表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/42

第30話 霜巨人

雲海を見下ろす天空の祭壇。

どこまでも澄み渡る蒼穹の下、氷で彫刻された巨大な神殿が、威圧的にそびえ立っている。

わたしたちはついに『霜巨人の霊峰』の頂へと辿り着いたのだ。


そして、その神殿の入り口を塞ぐようにして、「守護者」が鎮座していた。


「……デカいな」


ブレイズが口元を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべる。

彼の視線の先にあるのは、神殿の柱ほどもある巨体を持った、氷のゴーレムだ。

全身が透き通るような魔力を帯びた氷で構成され、太陽の光を反射して眩い光を放っている。


その頭部には目も、鼻も、口もない。

ただ滑らかな氷の曲面があるだけの、のっぺらぼう。

感情も意思も読み取れない無機質な「顔」が、わたしたちを見下ろしていた。


ルォォオオオオオッ!!!


突如、顔のない巨体から、空気を震わせる咆哮が放たれた。

音の衝撃波だけで吹き飛ばされそうになる。

氷河が軋み、雪崩が起きる音を凝縮したような、自然の脅威そのものの轟き。


「総員、盾を構えろ!防御陣形だ!」


リアン様が指示を出し、騎士たちが慌てて盾を並べる。

彼らの顔色は蒼白だ。無理もない。

これほどの質量の暴力を前にして、足が震えない方がおかしい。


騎士たちが決死の覚悟で剣を抜こうとした、その時だった。


「――下がってな、優男」


ブレイズが、リアン様の肩を乱暴に掴んで制止した。

その背中には、大剣『大地割り』が担がれている。


「こっから先は、テメェらが足を踏み入れていい領域じゃねえ。怪我したくなかったら、特等席で震えて見てな」


「ブ、ブレイズ様……!しかし!」


「聞こえませんでしたか?邪魔だと言っているのです」


アズールが冷ややかな声で追い打ちをかける。

彼は杖『蒼天詠み』を構え、ゴーレムを見据えたまま、振り返りもしない。


「あの質量、あの魔力密度。今の消耗したあなたたちが挑めば、確実に全滅です。生存戦略として最も有効なものは、ボクたちの視界から消えることです」


突き放すような物言い。けれど、そこには「無駄死にするな」という、彼らなりの不器用な配慮が含まれている。

わたしはリアン様に向き直り、静かに、けれど有無を言わせぬ調子で告げた。


「そういうことよ、リアン様」


わたしは双剣『流星刃』と『星屑』を抜き放ち、二人の騎士の間に立った。


「ここから先は、わたしたちの問題。あなたたちは手を出さないで」


「ミリア殿……」


「安心して。わたしの騎士たちは、最強よ」


わたしが自信満々に微笑むと、リアン様は悔しげに唇を噛み、やがて深く頭を下げた。


「……ご武運を!」


騎士たちが後退したのを確認し、わたしは前を向いた。

三人の視線が、巨大な氷像へと集中する。


オオオオオオオッ!!


ゴーレムが再び咆哮した。

共鳴するように、天井から無数の巨大なつららが形成され、槍の雨となって降り注ぐ。


回避不能な広範囲攻撃。けれど、アズールは杖を掲げ、冷静に空を見上げた。


「『氷の蔦よ』!」


彼が魔力を解き放つと、地面から蛇のような氷の蔦が無数に伸び上がり、落下してくるつららを空中で次々と絡め取った。

ガギギギッ!と氷が砕ける音が響くが、わたしたちのもとに届く破片はない。


「兄さん!」

「おうよッ!」


ブレイズが地面を蹴り、爆発的な加速でゴーレムへと肉薄する。

対するゴーレムは、丸太のように太い右腕を振り上げた。

その先端が、瞬時に鋭利な氷の大剣へと変形する。


ギィィィィンッ!!


ブレイズの大剣と、ゴーレムの氷剣が正面から激突した。

火花と氷片が飛び散り、大気が悲鳴を上げる。

凄まじい衝撃波が広がるが、ブレイズは一歩も引かない。


「へっ、重てえな!」


ブレイズが剛力で氷の腕を押し返そうとした瞬間、ゴーレムの左腕が音もなく変形し、横薙ぎに迫った。

死角からの強烈な一撃。


「させません!氷よ!」


アズールの杖が閃く。

ブレイズの側面に、分厚い氷の障壁が瞬時に生成された。


ガギィィィンッ!


氷の刃が障壁に食い込み、その勢いが殺される。


「ナイスだ、アズール!」


ブレイズはニヤリと笑うと、全身の筋肉を膨張させた。

気合一閃。

彼は正面の右腕を強引に押し返し、ゴーレムの体勢を大きく崩させた。

無防備になった懐。

巨大な胴体ががら空きになる。


「さあ、道は開けましたよ、ミリアさん!」


二人が作った、一瞬の隙。

わたしはそのわずかな空間を縫うように、滑り込んだ。


「はぁッ!」


右手の『流星刃』が煌めく。

狙うは、右腕の関節部分。硬い氷の装甲が薄くなっている一点。

わたしは踊るように回転し、遠心力を乗せた刃を一閃させた。


パキンッ!


乾いた音が響き、ゴーレムの巨大な右腕が半ばから切断され、轟音と共に地面に落ちた。


「やったか!?」


リアン様の叫びが聞こえる。

けれど、わたしたちは誰一人として警戒を解いてはいなかった。

目の前の怪物は、生物ではない。ただの自動人形だ。


ズズズズ……。


切断された肩口から、周囲の雪や氷が吸い寄せられるように集まっていく。

そして数秒もしないうちに、元通りの腕が再生された。

傷一つない、完全な修復。


「……チッ。やっぱそうなるかよ」


「核を破壊しない限り、無限に再生するようですね。厄介な」


ブレイズとアズールが舌打ちをする。

わたしたちが攻めあぐねていると、再生したゴーレムが、今まで以上に大きく仰け反った。

その胸板の奥で、青白い光が脈動を始める。


ィィイイイイイイッ――!!!


咆哮。

いや、それは声というより、魔力の爆発だった。

地面が波打つように隆起する。

神殿の床を突き破り、無数の氷塊が這い出してくる。


ズ、ズ、ズ、ズ、ズ……。


現れたのは、大人より一回り小さいサイズの、無数の氷の兵士たちだった。

その数、数十体。

本体と同じのっぺらぼうの顔が、一斉にわたしたちの方を向く。


「……ハッ。ただのデカブツ退治じゃ終わらせねぇってか」


「増援を呼ぶとは、小賢しい真似を」


ブレイズが大剣を構え直し、アズールが杖に魔力を込める。

わたしも双剣を握り直し、不敵に微笑んだ。


「蹴散らすわよ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ