第20話 価値観の相違2
ローザの問いかけに、真っ先に口を開いたのはブレイズだった。
「ああん?決まってんだろ」
彼はわたしの肩に無造作に腕を回し、引き寄せる。
その力強さは、所有欲と信頼がない交ぜになった、彼なりの愛情表現だ。
彼はわたしの瞳を真っ直ぐに見つめ、熱っぽい声で告げた。
「こいつは、俺が思い描く『理想の女』そのものだ」
「理想の……?」
「ああ。ただ守られるだけの弱い女じゃねえ。俺の背中を預けられる、唯一無二の相棒だ。戦場でも、それ以外でもな」
彼の大きな手がが、わたしの頭を優しく撫でる。
無骨な手のひらの感覚が心地よい。
「強くて、気高くて、生意気で……。それでいて、ふとした瞬間に見せる笑顔が、どうしようもなく愛おしい。何に代えても、その笑顔だけは守り抜きてえと思える」
彼の瞳の奥で、独占欲という名の炎がゆらりと燃え上がった。
「だからこそ……時々、どうしようもなくなる。こいつの翼を折ってでも、俺の腕の中だけに閉じ込めておきてえってな。俺をここまで狂わせる女は、世界でこいつだけだ」
情熱的で、そして少しだけ危険な愛の告白。
それを、彼は隠そうともせずにぶつけてくる。
その重みが、今のわたしには心地よかった。
すると、わたしの背後から静かな声が響いた。
「……彼女は、例外です」
アズールはわたしの手を取り、跪くようにして、その指先に恭しく唇を寄せた。
「ボクにとっては……ミリアさんは『女性』というカテゴリさえ超越した存在です」
「超越、してるの?」
「ええ。先ほど申し上げた通り、ボクにとって他者は有能か無能かですが……ミリアさんはそのどちらにも当てはまらない」
アズールは、祈るような瞳でわたしを見上げた。
そこには、賢者としての冷徹さは微塵もなく、ただ一人の男としての切実な想いが溢れていた。
「凍りついていたボクの心を溶かし、魂を救い出してくれた唯一の光。貴女の笑顔を見ることは、今のボクにとって生きる理由そのものです」
彼はわたしの手の甲に、誓いのキスを落とす。
しっとりとした唇の感触がこそばゆい。
「女性、という生物学的な分類など些細なこと。ミリアさんは、ボクの知識を以てしても解き明かせない、深遠な謎に満ちている。……ボクの存在すべてを懸けて解明すべき、美しき神秘ですよ」
魂の救済と、知的な探求心。
アズールらしい、けれど何よりも重く、深い愛の告白だった。
二人の言葉を聞いて、ローザが「んふっ」と吹き出した。
「情熱的な独占欲の塊に、崇拝に近い依存心の塊……。ミリアちゃん、アンタ、帝都で……いいえ、世界で一番『最高にめんどくさい男たち』に愛されているわねェ!」
ローザにからかわれ、わたしは二人の男の顔を交互に見た。
わたしを腕の中に閉じ込めたいと願う、情熱の騎士。
わたしを生きる理由だと崇める、静寂の賢者。
普通なら、重すぎて逃げ出したくなるかもしれない。
けれど。
「……ふふ。そうね」
ローザの言葉に、わたしは思わず吹き出しそうになった。
ええ、本当にその通りだわ。
わたしは二人の男の腕に、それぞれ自分の腕を絡ませた。
右には熱い体温、左には涼やかな安らぎ。
その重みを感じながら、わたしはローザに、そして世界に向かって満面の笑みを向けた。
「最高にめんどくさくて……最高に愛おしいわ。こんな素敵な二人に愛されるなんて、わたし、世界一の幸せ者ね」
◇
出発の朝。クリフォード公爵邸の馬車止めには、これからの長い旅路に備えた荷物が積み込まれていた。
けれど、その荷台の様子を見れば、誰の荷物なのか一目瞭然すぎて、わたしは思わず噴き出しそうになった。
荷台の左半分を占拠しているのは、幾何学的な美しささえ感じるほど整然と積み上げられた木箱の山だ。
大きさの揃えられた箱には、「防寒具」「魔導触媒」「保存食」といったラベルが几帳面な筆跡で記され、一分の隙もなくパズルのように収められている。
言うまでもなく、アズールの荷物だ。
対して、右半分に転がっているのは――なんと、革袋がたった一つだけ。
あとは、その上に無造作に放り投げられた、分厚い毛皮のマントが一枚。
以上。
これまた言うまでもなく、ブレイズの荷物である。
「おい、陰険モヤシ。お前は夜逃げでもする気か?邪魔で仕方ねえんだよ、この木箱の塔は」
ブレイズが木箱の一つをブーツの先で小突き、呆れたように吐き捨てた。
「これだから野蛮人は困ります。これから向かうのは極寒の未踏の地ですよ?あらゆる事態を想定して準備を整えるのは、知性ある者として当然の義務です」
アズールは涼しい顔で言い放つ。
「兄さんこそ、その貧相な荷物はなんですか?遠足に行く子供でも、もう少しマシな準備をしますよ。その行き当たりばったりな性格、見ていて頭痛がします」
「ああん?必要なもんがあれば現地調達すりゃいいだろうが。荷物なんざ、自分が動くのに邪魔にならねえ最低限でいいんだよ」
「現地調達……。相変わらず脳みそまで筋肉でできているようですね。吹雪の中で遭難したら、真っ先に凍死するのはあなたのような無計画な輩ですよ」
出発前から火花を散らす二人。
完璧主義すぎて融通が利かない月と、大雑把すぎて鈍感な太陽。
やれやれ、これからの道中が思いやられるわ。
「はいはい、そこまで。二人とも極端すぎるのよ」
わたしは苦笑しながら二人の間に割って入ると、それぞれの荷物に手を伸ばした。
まずは、ブレイズの革袋の隙間に、ふかふかの手触りの毛布を押し込む。
「ブレイズ。あなたはタフだけど、寒さを我慢するのが男らしさじゃないわ。これ、保温性の高い毛布と、身体を芯から温めるスパイス入りの蒸留酒よ」
「お、気が利くじゃねえか」
ブレイズはわたしが渡したボトルを愛おしそうに懐へしまい、わたしの腰を抱き寄せる。
「そしてアズール」
わたしは滑らかな手のひらに、小瓶をそっと差し出した。
「完璧な準備もいいけれど、張り詰めすぎて疲れちゃうわよ。これ、糖分補給用のドライフルーツ。頭を使った後は、甘いもので気を緩めることも大事よ?」
「……ミリアさん。ありがとうございます」
アズールは小瓶を受け取り、少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに目を細めた。
「さあ、これで準備万端ね。行きましょうか、『霜巨人の霊峰』へ!




