勝者
「では集計結果です! ナル選手2.1倍! サキ=ミサキ選手! 1.8倍! これはなかなかの接戦! やはりサキ選手が『本物の』魔法剣士であるという事が響いているのか! 」
だと良いんだが……とナルは何本目かわからない煙草を吐き捨てて次の一本に火をつける。
足元には吸殻が山のように積み重なっている。
「ねぇ、煙草の吸殻はちゃんと捨てないとだめだよ」
「お? 」
「ポイ捨てはだめだっていってるの」
「あ、あぁ……そうなのか? 田舎者でその辺りよくわからねえんだわ」
「ふーん……」
試合開始前だというのにこの緊張感のなさはどういう事かと首をかしげながらも、いくつか意味が分からずに適当な相槌を打って誤魔化す。
この世界において煙草は地面に捨てて踏みつけて消せばあとは放置するのが当たり前である。
それを孤児や浮浪者が拾い、汚れていない葉を取り出して集めて安価で売りさばくことも珍しくはない。
むしろごみ箱に捨てれば延焼の危険があるため、そんなことをしている人間がいたら衛兵に連れていかれてしまうだろうにとナルは考えて、最悪の結論に行き着く。
(血族……の、原点……英雄そのもの……? まさかな……)
世界の常識が通じない相手と言うのは、実に少ない。
それこそ異世界から現れた英雄か、あるいは英雄の血族が築き上げた狭いコミュニティの中で生涯を終えるような。
そう、例えばナルのような英雄の反乱に関わった村の住民のような者達だけだろう。
英雄の血族だけで作られた村があるという話は古今東西どこにでも転がっている噂だが、それは確実に存在する。
普通の人間が決して近づかないような森の奥にひっそりと暮らす者達、切り立った岩山の中に穴を掘り日の当たらない地下で生活する者達、海上で一生を終える海の一族と言うのもいる。
そう言った過酷な環境でも生き残れるだけの力を持つ英雄の血族が自らをエルフやドワーフと名乗り存在を隠している。
そしてそれらは例外なくおとぎ話として現代に伝わっているのだ。
「なぁ、あんた英雄の血族だろ」
「……はぁ、またそれ? 私英雄でもなければなんちゃらの血族でもないってば」
「そうなのか? 」
「そうだよ、まったくもう……」
その短いやり取りでナルは確信した。
(最悪極まる)
と……。
「それでは試合開始! 」
いつまでも落胆してはいられないと【力】のカードを発動させたナルは一息に距離を詰める。
サキが剣を抜く暇もなく、魔術を編む暇も与えずに一撃を叩きこむ。
ただそれだけであった。
十分な手加減はした。
【力】を使用したのは移動とブレーキのタイミングだけであり拳を叩きこむ際にはむしろ脱力していたほどだ。
その上で顎を軽くはじく。
それだけで脳がゆすられ、サキは何もできないままに昏倒したのだった。
「……おい、審判」
面倒くさそうに審判に声をかけたナルは半ばまで燃え尽きた煙草を一息で全て吸い尽くして先程作り上げた吸殻の山に向かって投擲した。
その様子を見て遅れながらに審判は声をあげた。
「しょ、勝者! ナル選手! 」
(まったくもって最悪だ……)
勝利を収めたとは思えないほどに暗い顔をしたナルは地面に倒れてもぞもぞと動いているサキの腕をつかんで立たせる。
そのまま肩を貸して控室に戻ってタワーにあとのことを任せてドカリと老齢貴族の前に腰を落とした。
既にリオネットもその場に到着しており、グリムはグリムでホットミルクを飲みながらナルの試合を観戦していた。
「おい、どういうつもりだここの連中は」
「どういう、とは? 」
「あんな素人連れてきやがってって言ってるんだ」
素人、そう素人である。
サキという凄腕の魔法剣士を捕まえて素人呼ばわりである。
その事に顔をしかめたのは老齢貴族だけではなかった。
若手貴族、中年貴族、リオネットの三者も同様に顔をしかめている。
いつの間にかこの部屋に入り浸っていたシルベニア準男爵とグリムだけがさもありなんといった様子で納得して見せていた。
「素人……? 」
「ずぶずぶのな、結論から言うぞ。ありゃ英雄だ」
「血族ということかの? 」
「違う、英雄の血族の原点。英雄そのものだつってんだ」
「なんと……」
「まったくどこから……あぁミハシリだったか……面倒くせえなぁ……」
カチカチとライターを鳴らしながらどうにか火をつけたナルは煙で肺を満たす。
「才能だけあればこの裏賭博も乗り切れるんだろうよ。けどそれだけだ、規格外には勝てない……あれがマジャクなんかと対峙してたら死んでたぞ? 殺す覚悟ができているのかも怪しいクソガキをこんなところに引っ張り込むんじゃねえよ」
ナルをはじめとして裏に身を置く人間、リオネットやグリムのような戦いを生業とする者は少なからず死を覚悟している。
殺しに関してはグリムは心構えこそできていないがその時になれば身体が勝手に動く。
だがサキと言う少女に関してはどうか。
死ぬという覚悟も、殺すという気構えもなく遊びのような感覚であの場に立っていた。
それがナルにとっては我慢ならない事だった。
死にたがりは意地でも死なせない、しかし生きていたいと願うのに無知から死地へ赴く馬鹿と言うのは救いようがないと考えているナルは激昂していた。
「ともかく、あれが動けるようになったら絞める。いいな」
「……敗者は勝者に従うのがここの流儀じゃて」
それを肯定と受け取ったナルはテーブルに置かれていた酒瓶から直に中身を飲み込んでいったのだった。




