第7話 サロン・ド・カメリア
帝都の一等地、石造りの重厚な建物。
『Salon de Camellia』
扉を開けると、白と黒を基調としたシックでモダンな空間が広がっている。
ほのかに香るアロマの香り。
ローザの店のごちゃごちゃした雰囲気とは正反対の、洗練された空間だ。
「いらっしゃい。ローザから話は聞いているわ」
「……ッ!?」
奥から現れた人物を見て、わたしたちは一斉に息を呑んだ。
丸太のような腕、岩のような肩幅。ローザと瓜二つの巨躯。
違うのは、ローザが情熱的な赤を好むのに対し、この人物は氷のような寒色系のモードファッションで身を固めていることだ。
鋭角的なボブカットが、その鋭い眼光を強調している。
「ふ、増えた……!?」
アズールが戦慄し、後ずさる。
無理もない。あの強烈なローザが、世界にもう一人存在したなんて。
「あら、失礼ね。アタクシはカミラ。この『美の神殿』の守り手よ」
カミラの口調は、ローザのねっとりとしたオネエ言葉とは違い、テキパキとしたビジネスライクなものだった。
けれど、その低い声の響きと、眼光の鋭さはローザそのままだ。
「ふうん……。妹が寄越しただけのことはあるわね。素晴らしい原石だわ」
カミラはわたしとブレイズ、そしてアズールを順に、舐めるように見回した。
彼女の目が、獲物を見つけた猛禽類のようにギラリと輝く。
その視線が、アズールを射抜いた。
「特に貴方……その透き通るような肌、長い睫毛、中性的な骨格。男にしておくには勿体ないわね」
「は……?」
「決まりね。貴方はアタクシが極上のレディに仕立て上げてあげるわ」
カミラの手が、アズールの顎をグイと持ち上げる。
「なっ、断固拒否します!ボクは男です!夜会には潜入捜査で行くのであって、仮装大会に行くわけではありません!」
問答無用で化粧道具を手に取るカミラ。
必死の形相で抵抗するアズール。
その時、ふとわたしの心に悪戯心が芽生えた。
普段は冷徹な賢者様が、美しく着飾って恥じらう姿……ちょっと見てみたいかも。
わたしはアズールの背後に回り込み、その耳元に唇を寄せた。
「ねえ、アズール……」
甘く、とろけるような声を、鼓膜に直接注ぎ込む。
「わたし……見てみたいわ。あなたの、本当の美しさを」
「……ミ、ミリアさん?」
「カミラさんの言う通りよ。あなたの美貌は、性別なんて枠には収まりきらないわ。……お願い」
わざとらしく吐息を混ぜて、首筋を指先でなぞる。
アズールの耳が、瞬時に真っ赤に染まった。
彼は口をパクパクとさせ、視線を泳がせる。
「う……っ、し、しかし……」
「ダメかしら?」
吐息を彼の耳朶に絡ませるように、さらに声を落とす。
アズールの理性が音を立てて崩れていくのが分かった。
彼は苦しげに顔を歪め、やがて蚊の鳴くような声で言った。
「……め、メイクだけなら……。女装は、絶対にしませんからね……」
「ふふ、ありがとうアズール。大好きよ」
わたしが頬にキスをすると、アズールは湯気が出そうなほど顔を赤くしてうなだれた。
カミラが満面の笑みを浮かべ、アズールをドレッサーの前へと連行していく。
その太い指が、驚くほど繊細な動きで筆を操る。
数十分後。
そこには、この世のものとは思えない美少女が座っていた。
透き通るような肌には艶やかな輝きが宿り、目元には淡い紅が差されている。
唇には艶やかなグロスが塗られ、濡れたような輝きを放っている。
長い睫毛が影を落とすその表情は、どこか儚げで、守ってあげたくなるような可憐さを漂わせていた。
「……ぶっ……!ぎゃははははは!!」
ブレイズが腹を抱えて爆笑した。
「傑作だぜ陰険モヤシ!いや、インテリ令嬢か?すっげえ似合ってるぞ、お前!そのまま嫁に行けよ!」
「……黙りなさい、野蛮人。氷漬けにされたいのですか……」
屈辱に震えるアズール。その頬が朱に染まり、涙目で睨みつける姿さえも、今は色っぽい演出に見えてしまう。
わたしは笑うどころか、胸の高鳴りを抑えられなかった。
なにこれ、可愛い。
普段は理知的な彼が、こんなに可愛らしくなるなんて。
わたしはアズールに歩み寄り、その顎を指先で持ち上げた。
「……綺麗よ、アズール」
「ミ、ミリアさん……からかわないでください……」
「からかってなんていないわ。ねえ、せっかくだから……『女の子同士』の遊びをしましょう?」
わたしは彼の太ももの間に膝を割り込ませ、艶を含んだ声で迫った。
アズールの瞳が大きく揺れる。
「な、何を……ボクは男です!男ですよ!?」
「ふふ。でも今のあなたは、とっても可愛いわ。……食べちゃいたいくらいに」
困惑と、そしてわたしの興奮を感じ取って微かに嬉しそうに揺れる瞳。
わたしは彼の首筋に唇を寄せ、甘噛みした。
「んっ……!」
アズールが艶っぽい声を漏らす。
ああ、可愛い。
いじめたい。もっと困らせて、その綺麗な顔を涙と情欲でぐしゃぐしゃにしてしまいたい。
「ひーっ、腹いてぇ!傑作だぜ!おいカミラ、こいつはこのままでいい!夜会でもこのツラで行かせてくれ!」
涙を流して笑い転げるブレイズ。
そんな彼の背後に、音もなく忍び寄る巨大な影があった。
「あらん、笑いすぎよ」
「ああん?」
ブレイズが振り返った瞬間、カミラの太い腕が彼の首をがっちりとホールドした。
「なっ、テメェ何しやが……放せッ!」
「貴方、肌が乾燥しすぎよ。これじゃあ折角の男前が台無しじゃないの」
カミラはブレイズの巨躯を片腕で制圧しながら、もう片方の手で緑色の泥のようなペーストを掬い取った。
「たっぷり保湿してあげるから、大人しくしていなさい!」
「お、おい待て!何だそのドブみてぇな色は!よせ!やめろ!うわっぷ!?」
ベチャッ!という音と共に、ブレイズの顔面が緑色の泥パックで覆われた。
「ぷっ……くくっ……!」
今度は、アズールが吹き出す番だった。
美少女メイクのまま、彼は口元を手で覆い、冷ややかな視線を兄に向ける。
「おやおや。駄犬には泥遊びがお似合いですね。ようやくその知能に見合った顔になりましたか」
「テメェ……!この泥落としたらぶっ殺すぞ……!」
「はいはい、喋るとシワになるわよ。15分放置!」
カミラに頭を押さえつけられ、顔面緑色のモンスターと化したブレイズと、美少女と化したアズール。
カオスすぎる光景に、わたしは肩を震わせて笑った。




