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第38話 Snowman's Family

「ふふ、これでよしと」


わたしたちは、雪山と乾燥地帯の境界にある温泉街『湯煙の宿場』で、束の間の休息を取っていた。

硫黄の匂いと湯気が立ち込める宿の一室。


わたしは机に向かい、記憶が新鮮なうちに『霜巨人の霊峰』での調査記録をまとめていた。

古代の環境維持システムの構造は非常に興味深く、没頭していると時間が経つのも忘れてしまう。


「ついでに、あのゴーレムたちの記録も残しておかないとね」


わたしは新しい羊皮紙を取り出し、羽ペンをインクに浸した。

あの圧倒的な質量。

太陽光を反射して輝く氷の装甲。

そして、無機質がゆえに恐ろしい、顔のない頭部。


特徴は完璧に頭に入っているわ。……よし。


サラサラと羽ペンを走らせる。

わたしのペン先から、あの死闘の記憶が鮮明に蘇っていく。


丸みを帯びた巨大な胴体。その上に乗る、これまた丸い頭部。

両腕は鋭利な氷の刃に変形していたはずだ。その鋭さを表現するために、あえて線を細く、シャープに描く。

そして何より重要なのは、ゴーレムたちの胸部にあった魔力のコアだ。

あれこそが彼らの生命線。わたしはそれを強調するために、顔の真ん中に黒々と、丸を描き入れた。


……うん、完璧ね。


数分後。

そこには、わたしの目から見た「写実的」なゴーレムの姿が描かれていた。


「よし。我ながら特徴を捉えた傑作だわ」


わたしは満足げに頷くと、部屋の隅で武器の手入れをしていた二人を振り返った。


「ねえ二人とも、見て!今回の魔物の記録図解よ」


「ん?もうできたのか」


「仕事が早いですね。どれ、拝見しましょう」


ブレイズとアズールが近づいてきて、わたしの手元の羊皮紙を覗き込んだ。


「…………」

「…………」


二人の動きが、ピタリと止まった。


いつもなら、ここでブレイズは「ギャハハ!なんだこの丸っこい物体は!」と爆笑し、アズールは「対象を極限までデフォルメした高度な抽象画ですね」と困惑しながら無理やりな解釈を始める場面だ。


けれど、今日の二人は違った。

一瞬顔を見合わせた二人の脳裏に、あの雪山での出来事が過ったに違いない。


――リアン様がわたしの絵を見て、『子供たちへの配慮ですね』と感動し、わたしが嬉しそうにしていたあの光景が。


(……笑っちゃダメだ。あの優男みたいに、褒めなきゃなんねえ……!)

(……論理的分析は不要。求められているのは、リアン・オルコットのような「情緒的な肯定」……!)


二人の背中から、そんな悲壮な決意が伝わってくるようだった。

ブレイズが、引きつった笑みを浮かべて口を開いた。


「お、おう……。こいつは……なんてえか……」


ブレイズの視線が、大小のゴーレムを行き来する。


「あー……仲良さそうな……雪だるまの家ぞ……ッ、いや違う!」


ブレイズは慌てて自分の口を手で覆った。

……「雪だるまの家族」って言いかけてるんだけど。

彼は必死に冷や汗を拭いながら、無理やり軌道修正を図る。


「そ、そうだ!あれだ!……優しさ、だな!うん!」


「……優しさ?」


「あ、ああ!あの凶悪なゴーレムを、こんなに……丸っこくて、親しみやすく描くなんてよ。お前の……その、見る人を怖がらせねえようにっていう、深い配慮?みたいなもんが滲み出てるぜ!すげえな!」


ブレイズは親指を立てたが、その笑顔はガチガチに強張っている。


続いて、アズールの番だ。

彼は眉間にしわを寄せ、絵の中の「魔力コア」を凝視した。


「……ええ、兄さんの言う通りです。特にこの……愛らしい『つぶらな瞳』のような黒点の配置」


アズールの指が、ゴーレムの頭部を震えながら指し示す。


「これは……無機物にあえて有機的な表情を与えることで、逆にその『異質さ』や『凶暴性』を際立たせようという、逆説的な表現……ッ、ではなく!」


いつもの批評癖が出そうになり、アズールは激しく首を振った。

そして、深呼吸をして、精一杯の「情緒的なコメント」をひねり出した。


「そ、そうです!繊細さ!ミリアさんの繊細な感性が、氷の冷たさの中に温かみを見出したといいますか……!そう、まるで絵本のような世界観で、恐怖を希望へと昇華させるような……慈愛に満ちた筆致です!素晴らしい!」


「…………」


ゼェゼェと息切れしそうなほど必死に褒めちぎる二人。

けれど、その目は泳ぎまくっているし、額には脂汗が滲んでいる。

明らかに無理をしている。

リアン様のような自然な反応とは程遠い、ぎこちない演技。


わたしは羊皮紙をパタンと裏返し、ジト目で二人を見上げた。


「……ねえ」


「な、なんだ?」

「な、何か問題でも?」


「無理しなくていいわよ」


わたしは椅子を引いて立ち上がる。


「二人が気を使ってくれてるのは分かるけど……なんか、逆に傷つくわ」


「えっ、いや、そんなつもりじゃ……!」

「待ってくださいミリアさん!ボクたちはただ……!」


狼狽える二人を置いて、わたしはタオルと着替えを手に取った。


「もういいわ。お風呂に行ってくる」


「「ミ、ミリア(さん)!」」


わたしは頬を膨らませ、拗ねた足取りで部屋を出て行った。

パタン、と扉が閉まる。


廊下に出た瞬間、わたしは堪えきれずに吹き出してしまった。


「ふふっ……あはは!」


あの二人が、あんなに必死になって「良いコメント」をひねり出そうとするなんて。

不器用すぎる。でも、その不器用さが、どうしようもなく愛おしい。

わたしの絵が下手らしいなのは自覚しているけれど、それでもわたしを喜ばせようと努力してくれた、その気持ちだけで十分だ。


「……さて、温泉でゆっくり温まりましょうか」


わたしは二人の困り顔を思い出してニマニマしながら、大浴場へと向かった。



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