第29話 もどかしさと優しさと
「痛むけれど、我慢して下さいね。……すぐに楽になるわ」
雪オオカミの群れを退けたわたしたちは、リアン様の提案で、風をしのげる岩場の窪地へと移動した。
戦いは終わったけれど、騎士団の被害は決して小さくない。
わたしたちはすぐに、怪我人の手当てに取り掛かった。
わたしはアズールが用意してくれた特製の軟膏を、若い騎士の腕の裂傷に塗り込み、手際よく包帯を巻いていく。
この軟膏には鎮痛成分と止血効果のある薬草が練り込まれているらしい。
痛みに歪んでいた騎士の顔が、少しずつ和らいでいく。
「あ、ありがとうございます、ミリア殿……!」
「お礼はいらないわ。あなたたちが後ろを守ってくれたおかげで、わたしたちは気兼ねなく戦えたのよ」
わたしは微笑んで、次の負傷者の元へ向かう。
ふと見ると、わたしの騎士たちも、彼らなりのやり方で動いていた。
「おい、ぐらついてんじゃねえぞ。ほらよ」
ブレイズは、足を怪我して動けない大柄な騎士を、まるで荷物でも運ぶかのように軽々と肩に担いで運んでいる。
扱いこそ雑だが、その身体を冷たい雪の上に放置しないよう、マントを敷いて寝かせるなどの配慮を見せている。
一方、アズールはといえば。
「軟弱ですね。その程度の切り傷で悲鳴を上げるとは」
彼は冷ややかな視線で騎士を見下ろしながら、手際よく軟膏を塗りたくり、氷魔術で患部を冷却している。
「痛覚を麻痺させました。これなら移動に支障はないでしょう」
言葉は冷たいけれど、その手つきは驚くほど丁寧で無駄がない。
一通りの処置が終わり、焚き火の暖かさが窪地を満たし始めた頃。
リアン様が、青白い顔でわたしの元へやってきた。
「ミリア殿。手当てのご協力、感謝に堪えません。……後は我々で見張りを立てますので、皆様はどうかお休みください」
自分も満身創痍のはずなのに、彼は責任感だけで立っているようだ。
わたしは呆れて首を振った。
「ダメよ。あなたたちが休んでちょうだい」
「し、しかし!民間の方々に戦わせて、見張りまでさせるわけには……!」
「あら。この雪山で遭難しないためには、元気な案内人が必要不可欠なのよ?ここであなたに倒れられては、わたしたちが困るわ」
わたしはあくまで「自分たちのため」という体で、いたずらっぽく微笑んでみせた。
背後から頼もしい援護射撃が入る。
「そうだぜ、優男。お前らがフラフラしてちゃ、足手まといなだけだ。大人しく寝とけ」
「ええ。我々は体力にも魔力にも余力があります。効率を考えるなら、消耗したあなたたちが回復に専念すべきだ」
ブレイズとアズールが、それぞれ焚き火に薪をくべながら言葉を投げる。
その不器用な優しさに、リアン様は目を見開き、やがて感極まったように深く頭を下げた。
「……かたじけない。お言葉に甘えさせていただきます」
◇
騎士たちが眠り、静寂が訪れた窪地の入り口でわたしたちは焚き火を囲み、温かいスープを啜っていた。
パチパチと爆ぜる火の粉を見つめながら、わたしはクスクスと笑った。
「なんだよ。気持ち悪いな」
「何かおかしなことでも?」
怪訝な顔をする二人に、わたしは肩をすくめてみせた。
「ううん。ただ……二人とも、いつになく優しいなと思って」
わたしがそう言うと、二人はあからさまに嫌そうな顔をした。
「はあ?勘違いすんな。俺はアイツらが邪魔にならないようにしただけだ」
「同感です。彼らが全滅すれば、ボクたちが道に迷うリスクが高まりますからね。あくまで損益計算の結果です」
「ふふ、素直じゃないわねぇ」
不機嫌そうに顔を背ける二人。
けれど、その根底にあるのは、強き者が弱きを守るという矜持と、懸命に生きる者への敬意だ。
そんな彼らの不器用な優しさが、たまらなく愛おしい。
ふと視線を包帯だらけの騎士たちに向けると、胸の奥がチクリと痛んだ。
薬を塗り、包帯を巻くことしかできない自分の手が、もどかしい。
わたしは自分の手のひらを見つめながら、ぽつりと漏らした。
「わたしに宿る『治癒の力』……。あれが、いつでも自分の意思で使えたらいいのに」
あの白銀の光があれば、彼らの傷なんて一瞬で治せるはずだ。
ブレイズやアズールを救った時のように。
そうすれば、彼らが痛みに呻くこともないのに。
そう思った瞬間だった。
「ふざけんなッ!!」
「ダメですッ!!」
二人の怒号が重なり、わたしは驚いて顔を上げた。
ブレイズがわたしの手首を強く掴み、アズールが目の前に迫っていた。
二人の瞳には、真剣な怒りと、深い焦燥が宿っている。
「ミリア、二度と言うな。……あんな力、二度と使うんじゃねえ」
ブレイズが、わたしの手首を握る力を強める。痛いくらいだ。
「あれはお前の命を削るもんだ。俺たちを助けるために、お前がどれだけ消耗したか……俺たちが忘れたとでも思ってんのか!?」
彼は自分の胸にある、大きな傷跡を強く押さえた。
わたしが彼を救った時に残った、消えない傷。
「同感です。他人の傷を治すために、あなたが傷つく必要などありません」
アズールもまた、悲痛な表情で訴える。
ローブの胸元を押さえる手は、その下の傷跡をなぞるようだ。
「ボクたちは、あなたが笑っていてくれればそれでいい。……誰かのためにあなたがすり減るくらいなら、そんな奇跡などない方がいい」
二人の必死な形相に、わたしは言葉を失った。
彼らは分かっているのだ。わたしの力が、ただの便利な魔法ではなく、命の譲渡であることを。
そして、わたしが傷つくことを、誰よりも恐れている。
「……ごめんなさい。軽率だったわ」
わたしが謝ると、二人はバツが悪そうに手を離し、視線を逸らした。
「……分かればいい」
「約束してください。自分を犠牲にするような真似はしないと」
焚き火の明かりに照らされた二人の横顔は、怒っているようにも、泣き出しそうにも見えた。
その重すぎる愛に守られていることを噛み締めながら、わたしは静かに頷いた。




