銀幕戦記 ~殉教者戦争編 第一幕
幕開け:残り火の胎動
コツ…… コツ…… コツ…… コツ……
静まり返った更地に、不気味な足音が規則正しく響き渡る。
木島所長が去った夜更け。寒風が吹き抜けるJizōのおでん屋台に、一人の男がふらりとやってきた。作業着を着込んではいるが、その男の瞳は完全に据わっており、恐ろしいことに全身から微かに蒸気が立ち上るほどの異常な体温を発していた。
男は出された熱燗に手をつけることもせず、Jizōをじっと睨みつけ、かすれた声で言った。
「Jizō……あんたがJizōさんか。……ずっと、会いたかったんですよ」
なぜ自分の名を知っている。Jizōの胸にわずかな不審がよぎったが、彼は屋台の親父として、静かに接客した。
「……空いてる席、どうぞ」
「ああ、こりゃどうも」
男は丸椅子に腰掛けたが、すぐにまたJizōに向かって、ねっとりとした口調で話しかけてきた。
「行き場の失った人間って、どこへ行けばいいと思います?」
「……南無?」
短く問い返すJizōに、男は自嘲気味に笑った。
「あぁ、ハハッ、いやあね、更生施設。木島さんが『現実社会復帰支援センター』やってるんでしょ」
木島の動向まで握っている。Jizōは無表情のまま、首をかしげた。この男、何者だ。だが男はJizōの警戒を気にする風もなく、作業着のポケットに手を突っ込んだまま言った。
「まあ、いいや。……あと一つ、聞きたいんですがね」
男の据わった目が、おでんの湯気の向こうからJizōを射抜く。
「あんた、家虎さんを『菩薩』って呼んだらしいですね」
「……ああ、まあ」
「そうですか。そうですか……」
男は満足したように低く呟くと、立ち上がった。
「じゃあ、かえりますわ」
「……ありがとうございました」
Jizōが器を下げる。その背中に、男は最後に、振り返りもせず言い残した。
「あ~、さいごにいっときますわ。俺たちにはね、現実なんていう冷たい飯は必要ねーんですわ。……大きなお世話だ、って、木島さんにも言っといてください」
その瞬間、男の眼帯の奥にある義眼が、ドロリと禍々しいケミカルオレンジ色に発光し、妖しく輝いた。
「……南無、貴様は誰だ!?」
Jizōが鋭く問いかけ、顔を上げたとき──
そこにはもう、誰もいなかった。冷たい夜風が暖簾を揺らし、おでんの湯気を引き裂いていくだけだった。
Jizōは静かに目を閉じた。いくら外側から現実を突きつけようとも、人間は心の底に眠る「燃え上がるような物語」を捨てられない。家虎が世界を救うために放った純粋な光は、今や世界を再び破滅へと導く導火線となって、オタクたちの胸の奥で燻り続けていたのだ。
ドォォォォォォンッ!!!
直後、彼方の更地から、再びケミカルオレンジの光柱が夜空へと真っ直ぐに突き刺さった。
それはかつての『一年戦争』の再来ではない。より狂暴で、より盲目的な、終わりなき『殉教者戦争』の狼煙。
正体不明の義眼の男が、不気味な光熱を残して闇夜に消えた瞬間だった。
人類がその熱量を自らの手で再び生み出したとき、それがもたらすのは救済ではなく、今度こそ完全なる灰燼なのかもしれなかった。




