第8話 いざ、夜会へと
「さあ、次はあなたの番よ、お嬢さん」
カミラがパンパンと手を叩き、わたしの腕を引いた。
男性陣のカオスな美容タイムを背後に残し、わたしは奥のフィッティングルームへと連れ込まれた。
「素材は最高。でも、磨かなきゃただの石ころよ」
カミラはわたしの旅装束をテキパキと剥ぎ取ると、容赦なくコルセットを巻き付けた。
ぐいっ、と肋骨が悲鳴を上げそうになるほど強く締め上げられる。
「ちょ、ちょっと苦しいんだけど……」
「我慢なさい。貴族の夜会は戦場よ。鎧を着るのに弱音を吐くんじゃないわ」
彼女が選んだのは深緑のドレスだった。
光沢のある重厚なシルク地。胸元が大胆にカットされており、コルセットで持ち上げられた胸の谷間が強調される。
スカートはドレープが幾重にも重なり、歩くたびに優雅な波を描く。
髪はうなじを見せるように高く結い上げられ、後れ毛が色っぽく首筋にかかる夜会巻きに。
化粧は派手すぎず、けれどわたしの紫の瞳が妖しく輝くように、計算し尽くされたシャドウが引かれた。
「……よし。完成だわ」
カミラは満足げに頷き、仕上げにわたしの唇に落ち着いた色味のルージュを引いた。
鏡の中には、いつものトレジャーハンターではなく、どこかの国の女王のようなわたしが立っている。
……悪くないわね。
「さあ、お披露目よ」
カミラがシャッ、と勢いよくカーテンを開け放つ。
「……!」
待合室の空気が、ピタリと止まった。
そこには、すでに着替えを終えた二人の男が立っていた。
けれど、彼らはわたしを見た瞬間、時が止まったように硬直し、言葉を失う。
ブレイズの口が半開きになり、アズールが持っていた手袋を取り落とす。
「どう……かしら?変じゃない?」
わたしが少し照れくさそうに裾をつまんで見せると、ようやく時が動き出した。
「……ふざけんな」
ブレイズが呻くように声を漏らし、乱暴に歩み寄ってくる。
その瞳には、隠しきれない情欲と、燃え盛るような独占欲が渦巻いている。
「おいカミラ!胸元が開きすぎだろ!こんな格好で男共の前に出せるかよ!」
「え?変かしら?」
「逆だ。……良すぎる」
ブレイズはわたしの前に立ちはだかり、その大きな背中でわたしを隠そうとする。
その一方で、アズールはどこか苦しげな表情で口元を手で覆っていた。
「……珍しく兄さんと同意見ですね」
彼は熱っぽい瞳でわたしを見つめ、悔しげに眉を寄せた。
「その姿で、ボク以外の男に微笑みかけるのですか?……想像するだけで、会場ごと氷漬けにしてしまいそうだ」
「もう、二人とも大袈裟ね」
わたしは呆れつつも、そこまで愛されている事実に、胸の奥がくすぐったく熱くなるのを感じた。
それに……見惚れていたのは、わたしの方も同じだ。
「二人こそ……すごく素敵よ」
わたしは改めて、目の前の二人を見上げた。
ブレイズが身に纏っているのは、真紅の軍礼装だった。
燃えるような赤の生地に、金色の飾緒が輝き、胸元には、クリフォード家の紋章である『盾を抱く獅子』が金糸で刺繍されている。
鍛え上げられた巨躯を包む軍服は、彼の圧倒的な威圧感と男性的な色気を、暴力的なまでに引き立てていた。
対するアズールは、漆黒の貴族礼装。
夜の闇を切り取ったような黒に、月光のような銀糸で繊細な刺繍が施されている。
メイクを落とし、いつもの整った顔立ちに戻った彼は、冷徹な知性と美しさを兼ね備えた、氷の貴公子のようだった。
白のフリルシャツが、彼の高貴さを際立たせている。
「チッ。やっぱ気に食わねえな、この服は」
ブレイズが窮屈そうに襟元を引っ張り、舌打ちをした。
彼にとってこの軍礼装は、捨てたはずの家と、過去の栄光、そして貴族社会のしがらみの象徴なのだろう。
「それに、なんだこの肌は!気持ち悪りぃ!」
カミラの泥パックの威力は絶大だったようだ。
歴戦の戦士の顔肌が、今は赤ちゃんのようにもちもちと潤っている。
そのギャップがおかしくて、わたしはくすりと笑った。
わたしはブレイズの胸元、金色の獅子の紋章にそっと触れた。
「ふふ。でも、とっても似合っているわよ、ブレイズ。あなたが過去をどう思っていようと……今のあなたは、誰よりも強くて格好いい、わたしの騎士だもの」
「ッ、お前なァ……」
ブレイズが照れくさそうに視線を逸らす。
わたしは背伸びをして、そのつるつるの頬に口づけを落とした。
「お肌も素敵よ?」
「うっせ!……後で覚えてろよ」
そして、わたしはもう一人の騎士に向き直った。
「アズールも」
わたしは彼の手を取り、その冷たい指先に頬を寄せた。
「黒がよく似合うわ。その銀の刺繍……まるで夜空を纏っているみたい。今のあなたは、さしずめ『夜の国の王子様』ね」
「からかわないでください。ですが……」
アズールはわたしの手を握り返し、恭しく口づけを返した。
その瞳が、熱っぽく揺らぐ。
「あなたがそう言ってくださるなら、この身を飾る甲斐もあるというものです」
「ふふ。今日の二人は、太陽の王様と月の王子様ね。こんな素敵な二人にエスコートしてもらえるなんて、わたし、世界一の幸せ者だわ」
わたしが二人の腕にそれぞれ手を回し、真ん中で微笑むと、ブレイズとアズールは顔を見合わせた。
いつものように火花を散らし始める二人。
「さあ、行きましょうか。わたしたちの『舞踏会』へ」




