第22話 白銀の騎士
「そこの旅人がた!無事か!!」
雪を踏みしめる音と共に、白銀の鎧を纏った一団がこちらへ駆け寄ってくる。
先頭を走るのは、プラチナブロンドの髪をなびかせた、誠実そうな顔立ちの青年騎士だった。
彼は息を切らせながらわたしたちの前まで来ると、散乱した雪オオカミの死骸と、無傷のわたしたちを交互に見て、安堵の息を吐き出した。
「よかった……。旅人が襲われていると報告を受け、急行したのだが。怪我はないようで何よりだ」
彼の青灰色の瞳が、ブレイズとアズールを一瞥する。
そして額の汗を拭い、最後にわたしに視線を向けた。
その瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
「あ……」
彼の瞳が、大きく見開かれる。
その視線はわたしの顔に釘付けになったまま、瞬きさえ忘れているようだった。
時が止まったかのような静寂。
雪原の寒さのせいだろうか、それとも全力疾走したからだろうか。彼の白い頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
……?
何かしら。わたしの顔に、返り血でもついているのかしら?
わたしが不思議に思って首を傾げると、彼はハッとして、けれど視線を逸らすことができないまま、夢遊病者のように口を開きかけた。
「あ、あの……私は……」
しかし、彼が言葉を紡ぐより早く、わたしの視界が遮られた。
バッ!
二つの大きな影が、同時にわたしの前に立つ。
右からブレイズが、左からアズールが。
二人は示し合わせたように、わたしの姿をその青年騎士の視線から完全にシャットアウトした。
「おい。ジロジロ見てんじゃねえぞ」
「失礼ですね。レディを凝視するなど、騎士としての品位を疑いますよ」
二人の背中から、どす黒い殺気が立ち上る。
あからさまな威嚇に、青年騎士は驚いて一歩後ずさった。
そして、二人の背後にある馬車――そこに掲げられた『盾を抱く獅子』の紋章に気づき、ハッとして姿勢を正した。
「これは、クリフォード公爵家の御紋章。……失礼いたしました!」
彼は慌てて、流れるような所作で騎士の礼をとった。
「第七遊撃部隊隊長、リアン・オルコットと申します。まさか、このような辺境の地で、公爵家の方々をお見かけするとは思いもよりませんでした」
リアンと名乗った騎士は、深く頭を下げた後、恐る恐るといった様子で顔を上げた。
「……ブレイズだ」
「アズール・クリフォードです」
二人はわたしの前を退くことなく、ぶっきらぼうに名乗った。
その名を聞いて、リアンと名乗った騎士は目を見開いた。
「ブレイズ様……!?まさか、かつての団長であらせられる『金獅子』様ですか!?そちらは『静謐の賢者』アズール様……!」
驚愕と尊敬の眼差し。
けれど、彼はすぐに気を取り直し、恐る恐る、二人の背後に隠されたわたしへと視線を向けようとした。
「……して、そちらのご婦人は?公爵家の方とお見受けしますが……」
その問いに、わたしの前の二人は、まったく同時に、そして当然の権利のように言い放った。
「「俺の、女だ(パートナーです)」」
二人の声が重なった。
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間、ブレイズとアズールはお互いを凄まじい形相で睨みつけた。
「ああん?『パートナー』だぁ?格好つけてんじゃねえぞ、ムッツリ!俺の女だっつってんだろ」
「そちらこそ、公私混同甚だしいですね。それに『俺の女』などという野蛮な所有物扱いはおやめなさい。品位のなさが露呈していますよ」
火花を散らす二人の背中を見ながら、わたしはやれやれと肩をすくめ、苦笑するしかなかった。
……これは、いつものパターンね。
リアン様は英雄たちの険悪な空気に「え、ええと……?」と困惑している。
わたしはため息をつきつつ、苦笑して二人の間から顔を出した。
「ごめんなさいね、騒がしくて」
わたしはリアン様に向かって優雅に微笑みかけた。
「わたしはミリア。……そうね、この手のかかる大きな子供たちの、『保護者』みたいなものよ」
◇
『霜巨人の霊峰』の麓にある村は、分厚い雪の壁に守られるようにひっそりと佇んでいた。
「俺は酒場に行ってくる。地元の荒くれ共から『ナマの声』を聞くのが一番手っ取り早いからな」
わたしたちは村で唯一の宿屋に部屋を取り、荷物を置くとすぐに情報収集へと向かうことにした。
ブレイズはニヤリと笑うと、昼間から賑わう酒場の方へと消えていった。
「情報収集」と言いつつ、半分は美味い酒を飲みたいだけだということはお見通しだ。けれど、彼のコミュニケーション能力が、情報収集に絶大な効果を発揮するのも事実。
「では、ボクは騎士団の詰所へ……。『賢者』の名刺を使えば、騎士団が掴んでいる公的な調査資料や、被害状況の詳細を引き出せるでしょう」
アズールはローブの襟を正し、冷徹な表情で役場の方角へと向かった。
正規ルートからのアプローチ。こちらも彼に任せておけば安心だ。
「じゃあ、わたしは……」
二人がそれぞれの得意分野で動くなら、わたしはわたしのやり方で。
わたしは村外れに見えた、小さな教会の尖塔を見上げた。
「あそこで、この土地に伝わる古い言い伝えを調べてくるわ」
◇
村外れの教会は、石造りの質素な建物だった。
帝都の大聖堂のような威圧感はなく、雪景色に溶け込むような静けさを纏っている。
重い木の扉を開けると、意外にも中は温かい空気に満ちていた。
礼拝堂の奥からは、子供たちの楽しげな笑い声が聞こえてくる。
ここは祈りの場であると同時に、村の子供たちの学び舎も兼ねているようだった。
わたしは祭壇の奥にある、一枚のステンドグラスに目を奪われた。
そこに描かれているのは、帝国の象徴である『太陽』ではない。
吹雪く山脈の上に輝く、蒼く澄んだ一等星。
吸い寄せられるように見上げていると、背後から控えめな足音が近づいてきた。
「おや?あなたは……」
背後からかけられた声に、わたしは振り返った。
「あら……」
そこに立っていたのは、先ほど雪原で出会った騎士、リアン・オルコットだった。




