腹芸
「おいおい、こちとら重症だぞ」
実際は既に回復しているが、以前包帯の巻かれたままの右腕を掲げてそう答えるナルに貴族たちは声を上げて笑う。
「生きているのであれば、戦えるじゃろ」
「命を懸けて戦う理由が無いと言っているんだが、その程度の腹の内も読めないのか? 」
「当然、理解しておる。前金じゃ」
そう言って新しい物へと交換されたテーブルにどさりと紙幣の束が投げられた。
それを手に取りぱらぱらとめくり、偽物ではないことを確かめてからナルは新たな煙草に火をつけて机の上に紙幣を投げる。
「はした金だな」
「裏組織の人間にとってはそうかもしれんが、我々にとってはそれなりの額じゃて」
「命を懸けるに値しないね」
「ほう……ではいくらじゃ」
その言葉にナルは何も言わずに紙幣の束を地面に落とす。
そしてテーブルに足を乗せて二度、足でそれをたたいた。
暗にこの高さまで積み上げろと伝えたのである。
「あの死神に、トリックテイキングの魔術師と一騎打ち、結果安くない代償を支払ったわけだがな。それに関しては契約の内容に含まれていたわけだ。ただしそこに命を賭けるというのは割に合わないからいつでも棄権するつもりはあったというのはわかるな」
「ふむ、しかしそれだけの額は容易ではないぞ」
「なら同等の価値のある物でいい」
支援を吐き出してナルはニヤリと笑う。
まるで猫のような笑みに貴族たちは似たような笑みを返す。
どちらも、作り笑いだ。
互いに笑みを崩さぬまま、顎で続けろとナルに指示をした若手貴族を見てナルは口元に手を当てて煙草を手に取る。
「トリックテイキングと繋がりのある貴族との対談、ならびにトリックテイキングに関する情報をあるだけ」
「ふむ……いささか難しい注文ではあるができんこともない。しかしそれでどのような利益があると? 」
「あるだろ、俺はチェスだぞ。裏組織の。それも頂点のキング直属の幹部だ。同じ裏の住民としては相手の情報は持っておきたいし、うまくコンタクト取れるなら今後役に立つ機会もあるってもんだ」
「なるほどのう」
この手の詐術はナルの得意分野だが、同時に貴族にとってもそれは得意とするところである。
腹の探り合いが始まった。
「しかし、言ってはなんじゃがそれに同等の価値があるとは思えんの」
「同等だろ、死んだら金はお前らの懐に戻るだけだが情報を得て生き残れば俺は上から相応の金を貰える。出所は違うし額もいささか下がるが、それでも十分な額になるし地位も安泰となる。結果吊り合うわけだ」
「ほう……ならば見返りにチェスの情報を多少なりとも教えてくれるという事は無いのかのう。こちらはほれ、何かと失うものが多いのでな」
「それを言ったら俺が失うのは命そのものだぞ。生きていれば戦える、だっけか? あんたらは即座に死ぬようなことは無いが、こっちは下手をすれば」
そう言葉を区切って、右手を握り親指だけを立てて首をひっかいた。
「だいたい前金なんだろ。その程度の危険な橋はお前らが渡れ」
「それを言われるとこちらも弱いのう……」
「立場上俺はお前らに雇われたわけじゃない。互いに契約を結んでいるわけだからある意味では同等の立場にいるわけだが……そのあたり理解しているか? 」
「ふむ……」
「だから俺がここで棄権しても俺は損をしない、あんたらは面子の問題が出てくる。その辺どう思うかお聞かせ願おう」
これはナルにとって最後の難関である。
面子の問題を引き合いに出した今、実はナルも同じ問題を抱えているという事に貴族たちが気付いているかどうか。
身振りを交えての言葉、注意をそらすようにふるまって見せたが気付かれたらナルと貴族たちの立場は逆転してしまうほどの危険を秘めているが、これを乗り越えればリターンは大きい。
「御老公、ここは私が責任を負いましょうぞ」
中年貴族がそう口にすると同時に老齢貴族は視線だけでそれを黙らせる。
ナルはこの時点で中年貴族を馬鹿にカテゴライズした。
こいつはナルの話から先を見据える事が出来なかった間抜けであると切り捨てたのだ。
「小童のさえずりは無視していただいて結構ですじゃ。思う所はありますが、今回はそちらの口車に乗せられることにしましょうぞ」
「そりゃどうも」
やはり老齢貴族は気付いていたようだ。
面子の問題でいえば貴族と裏組織は一般人以上に気を付けなければいけない。
相手に舐められるような行為は慎むべきであり、先程のような中年貴族の発言は失態以外の何物でもない。
同時にチェスとしてこの場に来ているナルはここで棄権すれば勝負を投げ出した臆病者のレッテルを張られかねないのだ。
ナル個人としてはそれは構わない。
しかし全体を通してみれば、幹部という立場にいるナルが舐められるということは組織全体が舐められるという事になる。
その代償は、ナル以外の者がやらかした場合は死罪がふさわしい。
臆病者はいらないと斬り捨てて初めて組織の面子が保たれるというものであり、あくまで臆病なのはやらかした幹部だけであるという話にするのだ。
それを見抜いた上で、ナルの取引に乗った老齢貴族の腹の内を探り切れなかったのは失態だと思いつつも地面に落とした紙幣の束を掴んでテーブルに置きなおす。
「ついでに、これは担保として預かっておく」
「強欲じゃのう」
「そうでなけりゃ今の地位にいないからな」
「であろうな」
「引き続き試合には出てやる。ただし命の危険があるとわかったら即座に棄権する。いざという時は俺の代わりの人間がトリックテイキングの情報を聞きに来る場合もある。そこで出し惜しみでもしてみろ、内乱じゃすまさないぞ」
「これはこれは、恐ろしい話ですじゃ」
「そりゃあ脅してるんだから、少しくらい怖がってもらわなきゃ損だろ」
「あまり年寄りをいじめないでいただきたいのう」
「ただの年寄ならともかく、狸爺を相手にいたわってやる義理はねえよ。それで次の相手は? 」
「一介の剣士ですじゃ。それなりの手練れとお見受けしたが、貴殿なら余裕ですじゃろ」
「剣士……剣士ねぇ……」
そう言ってはめ込まれた特殊加工の鏡の前に立ったナルは整地された闘技場を見つめる。
嫌な予感がするなと、煙草を吐き捨てながら試合再開を待つのだった。




