第19話 価値観の相違1
「雪山と砂漠ねェ……」
ローザはカウンターの下から一枚の地図を取り出し、長い爪で二箇所を指し示した。
「北の山脈なら、ここ。『霜巨人の霊峰』ね。一年中猛吹雪に閉ざされた極寒の地で、古くから『巨人の心臓』と呼ばれる何かが祀られているって噂があるわ」
「『霜巨人の霊峰』……」
「そして砂漠の方は、間違いなく『アクア・アルタール』よ。永劫砂漠の真ん中に浮かぶ奇跡のオアシス都市。あそこには、都市の守り神として『太陽の欠片』が地下に沈められているって伝説があるの」
北の山脈の青い光、東の砂漠の金色の光。
場所は特定できた。わたしの直感が、そこに行けと告げている。
「ありがとう、ローザ」
わたしが頷くと、ローザは声を潜め、真剣な眼差しで忠告してきた。
「急いだほうがいいわよォ。実はね、『霜巨人の霊峰』で最近、奇妙な現象が起きているの」
「奇妙な現象?」
「ええ。ただでさえ激しい吹雪が、ここ数日で異常なほど荒れ狂い始めているのよ。まるで、山そのものが何かを訴えているみたいにね。……それに」
ローザはさらに意味深に顔を寄せた。
独特な香水の香りが鼻について、わたしは思わず腰を引く。
「騎士団の部隊が極秘で調査に向かったって情報も入ってきてるわ」
「騎士団が?」
ブレイズがピクリと眉を跳ねさせた。
騎士団が動いているということは、帝国もまた、何らかの異変を察知している証拠だ。
もし、彼らが『瞳』を見つけ、回収してしまったら……取り戻すのは困難になる。
「決まりね。まずは北よ」
わたしは決断した。
アズールとブレイズも表情を引き締める。
「情報は以上よォ。……ところでェ」
商談が終わった瞬間、ローザの雰囲気がガラリと変わった。
彼女は頬杖をつき、ねっとりとした視線をアズールに向けた。
その目は完全に獲物を捕らえた捕食者のそれだ。
「天使ちゃん。貴方、最近ますます色気が増したんじゃない?……ねえ、よかったら奥の部屋で、アタシと二人きりで『人生』について深く語り合いましょうよォ?」
「ひっ……!?」
強烈な誘惑攻撃に、アズールが悲鳴を上げてわたしの背後に隠れた。
天才賢者の威厳も何もあったものではない。彼はわたしの服の裾を握りしめ、ガタガタと震えている。
「や、やめてください!ボクは忙しいんです!貴女と語り合う人生など持ち合わせていません!」
「あらん、つれないわねェ。でも、その嫌がる顔もゾクゾクするわァ」
ローザが舌なめずりをするのを見て、隣でブレイズが腹を抱えて爆笑した。
「ギャハハハ!傑作だぜ!おい陰険モヤシ、行ってこいよ!ママは怖くねえぞ、ただちょっと『愛』が重いだけだ!」
「貴方の目は節穴ですか!?これは包容力ではなく捕食者の威圧感です!」
「失礼しちゃうわねェ。アタシはいつだって愛に生きる女よォ?」
そんなやり取りを見ながら、わたしはふとブレイズを見た。
ローザのような強烈な個性を持つ相手にも動じず、軽口を叩き合える彼。
「ブレイズって、なんだかんだ言って、女性の扱いに慣れているのね」
わたしが何気なく言うと、ブレイズは「ああん?」と眉を上げ、当然だとばかりに鼻を鳴らした。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」
彼は大きな手で、わたしの頭をポンと撫でた。
「いいか。女ってのはな、守ってやるべきもんだ。たとえお前みたいに、俺より強くて生意気な女でもな。……男の背中ってのは、女を後ろで休ませてやるためにあるんだよ。それができなきゃ、男としての価値なんざねえ」
その言葉は、古臭いかもしれないけれど、彼の確固たる信念に裏打ちされた、温かい響きを持っていた。
「お前は強い。でも、疲れた時は俺の後ろに隠れればいい」そう言われているようで、胸がじんわりと熱くなる。
「それに、女ってのは……戦い疲れた男が、最後に帰ってくる場所でもある」
「帰る、場所……」
「ああ。外でどれだけ泥を啜って血を流そうが、惚れた女の元に帰れば、また明日も戦える。……だからよ」
ブレイズの視線が、熱っぽくわたしを絡め取る。
「俺にとって女を抱くってのは、ただの欲求解消じゃねえ。自分の腕の中で、その女を世界一幸せにしてやる行為だ。『お前は俺のもんだ』って魂に刻み込んで、トロトロになるまで愛して、守り抜く誓いを立てる……そういうもんだろうが」
真正面からの、情熱的な愛の定義。
『守られるべきもの』。
その言葉は、わたしの存在を丸ごと受け入れてくれる許しのように聞こえた。
けれど、わたしの後ろに隠れていた賢者様は、それが気に入らないらしい。
「……フン。相変わらずのカビが生えた騎士道精神ですね。前時代的すぎて化石になりそうだ」
アズールがわたしの背中から顔を出し、冷ややかな視線を兄に向ける。
「守る守られるなどという固定観念に縛られているから、思考が硬直するのです。あなたの脳みそは筋肉の反射で動いているのですか?」
「なんだと?じゃあお前はどうなんだよ」
ブレイズに問われ、アズールは襟元を正し、澄ました顔で言い放った。
「ボクには、性別による役割分担などという非合理的な基準はありません。そこにあるのは、『有能』か『無能』か。ただその一点のみです」
彼は氷のような瞳で断言した。
「有能であれば、女性だろうと子供だろうと敬意を払い、共に戦う。無能であれば、男性だろうと王だろうと切り捨てる。それが、ボクの美学です」
「徹底しているわね……」
「当然です。それに……『美しさ』などというものも、ボクにとっては外見の些細な差異に過ぎません」
アズールは自らの整った顔立ちを指差し、冷ややかに吐き捨てた。
「この顔だけを目当てに寄ってくる、中身空っぽの貴族の令嬢たちなど……ボクにとっては、路傍の石ころ以下の価値しかありませんよ」
「ケッ。冷てえ野郎だ」
「合理的と言ってください」
守護を美徳とする太陽の騎士と、実力を至上とする月の賢者。
相容れない二人の価値観が、火花を散らす。
その様子を眺めていたローザが、ふふ、と面白そうに笑った。
「なるほどねェ。……それじゃあ」
ローザは、楽しそうににまぁと笑うとわたしを見つめた。
その瞳が、悪戯っぽく、けれど鋭く輝く。
「そんな対照的な二人が選んだミリアちゃんは、二人にとって『どういう存在』なのかしらァ?」




