第34話 雪遊び
「では、我々は帝都へ帰還します。……ミリア殿、どうかお元気で」
村の入り口で、リアン様が馬上の人となり、爽やかに敬礼した。
彼が率いる騎士団も整列し、わたしたちに感謝の眼差しを向けている。
「ええ。リアン様も。妹さんにもよろしくね」
「はい!」
彼は一度だけ名残惜しそうに振り返り、やがて号令と共に白銀の列を率いて街道の彼方へと去っていった。
嵐のような戦いを共にした戦友たちとの、短くも温かい別れ。
その背中が見えなくなるまで見送った後、わたしは大きく伸びをした。
「さて……わたしたちも、少し骨休めとしましょうか」
◇
騎士たちが去った後、空からは再び白いものが舞い降りてきた。
しんしんと、音もなく降り積もる牡丹雪。
村全体が、真綿で包まれたような柔らかな静寂に満たされていく。
「……なるほど。この氷の神殿の最奥に見られる幾何学模様は、『冷却』ではなく、むしろ環境維持のための『保存』の記述に近いですね」
村の食堂のテラス席。
アズールは私が羊皮紙に素描した神殿のルーンを指でなぞり、熱っぽく語っていた。
「ええ、そうね。あの神殿自体が、山全体の気候を管理する巨大な魔導装置だったのかもしれないわ」
わたしも熱い紅茶を啜りながら相槌を打つ。
アズールとのこうした知的な会話は、刺激的で楽しい。
けれど――。
「きゃははは!まてー!」
「こっちだぞー!えいっ!」
広場の方から、子供たちの歓声が聞こえてきた。
見ると、村の子供たちが新雪に大はしゃぎしながら、雪玉を作って投げ合っている。
純粋な笑い声。空を飛ぶ白い塊。
その光景が、ふいにわたしの心の琴線に触れた。
「……ねえ、アズール」
「はい、ここの術式の解釈ですが……」
「ちょっと、行ってくるわね!」
わたしはアズールの言葉を遮り、テーブルの上にカップを置くと、テラスから飛び出した。
背後で「あ、ミリアさん!?」というアズールの呆れた声が聞こえたけれど、もう止まらない。
「あ、お姉ちゃんだ!」
「いくぞー!攻撃だー!」
子供たちの輪に飛び込むと、容赦ない雪玉の洗礼が飛んできた。
わたしは笑いながらそれをひらりと躱し、素手で雪を掬い上げる。
冷たい。でも、楽しい。
記憶のないわたしには、こんな風に無邪気に遊んだ思い出がない。
だからこそ、今、この瞬間がたまらなく愛おしく、輝いて見えた。
「えいっ!」
「わあ!お姉ちゃん強い!」
子供たちと雪まみれになって笑い合っていると、ふと視線を感じた。
見上げると、宿屋の二階の窓が開いている。
そこに、頬杖をついたブレイズがいた。
彼は、雪合戦に興じるわたしを、ただじっと見つめていた。
いつもの、獲物を狙う猛獣のようなギラついた目ではない。
穏やかで、温かく、そしてどこか眩しそうな瞳。
まるで、愛しい家族の安らぎを見守る父親のような――あるいは、世界で一番大切な宝物を慈しむような、そんな表情。
「……ッ」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
不意打ちだ。
そんな顔をするなんて、ずるい。
ただ見られているだけなのに、身体の奥が熱くなり、どうしようもなく気恥ずかしさが込み上げてくる。
顔が赤いのは、寒さのせいだけじゃない。
恥ずかしい。
こんな無防備なところを見られているのも、彼がそんな風にわたしを慈しんでいるのも、全部。
わたしは足元の雪をぎゅっと固めた。
このドキドキを誤魔化すには、これしかない。
「えいっ!」
わたしは照れ隠しの掛け声と共に、二階の窓へ向かって雪玉を放った。
狙いは正確無比。
バフッ!!
「ぶっ!?」
雪玉は見事にブレイズの顔面に直撃し、砕け散った。
穏やかな表情だった「金獅子」の顔が、真っ白な雪で埋め尽くされる。
「…………」
時間が止まる。
広場の子供たちも、テラスのアズールも、一斉に動きを止めて二階を見上げた。
ブレイズはゆっくりと、顔面に張り付いた雪を大きな手で無造作に拭い取った。
その下から現れたのは、先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わった、ニヤリと吊り上がった口元。
いつもの獰猛な笑みだった。
「……へえ。いい度胸じゃねえか、ミリア」
ブレイズが窓枠に手をかけ、身を乗り出した。
まさか――。
「俺に喧嘩を売るってことがどういうことか……その身体に教えてやるよッ!!」
ドォォォンッ!!
ブレイズが二階の窓から直接、雪原へと飛び降りた。
着地の衝撃で雪煙が舞い上がる。
驚異的な身体能力に、子供たちが目を丸くして歓声を上げる。
「ちょっ、ブレイズ!?大人げな……きゃっ!」
言いかけたわたしの顔スレスレを、豪速球の雪玉が通過した。
風切り音が聞こえるほどの威力だ。
本気だ。この男、子供の遊びに本気になっている。
—―面白い!
わたしの中の負けん気がうずうずとはしゃぎだす。
「逃がさねえぞ!覚悟しな!」
「あははっ!望むところよ!」
わたしは身を翻し、雪原を駆け出した。
背後から、砲弾のような雪玉の連射が迫る。
わたしも負けじと雪を掬い、振り返りざまに応戦する。
「待てコラァ!」
「捕まるもんですか!」




