第28話 無双〈リアン視点〉
「総員、隊列を崩すな!盾を構えろ!!」
猛吹雪の轟音に負けじと、私は声を張り上げた。
視界は白一色。その白い闇の中から、青白い眼光が無数に浮かび上がっていた。
グルルルゥ……。
雪オオカミの群れだ。
麓で遭遇したようなはぐれ者ではない。統率された、三十頭を超える大規模な群れ。
彼らは吹雪を味方につけ、波状攻撃を仕掛けてきていた。
「来るぞ!氷のブレスだ!防げッ!」
部下たちが大盾を構える。
直後、白い奔流が盾の壁に叩きつけられた。
ジュワッ、と空気が凍る音がして、鋼鉄の盾が一瞬で分厚い氷に覆われる。
「ぐぅッ……!重い……!」
「隊長、盾が持ちません!このままでは凍りつきます!」
部下たちの悲鳴が上がる。
正規の騎士である我々の装備は、決して粗悪なものではない。だが、この極寒の地と、魔力によって強化されたブレスの威力は、想定を遥かに超えていた。
防戦一方だ。
だが、このまま死を待つわけにはいかない。
私の脳裏に、ミリア殿が描いてくれた(いささか可愛らしすぎたが)図解が過った。
『奴らの弱点はここ。この牙が冷気を圧縮しているの』
「怯むな!奴らのブレスを封じるには、あの『氷の牙』を砕くしかない!」
私は喉が裂けんばかりに叫び、指示を飛ばした。
「盾隊、構えを維持しつつ槍を通す間隙を作れ!槍隊、その隙間から正確に口腔を狙え!牙をへし折るんだ!」
「「はッ!!」」
私の号令に、部下たちが呼応する。
凍りついた盾の列が、呼吸を合わせてわずかに開く。その一瞬の隙間から、後列に控えていた槍部隊の鋭い穂先が突き出された。
ガキンッ!!
硬質な音が響き、先頭にいた数匹のオオカミの口元から氷の破片が飛び散る。
狙い違わず牙を破壊された個体が、行き場を失った冷気に喉を詰まらせて悶絶し、雪崩れるように倒れ込んだ。
「よし、効いているぞ!畳み掛けろ!」
一時的に攻勢に出る。だが、視界の悪さと足場の悪さが、我々の追撃を鈍らせる。
倒しても倒しても、吹雪の奥から新たな青白い瞳が現れるのだ。
防ぎきれなかった冷気が、部下たちの手足を凍てつかせていく。
ジリジリと後退を余儀なくされる戦線。
このままでは全滅する。
「くそっ……!」
私は剣を振るい、飛びかかってきた一匹を切り伏せる。
だが、斬ったそばから次の二匹が現れる。
このままでは、ジリ貧だ。いずれ陣形が食い破られる。
「うわあっ!?」
右翼の方で悲鳴が上がった。
見ると、入団したばかりの若い騎士が足元の雪に足を取られ、体勢を崩している。
そこへ、一際巨大な雪オオカミが、好機とばかりに飛びかかろうとしていた。
「させるかッ!!」
私は雪に足を取られながらも割って入り、剣を振るった。
オオカミの爪を剣の腹で受け止める。
ガキンッ!という重い衝撃が走り、腕が痺れた。
「ガアアアッ!!」
受け止めるのが精一杯だ。すぐさま別の個体が、無防備になった私の横腹を狙って口を開ける。
喉奥に圧縮された冷気が見える。
至近距離からのブレス。今の体勢では躱せない。
死を覚悟し、奥歯を噛み締めた、その時――。
「――どいてな、優男!」
鼓膜を揺さぶるような咆哮と共に、暴風のような黄金色の塊が、私の横を駆け抜けた。
ドゴォォォォンッ!!
爆発音のような衝撃音が響き、私を狙っていたオオカミが消し飛んだ。
真上から振り下ろされた巨大な鉄塊によって、頭から尾まで、文字通り一刀両断にされたのだ。
そこには、身の丈ほどもある巨大な大剣を軽々と振り抜いた姿勢のまま、不敵に笑う「金獅子」の姿があった。
「へっ。群れてなきゃ吠えられねえのか、犬っころどもが!」
ブレイズ様は咆哮し、そのままオオカミの群れの中へと突っ込んでいった。
大剣が一閃されるたびに、雪オオカミたちが紙屑のように吹き飛び、空中で霧散していく。
その戦いぶりは、騎士の剣術などという枠には収まらない。
まさに、嵐。暴力的なまでの「個」の力。
「野蛮ですね。もう少しスマートに処理できないのですか?」
涼やかな声が響いた。
アズール様だ。彼が優雅に杖を振るった瞬間、私たちの周囲を取り巻く風の流れが激変した。
「『風よ』、巡りて牙を逸らせ」
目に見えない風の壁が出現し、殺到するブレスの軌道を強引にねじ曲げる。
さらに、逃げ遅れた部下たちの前に、分厚い氷の障壁が一瞬で生成され、直撃を防いだ。
攻撃を防ぐだけではない。彼は風を操り、ブレス同士を衝突させ、風圧で敵の足を止めている。
戦場全体を俯瞰し、支配する、完璧な魔術制御。
そして、その中を、一筋の赤い流星が駆ける。
「そこ!」
ミリア殿だ。
彼女はブレスを吐こうと大きく口を開けたオオカミの懐に、恐れることなく飛び込んだ。
舞うようなステップ。
雪の上を滑るように駆け抜けながら、すれ違いざまに双剣を閃かせる。
ヒュンッ。
ただそれだけの音。
ブレスを吐く暇さえ与えられず、オオカミたちの喉笛が切り裂かれ、鮮血の花が雪原に咲く。
一撃必殺。
無駄のないその動きは、残酷なまでに美しく、そして洗練されていた。
「……信じられない」
私たちが命がけで防戦していた魔物の群れが、たった三人によって蹂躙されていく。
ブレイズ様が正面から粉砕し、アズール様が魔術で場を制圧し、その隙間をミリア殿が慈悲のない刃で刈り取っていく。
これが、彼らの実力。
私が憧れ、守りたいと願った女性は……私が守るまでもなく、この修羅たちと共に戦場を駆ける、気高き戦士だったのだ。
圧倒的な蹂躙劇に、思考が止まりかけた。だが、ただの観客でいるわけにはいかない。
「呆けている暇はないぞ!彼らが切り開いた活路を無駄にするな!撃ち漏らしは全て我々が引き受ける!」
私は剣を構え直すと、雪を蹴って前に出た。
「シッ!」
飛びかかってくるオオカミの軌道を冷静に見切り、最小限の動きで躱す。すれ違いざま、ミリア殿の教え通り、魔力の核である「氷の牙」を横薙ぎに打ち砕いた。
魔力の逆流を起こし、たたらを踏むオオカミの脳天に、追撃の刃を突き立てる。
「今だ、囲め!一匹たりとも逃がすな!」
「「おおおおっ!!」」
私の檄に、部下たちが吼える。
我々は盾を並べ、槍を突き出し、三人の死角を埋めるようにして残敵を確実に仕留めていく。
彼らと我々は共に戦場を駆ける、頼もしき戦友となったのだ。




