深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
それに満足した、否未だ不満を残している様子のナルは今度は貴族に出された菓子をリスのように頬張っているグリムにも視線を向ける。
「殺さない練習の重要性はわかる。これ以上なくわかる。だが急ぎすぎだってのもわかるだろ。そんな調子で一般人相手にしてみろ。いつか絶対殺すぞ」
「……ん」
「一人でここに来たのもダメだ。ちゃんとリオネット連れてこい。理由はわかるか? 」
「ん……保護者同伴」
「その通りだ、よくできましたと褒めてやりたいが残念ながら今はお説教の時間だからそれは後回しだ。それに俺達は敵がどこにいるかわからん状況なんだからホイホイとお誘いに乗るな」
「ん、わかった。ごめん、ナル」
「わかればよろしい、でだ……あーなんだっけか、準男爵」
「え、私ですかな? 」
「そうだ、あんなカエル貴族のパシリで子供連れてくるとか正気の沙汰じゃねえぞ。家臣なら忠言くらいしたらどうだ」
「……それを聞き入れてくださる方であればそうしましたが」
「あほう、聞き入れてくれるようになるまで発言力挙げていろつってんだよ。つーかいつまで準男爵なんて地位にいるつもりだ。それ平民上がりだと一代限りの爵位だろ。とっとと準をとれ。おら爺、てめえもそれができるようにこいつをうまく動かせよ」
「……面倒くさいのう」
「拾った犬の面倒はきちんと見ろよ」
「仕方あるまい……」
さらりと犬扱いされたシルベニア準男爵は顔をしかめながらも無言で頭を下げた。
そして老齢貴族はぷかりと煙草をふかしながら琥珀色の酒を舐める。
「さって……だいたいこんなもんかな」
そう言ってナルがソファに、グリムの隣に腰かけた瞬間だった。
「いやいや、まぁまて」
リオネットがそれを遮った。
何事かと思いながら煙草に火をつけて次の言葉を待つが一向に口を開こうとしないリオネットを不思議そうに眺める。
仕方なしに続けろとサインを送るとニヤリと口をゆがめてから言葉を発した。
「なぜ君はこんな趣味の悪い賭けに参加している? 立場上目立たない方がいいというのは君も承知しているはずだが? 」
「理由はある。目立つのも致し方ない理由が、それをこんなところで語れと? 」
「あぁ是非に語ってもらいたいものだ」
「……猪女」
「なんだと! 」
「猪つったんだよ、説教されたから意趣返しのつもりかもしれんが目立つのもいとわないだけの理由があるってだけで察しろ」
「……例の件か? 」
「それだ、わかったらお目付け役続けろよ。流石にここで手出ししてくる馬鹿はいないと思うが……俺にとっては望まぬ客もいたとだけ答えておこう」
「……望まぬ……そうか、ならば気を引き締めておこう」
「そうしてくれ、本当にもう……なんというか全部投げ出したいくらい面倒くさいんだよここ」
「のようだな……」
「ところで爺、約束通り試合も終えたし報酬貰うぞ。それから途中で追加した件も今のうちに手配しておいてくれ。あぁ、優勝の商品も忘れずにな、なんかあるんだろ」
リオネットとの会話を終えた事で多少肩の荷が下りたと言わんばかりに勝手に酒を飲み始めたナルは脱力していた。
ソファーにもたれるように腰かけて眠たげに目をうつろにしている。
グリムのように他人の顔色をうかがう事が不得手な者にも疲労しているのは明らかだった。
「抜け目ないのう、すでに手配はしておるが今日はあちらさんも忙しいようじゃて。後日改めてと言う話になったわい」
「そうかい……じゃあ賞金かなんかは」
「それは報酬と合わせて耳を揃えて支払うと約束しよう、何なら契約書でも用意するが」
「いらねえ……それと例の約束覚えてるだろうな……」
「タワー女医ならば先程了承する旨を伝えて医務室に引っ込んでいったが? 」
「万事順調ってことだな、ならいいさ……」
そう答えてナルは煙草を灰皿の上に置き、酒を一息に飲み干してその場で目を閉じた。
小さな寝息が響き始めた事で全員がナルが眠りについたと思い声を潜める。
「して、何者じゃこやつは」
老齢貴族がリオネットとグリムを見ながら訪ねる。
ナルを引き入れたのはこの老齢貴族でこそあるが、ここまでの戦果を得られるとは思ってもいなかったというのが本音だからだ。
この裏賭博は貴族の実力を知らしめるというだけでなく、他者に花を持たせると言うご機嫌取りの場でもある。
今回、この場にいる三名の貴族は鼻を手渡す側。
つまりは適当に盛り上げて適当に負ける事こそが本命の仕事だった。
優勝はマジャク、準優勝にサキ、そういう流れが本来の物だったにもかかわらず部隊を丸ごとひっくり返したのだからその焦りは相当な物である。
「私共の口から語れることはありません。聞きたければ本人に」
「……聞いて答えるかのう」
「重要な部分こそ隠すかもしれませんが話してもいい事ならば話すでしょう」
そう言ってため息をつきながらもリオネットは気を張り続けていた。
ナルと言う最大戦力が疲労で眠りについている今この場でまともに戦えるのはグリムであり、その足手まといにならないためにもと意気込んでのことだった。




