第23話 親交
今の彼は重厚な白銀の鎧を脱ぎ、生成りのシャツに革のベストという、年相応の青年の格好をしていた。
腰から剣を下げ、柔らかな髪をサイドへと流したその姿は、鎧を着ていた時の凛々しさとは違う、穏やかな雰囲気を纏っている。
彼はわたしを見ると、またしても時間が止まったように目を見開き、頬を赤らめた。
「ミリア殿。……このような場所で再会するとは、驚きました」
「ええ、わたしも。……リアン様も、お祈りに?」
「いえ、任務の合間の息抜きですよ。ここに来ると、心が落ち着くんです」
彼は恥ずかしそうに頬をかきながら、わたしの隣に並んでステンドグラスを見上げた。
「帝都の正教会とは違うでしょう?この地方では、太陽神ソラリスよりも古くから、この『霊峰』そのものを神として祀っているんです」
「山の、神……」
「ええ。山は厳しい寒さと吹雪をもたらしますが、同時に春の雪解け水で大地を潤してくれる。……村の人々にとって祈りの対象とは、すぐ側にある山そのものなのでしょう」
彼の横顔は穏やかで、帝国の騎士でありながら、この土地の信仰を尊重している誠実さが伝わってくる。
「リアン兄ちゃん!!」
その時、奥の部屋から子供たちがドタドタと駆け寄ってきた。
「ねえねえ、剣の稽古つけてよ!」
「お話し読んでー!」
数人の子供たちが、リアン様の腕や足にまとわりつく。
彼は「待て待て」と困ったように笑いながらも、その手つきはとても優しい。
「ごめんな、みんな。この後すぐに見回りの任務があるんだ。遊ぶのは、また後でな」
「えーっ!約束だよ!」
子供たちは名残惜しそうにしながらも、リアン様に頭を撫でられて嬉しそうに奥へと戻っていった。
「ふふ。子供たちに好かれているのね」
「い、いや……お恥ずかしい限りです。彼らの相手をしていると時間を忘れてしまって」
リアン様は照れくさそうに頭を掻いた。
ブレイズの豪快さや、アズールの計算高さとは違う、真っ直ぐな善良さ。
その笑顔は、春の日差しのように屈託がない。
わたしも思わず笑顔を返す。
彼は再び顔を赤らめ、ふと、真剣な眼差しでわたしに向き直った。
「……ミリア殿。失礼を承知でお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何かしら?」
彼は少し言い淀んでから、意を決したように口を開いた。
「なぜ、貴女のような方が……あのような荒々しい方たちと、旅をされているのですか?」
「え?」
「元騎士団長のブレイズ様も、賢者のアズール様も、帝国屈指の実力者です。……ですが、貴女のような……美しく、気高い女性が身を置くには、彼らの隣はあまりに過酷すぎるのではありませんか?」
リアン様は、わたしの身を案じるように眉を寄せた。
「貴女のその気品、そして子供たちに向ける優しい眼差し……。貴女には、もっと穏やかで、安全な場所が似合うのではないですか?」
彼の言葉には、下心というよりは、純粋な心配と、少々のわたしへの理想の押し付けが含まれていた。
彼は本気で、わたしがブレイズたちに無理やり連れ回されているのではないかと心配してくれているのだ。
その真っ直ぐな優しさが、痛いほど伝わってくる。
わたしは苦笑して、ステンドグラスの蒼い星を見上げた。
「ありがとう、リアン様。わたしのことを心配してくださっているのね」
「は、はい!その……放っておけないと言いますか……」
「でもね」
わたしはステンドグラスの山の神を見上げ、脳裏に浮かぶ二人の顔を思い浮かべた。
酒場でジョッキを空けているであろう「獅子」と、詰所で眉をひそめて書類を読んでいるであろう「狼」。
「ああ見えて、あの二人はとても頼りになるのよ」
わたしは心からの信頼を込めて言った。
「乱暴で、理屈っぽくて、手がかかる人たちだけれど……。わたしの背中を預けられるのは、彼らしかいないの」
「……そうですか」
リアン様は少しだけ寂しそうに目を伏せ、それから小さく頷いた。
「……余計なことを申しました。貴女がそこまで信頼されているのであれば、わたしが口を挟むことではありませんね」
彼は誠実な騎士の顔に戻り、一礼した。
その瞳の奥に宿る、切ない光の意味に――わたしはまだ、気づいていなかった。
◇
「まずは俺からだ」
ブレイズが厚切りのパンをシチューに浸しながら、口を開いた。
昼間から酒場に入り浸っていた割には、その瞳に酔いの色はなく、鋭い光を宿している。
「村の連中は、かなり参ってやがる。例の『雪オオカミ』だ。普段は山奥にいるはずの奴らが、最近じゃ頻繁に麓まで降りてきて、家畜や旅人を襲ってるらしい」
「被害は甚大、ということね」
「ああ。地元の自警団じゃ手に負えねえ。騎士団の連中が必死こいて追い払っちゃいるが、数が多すぎて防戦一方ってところだ」
ブレイズの報告は、荒っぽい口調ながらも要点を突いていた。
「ボクの方も、裏付けが取れました」
続いて、アズールがナプキンで口元を拭い、報告を引き継ぐ。
「騎士団の詰所にて、公式の記録と被害状況を確認しました。……現在、この地に駐留しているのは『獅子心騎士団』の第七遊撃部隊。隊長はリアン・オルコット」
「昼間の彼ね」
「ええ。彼らの本来の任務は、山頂付近で観測された『異常気象』の調査だったようです。ですが、兄さんの報告通り、雪オオカミの群れが異常発生しており、その対応に追われて調査隊を山へ送れずにいる。……現状は、完全な膠着状態です」
アズールが地図の上、山の中腹あたりを指でなぞる。
「彼らが足止めを食らっている間に、山の天気は荒れる一方だ。間違いありません。山の奥で、『何か』が起きています」
二人の情報は、綺麗に繋がっていた。
異常な吹雪と、魔物の凶暴化。
そして、そこにわたしが教会で得た情報を重ね合わせる。
「……わたしも、教会で興味深い話を聞いてきたわ」
わたしは二人を見回し、少し声を潜めた。
「この地方の伝承よ。『霜巨人の霊峰』の山頂には、古い神殿があって、そこには『山の神』が眠っていると言われているわ」
「山の神、か」
「ええ。そして、その神が怒れる時、白き災いが里を覆う……とね。どうやら、ただの御伽噺じゃなさそうよ」
わたしは一口水を飲み、言葉を続けた。
「それに、教会で会ったリアン様からも聞いたのだけれど……」
「あ?」
「……はい?」
わたしがその名前を出した瞬間、テーブルの空気がピシリと凍りついた。




