決勝
「さぁさぁこれにて闘技も最終試合! なんとなんと上り詰めた二人はどちらもダークホースだぁ! 皆さんこの奇跡に拍手と万雷の喝采を! そして今のうちにお金をかけておきましょう! 」
司会者の声が地下に響き渡る。
消化試合としか見ていないナルにとってもはや面倒としか言いようがないこの状況に、しかしそれでもここで棄権するわけにはいかないという重しがのしかかる。
「それでは! 選手にゅうじょーう! 怪力も死神も恐れることは無い。裏組織だろうと正面から叩きのめす剛神ナル選手! 」
いつの間にか神の名の二つ名が与えられていることに眉を寄せたナルだが、それを表に出さないようにと煙草に火をつけながらリングに上がった。
先程まで何度も見てきた場所だが、随分と開けて見える。
それは嫌な予感だった。
見慣れた物が全く別の物に見える、そういう時は大抵碌なことが起こらないとナルは知っていた。
「反対側からはミハシリ王国出身の魔法剣士! その手腕はまさしく本物! サキ=ミサキ選手! 」
くそっ、と内心で悪態をついたナルを咎める者はいない。
名字を持つというのはこの世界においてそれなりの理由がある。
例えば貴族、彼らはどこの家の物かを示す為に名字を持ち各々を誇示する。
平民が名字を名乗る場合は生まれた村の名前であることが多いが、一定以上の大きさの街に住んでいればその必要性もないため田舎者と誹られる原因になりうる。
そのため普通、平民は名字を名乗らない。
そして数少ない例外は平民でありながら要職に就いた、あるいは貴族の位に上り詰めるかどこぞの学院で好成績を収めた場合である。
まず一つ目はリオネットがその類に値する。
これは外聞の問題であり、貴族連中が平民を見下す傾向にあったのを正す為に行われた物だ。
二つ目は、先程の準男爵なんかはいい例だろう。
彼のフルネームをナルは知らないが貴族を表すミドルネームと仰々しい名字が与えられている。
最後に関しては基本的に除外していい。
世界最高峰と謳われる10の学園、その上位12名にのみ与えられる特別な肩書であり4年に一度席の明け渡しが行われる行事である。
その上位12名が4年に一度、階級別にミドルネームを与えられ各校から輩出されているため120人ずつ増えている事になる。
結果、今時珍しい名字でもなくなってしまっているという事だ。
さて、そんな中でミドルネームが与えられないのは一つ目の要職に就いた場合に限るわけだが、そんな人物がここにいるという事は考えにくい。
ならばミサキと言う土地から来たという事かと言えば、世界を旅しているナルはそんな地名が存在しないと知っている。
ならばどういう事か、一つ英雄の知識としてナルが知っているものがある。
言葉だ。
流暢とはいいがたいが、ナルは英雄たちの言葉を話す事ができる。
その中にミサキと言う言葉とサキと言う言葉はぴたりと一致するものがある。
(岬……それに裂き……女になんて物騒な名前つけてるんだよ……)
盛大な勘違いが含まれているがそれを正してくれる人物はいない。
しかしこの時点でナルは一つの可能性を見出していた。
魔法剣士とは、前述の通り魔法にも剣にも精通している存在である。
その代償は器用貧乏、悪く言うならば中途半端なのだ。
結果として並の剣士にも並の魔術師にも勝つことは難しいという難儀な道のりである。
しかしそれを可能とする方法は、英雄の血である。
眼前のサキナル人物が血族であることは間違いない。
だとして、どれほどの血の濃さを持っているのか想像もできないというのが実情である。
少なくとも貴族の位ではないと当たりをつけつつ、隔世遺伝と言う事もありうるのだ。
油断はできないと思いながら煙草を吐き捨てて口を開く。
「あーなんだ、よろしく頼むサキとやら」
「ん? あぁうんよろしくね! 」
ナルの言葉に一つテンポを遅らせて答えたサキは眠たげにあくびをしている。
その様子をしげしげと観察しているナルはまず装備に目を向けた。
腰の剣はブロードソード、幅広の剣で攻撃の際はその重量が、防御の際は肉厚な刀身がとオーソドックスに強い剣だ。
愛用している人間も多くいるため不自然ではない、が柄を見るだけでも上等な品だとわかる。
無駄な装飾は施されていないがこの一本で家が買えるだろう値段だというのは想像に難くない。
防具の類はほとんどつけていないことから回避に重点を置いているのだろう。
腕、腰、膝、肘、肩、胸と六か所を守っているが胸以外は武器を振り回した時に痛めるのを防ぐための物だろう。
しかし目を引くのは腕につけられた籠手だ。
宝玉がはめ込まれているのを見るに、おそらくは魔術媒体。
あの宝玉が魔術の触媒として威力の底上げと魔力消費軽減の役割を担っている。
つまりは籠手こそが彼女にとっての杖であると推測できた。
髪は黒、瞳の色も黒い。
もともとこの世界には存在しない髪と瞳の色をしている。
それが意味するところは英雄の血に関わる人物だという事。
表向きには知られていないことだが、黒髪、あるいは黒目の人間は必ずどこかで英雄の血を受け継いでいる。
(……まずいな、こりゃ本当に大当たり……いや、大外れ引いたかもしれん)
内心でこぼしたナルは新たな煙草に火をつけて試合開始の合図を待つのだった。




