第26話 支援
カーテンの隙間から差し込む日差しが、まどろむ意識を優しく撫でた。
昨夜の嵐のような激しさが嘘のように、部屋の中は穏やかな朝の空気に満ちている。
「……んぅ」
「よう。起きたか、寝坊助」
大きな手が、わたしの頭をポンポンと優しく撫でた。
ブレイズだ。
昨夜の獣のような荒々しさはどこへやら。今の彼は、日向ぼっこをする大型犬のように穏やかだ。
そのギャップに戸惑っていると、反対側から芳しい香りが漂ってきた。
「おはようございます、ミリアさん。喉が渇いたでしょう?特製のハーブティーを淹れましたよ」
アズールが、湯気の立つカップを差し出してくる。
その表情もまた、憑き物が落ちたように晴ように清らかで、昨夜わたしを執拗に求めた男と同一人物とは思えない。
二人とも、一晩かけて思う存分わたしを愛し尽くし、独占欲を満たしてすっかり満足したらしい。
「ん……ありがとう……」
わたしは二人の好意に甘え、少しだけ気怠げに身を起こした。
するり、とシーツが滑り落ちる。
「っ!?」
露わになった自分の身体を見て、わたしは息を呑んだ。
肌のいたるところに、赤い花びらのような痕が散っている。
鎖骨、胸元はもちろん、二の腕や手首、あろうことか首筋の目立つ場所にまで。
昨夜、二人が競うように吸い付き、噛み付いた「所有の証」だ。
「ちょっと二人とも!なによこれ!」
わたしは慌てて手で首筋を隠し、二人を睨みつけた。
「こんな目立つところにまで!これじゃあ外を歩けないじゃない!」
「ああん?別にいいじゃねえか。俺たちの女だって一目で分かって都合がいい」
ブレイズが悪びれもせず、ニカっと笑う。
「ええ。それに、この極寒の地です。厚手のコートを着て襟を立てれば、外からは見えませんよ」
アズールも涼しい顔で、コートを差し出してくる。
反省の色など欠片もない。むしろ、「よくやった」と互いの戦果を称え合っているような雰囲気さえある。
「……ほんと、信じられない」
わたしは呆れてため息をつき、シーツを引き上げた。
けれど、キスマークだらけの自分を見ても、不思議と嫌な気分にはならなかった。
むしろ、身体の深くに刻まれた彼らの熱が、わたしを守る鎧のように感じられて――。
わたしは口元が緩むのを隠すように、カップに口をつけた。
◇
コートの襟を立て、さらにスカーフを巻いて完全防備し、わたしたちは騎士団の詰所を訪れた。
木造の簡素な建物の中では、騎士たちが慌ただしく動き回っている。
「――では、引き続き村の周辺を警戒。……おや?」
部屋の奥で、地図を広げて部下たちに指示を出しているリアン様を見つけた。
彼はわたしたちに気づくと、驚いたように顔を上げた。
「ミリア殿!おはようございます。昨夜はゆっくり休めましたか?」
爽やかな笑顔。
わたしは少し気まずさを覚えつつも、努めて平静を装って挨拶を返した。
「おはようございます、リアン様。ええ、おかげさまで」
「ああ、それは良かっ……た……」
リアン様の言葉が、不自然に途切れた。
彼の視線が、わたしに釘付けになっている。
一晩中、二人の男に愛され、心身ともに満たされた直後。
今のわたしは肌が内側から発光するように艶めき、その雰囲気には隠しきれないアンニュイな色気が漂っているのだろう。
それに、昨晩声を出しすぎたせいで、わたしの声は少しだけ枯れて、ハスキーな響きを帯びていた。
「ミリア、殿……?なんだか、昨日よりも……その……」
リアン様は頬を染め、吸い寄せられるように無意識に一歩、わたしに近づこうとした。
その瞬間。
バッ!!
「……おい。朝から人の女に見惚れてんじゃねえよ」
「学習能力がありませんね。気安く近寄らないでいただけますか」
昨日のデジャヴのように、ブレイズとアズールがわたしの前に立ちはだかった。
二人の背中からは、「俺たちの女に手を出すな」という強烈な殺気が立ち上っている。
その壁に阻まれ、リアン様はハッと我に返った。
「あ、い、いえっ!失礼しました!あまりに雰囲気が違っていて、つい……!」
リアン様は真っ赤になって頭を下げた。
ブレイズとアズールが「へっ」「当然です」と勝ち誇った顔をしているのを、わたしはやれやれと見守るしかなかった。
◇
「実は、わたしたちの目的地も、その『霜巨人の霊峰』の山頂なの」
わたしは地図の上の一点を指差して、切り出した。
リアン様が驚いたように目を瞬かせる。
「ミリア殿もですか?しかし、今の山は危険です。正規の騎士団でさえ足止めを食らっている状況で、民間の方々を巻き込むわけには……」
「だからこそよ」
わたしは言葉を遮り、目配せをした。
ドスン、ドスン。
ブレイズの手によって、リアン様の前の机に木箱が積み上げられていく。
中身は、極寒地仕様の保存食や、凍傷に効く軟膏、そして魔力で暖を取れる携帯用の魔導具だ。
「こ、これは……?」
「補給物資の提供よ。騎士団の方々も、長引く対峙で物資が不足しているでしょう?」
アズールの完璧すぎる準備が、ここで役に立った。
わたしはにっこりと微笑み、提案を続ける。
「わたしたちは、多少なりとも腕に覚えがあるわ。わたしたちが同行して魔物の露払いをすれば、騎士団の皆さんも調査に集中できるはず。……どうかしら?」
リアン様は迷うように視線を彷徨わせたが、積まれた物資と、部下たちの疲弊した顔を見て、やがて決心したように頷いた。
「……感謝します。貴女方の実力は昨日拝見しました。そのお力、頼りにさせていただきます」
交渉成立だ。
わたしはホッと胸を撫で下ろし、さらに話を詰めることにした。




