治療
それから一時間後の事。
「なぁ煙草吸わせてくれよ」
「黙ってろ怪我人」
ナルはとっくに目を覚ましていた。
およそ試合後意識を失っておよそ30分、急速に回復したナルは治療用に薬液の繋がったチューブを引き抜こうとして女医に本気で殴られていた。
腕の傷もすでに回復していたが、包帯の上からではそれを確認することはできない。
「もう俺は大丈夫だってのに……」
「お前がよくても周りには患者がいるんだ。そんなところで煙草なんか許可できるわけないだろ」
「じゃあ外で吸うからさ」
「まだ薬液の注入が終わっていない。それまで待て」
「これってあとどれくらいかかる? 」
「あと10分だ」
「微妙な時間だなぁ……」
そう言いながらナルは懐から飴を取り出した。
口寂しい時に使うが砂糖を大量に使っているため相応に高価なものである。
めったに口にしないそれは半ば溶けかけているが、気にすることなく口に放り込んでその甘さを堪能していた。
「しかし……お前の体はどうなっているんだ」
「どう、とは? 」
「私の見立てでは一週間はまともに動けないはずだった。だというのに既に回復している」
「あぁ……話せば長くなるけどそういう体質だと思ってくれ。寝ているとはいえ何時何処でだれが聞き耳立ててるかもわからん場所で秘密を離すわけにはいかないからな」
「ほう……ならば時と場所を選べば教えてくれると? 」
「そのつもりだ。というか、話すつもりでここにいる」
「ではあとで時間を作ってやる」
女医の言葉にナルが目を見開く。
この裏賭博では既にマジャクというトリックテイキングの一員の容貌を知ることができた上に戦闘力の一端を見る事も出来た。
その裏で繋がりがある貴族がいるという情報も得ている。
あまつさえ【悪魔】と【力】の同時発動の効果とその副作用についても充分に把握できた。
ナルは多くのものを得たのだ。
あとはこの女医と話す時間をどう作るかという一点のみだったが、その確約も取れた今目的はすべて達成したといっても過言ではない。
「じゃあ前金くれ」
「何を用意しろと言う気だ」
「あんたの名前、聞いてないからな」
「……タワーだ」
「これまた……なぁ、一枚引いてくれよ」
そう言って懐から取り出したのは大アルカナのみのタロットデッキである。
「……私は占いは信じていない」
「まぁいいから」
ナルの言葉に面倒くさそうに一枚引いてナルが横たわっているベッドの上に放り投げた。
それを表返したナルはやはりなぁと懐にタロットカードをしまう。
女医が投げ渡したカードは【塔】のカードだったからだ。
カード保有者であることは既に分かっていたが、名は体を表すという言葉の通り彼女は【塔】のカードを保有している。
なるほどただの医者であればこのような場に身を落とすことはない。
破滅を振りまくからこそこのような場にいるのだと考えれば合点も行く。
当初の見立て通りではあるが、しかしそれでも確証が得られたというだけで十分だ。
「なんの占いだ」
「秘密、ただし出たカードは【塔】のカードだと教えておく」
「酷い皮肉だな」
自嘲気味に笑う女医、もといタワーはガチャガチャと医療器具をあさっていた。
「相違や次の試合ってどうなるんだ」
「その点滴が取れる頃には整地も終わる。そうすれば試合は再開、お前は次の試合に出るかどうか選ぶことができる。でなければ2回戦引き分けとなり、出れば2回戦勝者としての参加だ」
「そりゃあ……面倒だな」
このまま次の試合に挑む理由がナルには無い。
だからと言って引き分けで済ませてしまえばナルを起用した貴族たちの顔に泥を塗ることになる。
では勝者となり参加を決めればどうなるか、今度はマジャクを起用していた貴族の面子を潰す事になる。
それはそれでトリックテイキングの評判を落とす事になるため決して悪い手段ではないが、それを快く思わない連中がいるというのは大問題だ。
最悪の場合暗殺ということも、この裏社会では考えられるのだ。
ならばどうするべきか、悩んだナルはタワーに声をかけた。
「俺、どうしたらい? 」
「最悪の二択を迫られているのはわかるが、その判断を他人にゆだねるのはどうかと思うぞ」
「だってよぉ」
「私としては、ここで引き分けにしておくのが無難だと思っている」
「まぁ一理あるな」
ナルは十分に健闘した。
ここで引き分けに持ち込んだとしても充分おつりがくるほどの奮戦である。
そもそも社会的に見て魔術師と言うのは総じて化物扱いを受けるほどに強い連中だ。
そんな相手におのれの体一つで戦い抜いたというのは称賛されてしかるべき、どころか恐れられるほどの戦果である。
だからこそナルは結論を出した。
「じゃ、三回戦に進むか」
「……一理あると言っておきながら」
「気を悪くするだろうけどな、あんたは自分を含めて周囲を破滅に導く力を持っている。その言葉に従うと逆に危ないと判断したんだよ」
「……本当に気を悪くした、もう一本栄養剤追加だ」
「えぇ……」
飴は既に溶けて消えてしまっている。
これ以上の禁煙はナルの精神に多大な負担をかけると知ってか知らずか、女医は新たに点滴のチューブをナルの腕に突き刺したのだった。
「いってぇ……あ、ちょっと耳かせ」
「なんだいったい……」
ナルの言葉に不審げに頭を傾けたタワーの耳に、音が漏れないように手で覆い隠してから小さく呟く。
「あんたの破滅、俺が原因でもあり解決策でもある」
「……オカルトは信じてないぞ」
耳を離さないまま答えたタワーにナルは言葉をつづけた。
「俺は英雄の血族、その先祖返りだ」
「……本当か? 」
「あぁ、その破滅の力はもともと俺の物だ。ある事件を境に世界中に散らばった力の一端ともいえる」
「事件……? 」
「詳しくは、あとでな」
そう言ってタワーの耳元から口を離したナルは新たな飴玉を口に放り込んでベッドに横たわるのだった。
対してタワーは、口元に手を当てて小さく何かをつぶやき続けている。
それから10分、新たに差し込まれた点滴のチューブ以外が外されて残り一本かと眺めていたナルの前に貴族たちが現れた。
ナルを起用した老齢、中年、若年の三人である。
「次の試合は20分後に決まった。出られるか」
若手貴族が相変わらずの態度でナルに接する。
その言葉にナルは点滴を指さして答えた。
「これが20分以内に終わるなら、ドクターが許可してくれるんじゃねえの? 」
「ふむ……それだけ口が利ければ十分だな。次の試合は参加という事にしておく」
「へいへい、あぁそうだ。あんたに言いたいことがあったんだ」
部屋を出ようとした若手貴族に思わず声をかけたナル。
「なんだ」
「煙草、うまかったよ。ありがとう」
「ふん」
少々顔を赤らめた若手貴族はそのまま部屋を後にした。
残されたタワーとナルはその様子に皮肉気な笑みを見せる。
「お前、なかなかいい度胸じゃないか」
「なにあの手の貴族は敬われるのは当然と思っているが、素直に礼を言われることには慣れてないからな。いやぁ……真正面から表情を見たかったな」
「確かに、あの坊ちゃんはまだまだ貴族としては木端だが将来は有望かもしれんな」
「うまく成長すればいい貴族になると思うがな、子育てに失敗しそうなタイプだよな」
「あぁ、それはわかる。社会勉強という名目でこういう場所に連れてきて、子を増長させるような駄目親になりそうだ」
「ま、その時はその時だ。……で、これあと何分? 」
意気投合して見せた会話の後に、ナルはさりげなく点滴を指さして尋ねた。
タワーはニヤリと笑みを見せてたった一言だけ答えるのであった。
「20分だ」




