第6話 対価〈ブレイズ視点〉
「さて、お前たちに依頼がある」
重苦しい空気の漂う執務室で、親父は悠然と紅茶を啜り、書類にペンを走らせていた。
その手を止め、淡々と告げる。
俺の頭の中で、何かがプツリと切れる音がした。
「ああん!?ふざけんなクソ親父!昨日の話はまだ何一つ終わっちゃいねえぞ!俺たちは昔話を聞きに来たんじゃねえ、ミリアのために必要な情報を……」
「情報が欲しければ、対価を示せ」
親父の鋭い一言が、俺の怒号を両断した。
その瞳は、冷徹な「帝国の獅子」そのものだった。
「私は慈善事業家ではない。たとえ息子であろうと、タダで我が家の最高機密を渡すつもりはない。……欲しいものがあるなら、己の手で掴み取ってみせろ。それがクリフォードの流儀だろう?」
「……チッ。相変わらず食えねえ野郎だ」
俺は舌打ちをして壁に寄りかかった。
隣のアズールも、不本意そうだが反論はできないようだ。
親父は一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせた。
「依頼内容は、『黄昏の瞳』の回収だ」
「『黄昏の瞳』の回収……?父上、それはどういうことですか。あの宝玉なら、我が家の宝物庫に厳重に保管されているはずでしょう」
アズールは眉間の皺を深くし、訝しげに親父を見る。
「あれは精巧なレプリカだ」
「は……?」
「本物は、数世代前の跡目争いのどさくさで紛失していたのだよ。恥ずべきことにな。長年行方知れずだったが、最近になってようやくその在処を特定した」
親父は羊皮紙の一点を指で叩いた。
「リシャール・ド・デュラン男爵」
「……聞いたことのない名ですね」
アズールが記憶の糸を手繰るように目を細める。
「知らなくて当然だ。金で爵位を買い取った、新興の成り上がりだからな」
親父は鼻で笑った。その表情には、純粋な貴族としての、成金に対する侮蔑がありありと浮かんでいる。
「品性下劣な成金趣味の男だ。奴が裏ルートで『黄昏の瞳』を手に入れ、自宅の隠し金庫に自慢げに飾っているとの情報を掴んだ」
「……なるほど」
親父は再びペンを執り、興味を失ったように視線を書類に戻した。
「方法は任せる。金で買い叩くもよし、力で奪うもよし。本物を私の前に持ってきたなら、その時こそ全てを話そう」
「へっ。要するに、汚れ仕事を息子にやらせようって腹かよ」
俺は立ち上がり、ボキボキと指を鳴らした。
面倒な話だが、標的は気に食わない成金野郎で、やることは「回収」ときた。
これなら、俺の得意分野だ。
「いいだろう。その依頼、受けてやるよ。アズール、行くぞ」
「……やれやれ。まさか実家に帰ってきて、泥棒の真似事をさせられるとは」
俺は羊皮紙をひったくると、背を向けた。
アズールも一礼し、俺に続く。
背後から、「期待しているぞ」という親父の声が聞こえた気がしたが、俺は振り返らずに手を振って応えた。
◇
「へえ、面白そうじゃない」
『Rosa's Nest』のカウンターでナッツを摘まんでいたミリアは、俺たちの報告を聞くと、紫の瞳をキラリと輝かせた。
その反応は、危険な依頼を前にした時のそれではない。まるで新しいオモチャを見つけた子供のようだ。
「お前な……。相手は腐っても貴族だぞ。遺跡のゴーレムみたいに叩き壊して終わりってわけにはいかねえんだぞ?」
「あら、壊さずにいただくのがプロの仕事でしょう?『遺跡喰らい』の腕の見せ所ね」
不敵に微笑むミリアに、俺は呆れつつも頬が緩むのを止められなかった。
やれやれ、この女はいつだって退屈とは無縁だ。
「そうと決まれば、まずは情報収集ね」
「それについては、既に策があります」
アズールが指を一本立て、澄ました顔で言った。
こいつがこの顔をする時は、大抵ろくでもない提案が出てくる時だ。
「調べたところ、標的のリシャール・ド・デュラン男爵は、三日後に屋敷で盛大な夜会を催す予定です。自慢のコレクションを招待客に見せびらかすための、悪趣味なパーティですよ」
……嫌な予感がする。
「ボクたちはその夜会に客として潜入し、男爵や貴族たちから情報を引き出す。これが最も効率的な作戦です」
俺は思わず顔をしかめた。
夜会。
その単語を聞いただけで、背中に蕁麻疹が出そうだ。
ヒラヒラした窮屈な服を着て、不味い飯を食いながら、腹の探り合いをするあの空間。
俺が家を出た理由の半分は、あの腐った貴族の付き合いに反吐が出たからだと言ってもいい。
「断る。冗談じゃねえぞ。俺があんな狸どもの巣窟に行って、愛想笑いなんざできるわけねえだろ」
俺が頑として拒絶すると、それまで黙ってグラスを磨いていたローザが、ぬらりと身を乗り出してきた。
その厚化粧の顔が、至近距離に迫る。
「あらァ、金獅子ちゃん。そんなつれないこと言っていいのかしらァ?」
ローザの視線が、ちらりとミリアに向けられる。
ミリアは何も言わないが、その瞳は期待を込めてじっと俺を見つめていた。
「行ってくれるわよね?」という無言の圧力が、痛いほど伝わってくる。
「ぐッ」
ローザはニヤリと笑い、俺の耳元で悪魔のように囁いた。
「それにねェ……夜会ってことは、当然『正装』が必要よねェ?ミリアちゃんが、煌びやかなドレスに身を包んで、あなたの隣を歩く姿……見たくないのかしら?」
――なんだと?
その言葉は、俺の理性の防御壁を容易く粉砕した。
ドレス姿のミリア。
それをエスコートするのは、当然、俺の役目だ。
アズールなんぞに任せてたまるか。
「……ッタク、分かったよ!行きゃあいいんだろ、行きゃあ!」
俺は盛大に頭を掻きむしり、降参の白旗を上げた。
ローザが「素直でよろしい!」と手を叩き、アズールが「チョロいですね」と小声で呟くのが聞こえたが、無視だ。




