第24話 提案
「リアン様が言うには、山の天気が荒れ始めたのと、魔物たちが凶暴化したのは、ほぼ同時期だったそうよ。まるで、何者かが山頂の『何か』を目覚めさせたみたいにね」
わたしは真剣に情報を伝えているつもりだった。
けれど、目の前の二人の反応は、予想とは少し違っていた。
「……おい、ミリア」
ブレイズが低い声で唸り、スプーンをガチャンと置いた。
その瞳の奥で、メラメラと嫉妬の炎が燃え上がるのが見える。
「お前、いつの間にあの優男とそんなに親しくなったんだ?」
「奇遇ですね。ボクも同意見です」
アズールが、氷のような微笑みを浮かべている。
その目は全く笑っていない。
「情報収集に行ったはずが、随分とあの騎士と親密にお話しされたようですね?『リアン様』呼びですか……。ボクたちが寒空の下で駆けずり回っている間に、教会で愛を育んでいたわけですか?」
「はあ……?」
二人の瞳から、隠しきれない嫉妬のオーラがどす黒く立ち上っている。
左右から射抜かれる、敵意剥き出しの視線。
その矛先はわたしではなく、ここにいないリアン様に向けられていた。
「違うわよ、ただの情報交換だって言ったでしょう?それに、彼は子供たちの面倒を見ていて……」
「へえ、子供好きアピールかよ。気に食わねえ野郎だ」
「爽やかな好青年を演じてミリアさんの警戒を解くとは……。あの男、見た目以上に狡猾な策士かもしれませんね」
「もう……二人とも、気にしすぎよ」
わたしは呆れてため息をつきつつ、二人に聖母のような微笑みを向けた。
けれど、二人の表情は晴れない。ブレイズはふんっと鼻を鳴らし、アズールは疑り深そうに目を細めている。
やれやれ、このままでは話が進まないわね。
わたしは話題を強引に本題に戻すことにした。
「それでね、提案があるの。騎士団の調査隊と協力して、山頂を目指すのはどうかしら?」
「はあ!?」
「却下です」
二人の声が重なった。予想通りの拒絶反応だ。
「冗談じゃねえぞ。なんで俺たちが、あんな軟弱な連中の子守りをしなきゃなんねえんだ。足手まといなだけだろ」
「同感です。それに……あの男と行動を共にするなど、精神衛生上極めてよろしくない。ストレスでボクの胃に穴が開きます」
二人は露骨に嫌そうな顔をして、腕を組んだ。
まあ、そう言うと思ったわ。
けれど、わたしは人差し指を立てて、諭すように言葉を続けた。
「よく考えてみて。これは合理的な取引よ」
わたしは二人の顔を交互に見ながら、理詰めで説得を試みる。
「今の騎士団は雪オオカミの群れに阻まれて、調査どころじゃないわ。そこで、わたしたちの出番よ」
わたしはブレイズの腕に手を置いた。
「雪オオカミの群れなんて、あなたにかかれば恐るるに足りないでしょう?圧倒的な力を見せつけて信頼を得るの」
ブレイズの眉がピクリと動く。自分の力を頼りにされることは、彼にとって満更でもないはずだ。
続けて、アズールに向き直る。
「その代わり、彼らには道案内をしてもらうの。彼らは正規の調査隊だから、山の地理や安全なルートのデータを持っているはずよ。未踏の雪山を闇雲に進むより、彼らを利用した方が遥かに効率的だと思わない?アズール」
「……む」
「効率」という言葉に、アズールが反応した。
彼は不本意そうに唇を尖らせながらも、頭の中で計算を始めているようだ。
「……確かに。吹雪の中でのルート探索にかかるコストを考えれば、彼らをガイドとして利用するのは理に適っていますね。……悔しいですが」
「へっ。まあ、俺は暴れられる分にゃあ文句はねえ。あの優男に、格の違いってやつを見せつけてやるのも悪くねえか」
二人は渋々といった様子ながらも、わたしの提案を呑んでくれた。
ふふ、ちょろい……いいえ、素直で助かるわ。
わたしはホッと息をつくと、今度はわざとらしく身体を震わせてみせた。
「ふふ、よかった。……それにしても、今日の調査ですっかり身体が冷えちゃったわ」
わたしは上目遣いで二人を見つめ、テーブルの下で、そっと二人の太ももに手を這わせた。
「……あ?」
「ミリアさん?」
きょとんとする二人に、意味深な視線を送る。
「だから……今夜は二人で、たっぷりと『温めて』くれないかしら?」
わたしの言葉の意味を理解した瞬間、二人の表情が一変した。
不機嫌な子供のような顔から、獲物を前にした雄の顔へ。
ブレイズの口元がニヤリと吊り上がり、アズールの瞳に暗い情欲の色が灯る。
「上等だ。朝まで離してやらねえから覚悟しとけよ」
ブレイズがわたしの手をガシッと握り返す。その手は火傷しそうなほど熱い
「……仰せのままに、女王陛下」
アズールもまた、わたしの指に自身の指を絡めてくる。
「ボクの全てを使って、貴女の芯まで熱で満たして差し上げます。あの騎士のことなど、考えられなくなるくらいにね」
さっきまでの不機嫌さが嘘のような、単純で分かりやすい反応。
そんな彼らが愛おしくて、わたしはこらえきれずにクスリと笑みをこぼした。
「ふふ。期待しているわ、わたしの騎士様たち」




