第18話 家族
眠りについてもなお、彼らの無意識はわたしを求めていた。
右側からは、ブレイズの太い腕が伸びてきて、わたしの腰を抱き寄せた。
彼はわたしの髪に顔を埋め、その匂いを吸い込むようにして深く眠っている。
まるで、大切な宝物を抱え込む子供のように。
左側からは、アズールが身体を寄せてきた。
彼はわたしの指に自分の指を絡ませ、わたしの肩に額を預けている。
普段の冷徹さとはかけ離れた、甘えるような無防備な姿。
身動きできないほどの密着。
けれど、それがたまらなく心地よい。
右からの情熱的な独占欲と、左からの静かな依存。
二つの異なる愛が、わたしの空白を埋めてくれる。
これが、「家族」の温もりかしら……。
わたしは二人の体温を感じながら、そっと目を閉じた。
失った過去への不安は、まだ消えない。
けれど、この二人が両側にいてくれるなら、どんな悪夢も怖くはない。
わたしは二人に見守られ、泥のように深く、幸せな眠りへと落ちていった。
◇
朝日が眩しい。しかし。
「……ん、くぅ……」
動けない。指一本、動かせない。
右側からは、ブレイズが私のウエストをがっちりとホールドしている。
彼の顔は私の首筋に埋められていて、熱い吐息が肌にかかるたびにゾクゾクする。
彼の汗とスコッチの入り混じった匂いが、わたしの身体の奥を甘く満たす。
左側からは、アズールの手足が絡みついている。
彼は私の左手を両手で包み込んで胸元に抱き寄せ、額を私の肩に押し付けている。
ナイトキャップはいつの間にか外れ、長い襟足がわたしの髪と混ざり合っている。
その石鹸とハーブの爽やかな香りは、わたしの心を軽やかに包み込む。
「……ねえ、二人とも。朝よ、起きて」
私が苦笑しながら囁くと、右側の熱源が不満げに唸り声を上げた。
「……ああん?まだ寝てろ。俺は寝てるぞ」
「ブレイズ、起きているんでしょう?」
「チッ」
ブレイズは舌打ちすると、私の首筋に吸い付くように一度強くキスをして、さらに抱擁の力を強めた。
「うっせえな。あと五分。いや、あと半日はこのままだ」
「子供みたいなこと言わないの」
やれやれと思って左を見ると、アズールとバチリと目が合った。
彼はとっくに目覚めていたようで、静かな瞳で至近距離から私を見つめていた。
「おはようございます、ミリアさん。あなたの美しい寝顔は、何時間見ても飽きませんね」
「……いつから起きていたの、アズール」
「夜明け前からです。ですが、この幸福な幾何学的配置を崩すのが惜しくて、このまま待機させていただきました」
アズールは悪びれもせず、私の指先に頬ずりをした。
「ボクも兄さんに賛成です。今日の出発は中止にして、このままベッドの上で一日を過ごすというのが、極めて合理的かつ幸福な提案かと」
「どこが合理的よ。……ほら、離れて。公爵閣下が待っているわ」
私が身をよじって脱出しようとすると、二人は示し合わせたように同時に力を込めた。
「逃がさねえよ」
「離しません」
右から熱い剛腕、左から甘えるような拘束。
重い。暑苦しい。けれど、どうしようもなく愛おしい「家族」の重み。
「……もう。仕方ないわねえ」
結局、二人が満足して腕を解いてくれるまで、私は甘い檻の中で、彼らの体温と匂いに包まれ続けることになった。
◇
ようやく解放されて身支度を整え、外に出ると、帝都の空は澄み渡るような青に包まれていた。
昨夜の安眠のおかげか、身体は羽のように軽い。
左右には、いつもの旅装束に戻ったブレイズとアズール。
ブレイズはあくびを噛み殺しながら大剣を背負い、アズールは杖の感触を確かめるように指を滑らせている。
「世話になったな、親父」
「また連絡します、父上」
ブレイズとアズールが、それぞれぶっきらぼうに、あるいは事務的に別れを告げる。
エドガー公爵は、腕を組んでその二人を見下ろしていたが、やがてその視線をわたしへと向けた。
「……行くか」
朝の光を背負うその姿は、やはり帝国の影を統べる巨魁としての威厳に満ちている。
けれど、その瞳の奥にある光は、昨日までとは違って見えた。
「エドガー公爵閣下。短い間でしたが、本当にお世話になりました」
わたしは一歩進み出ると、深々と頭を下げた。
「突然の訪問にも関わらず、温かいおもてなしをありがとうございました。……それに、わたしの運命に関する重要な『真実』を教えていただいたこと、心より感謝いたします」
顔を上げると、エドガー様は眩しいものでも見るように目を細めていた。
彼はゆっくりと頷き、その重厚な手を、ポンとわたしの肩に置いた。
その手のひらからは、帝国の影を背負う男の、底知れない重みと温かさが伝わってくる。
「礼には及ばんよ、ミリア嬢。お前は、我が息子たちが選んだ女であり、我が家が数百年にわたり守り続けてきた『真実』の担い手なのだからな」
エドガー様は、わたしの瞳を真っ直ぐに見据え、低い声で告げた。
それは、別れの言葉ではなく、新たな契約。
「忘れるな。お前の背後には、常に我がクリフォード家がついている」
「……!」
「金も、情報も、権力も、必要なものは何でも使え。公爵家の力、存分に利用するがいい。……それが、お前のその気高い覚悟に対する、我が家の答えだ」
その言葉の重みに、わたしは身震いした。
『クリフォード家の全面的なバックアップ』。
単なる支援の約束ではない。
帝国という巨大なシステムそのものを、わたしの味方につけたも同然の宣言だ。
わたしの「強欲な旅」を、この上なく強力に肯定してくれている。
「……よろしいのですか?わたしのような、素性の知れない女に」
「ふん。我が愚息たちが選んだ女だ。それに……」
エドガー様は、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「私の『未来の義理の娘』になるかもしれない女性を、無下に扱うわけにはいかんだろう?」
「ッ……!?」
昨夜の求婚騒動を蒸し返され、わたしは顔が熱くなるのを感じた。
横を見ると、ブレイズとアズールも気まずそうに固まっている。
「はっはっは!まあ、どちらを選ぶかは、旅の土産話として楽しみに待っているとしよう」
公爵は豪快に笑うと、息子たちに向き直り、表情を引き締めた。
「ブレイズ、アズール。ミリア嬢を守り抜くことこそが、お前たちの新たな戦場だ。クリフォードの名に恥じぬ働きを期待しているぞ」
「言われなくても分かってるさ」
「ええ。心得ております」
二人は少し照れくさそうに、けれど誇らしげに胸を張った。
不器用な言葉のやり取り。
けれど、そこには確かな親子の絆があった。
「行って参ります、エドガー公爵閣下」
わたしはもう一度深く一礼し、二人の騎士と共に歩き出した。
「さて、まずはどこからだ?」
ブレイズの問いに、アズールが答える。
「場所の詳細な特定が必要です。ミリアさんの見たビション、その指し示す先を正確に捉えなければ」
「なら、決まりね」
わたしの声に二人はニヤリと笑みを返す。
「ローザの店で情報収集と行きましょうか!」




