第14話 点火
「え、ええと……っ!そ、それは……ど、どちらか一人なんて……!」
公爵の爆弾発言に、わたしの思考回路は完全にショートしていた。
顔が熱い。心臓がうるさい。
「どちらかを選べ」だなんて、そんな究極の二択、今のわたしに答えられるわけがない。
「くっ……くくく……はっはっはっはっは!」
厳格な公爵が、腹を抱えて豪快に笑い出した。
「はっはっは!これは、傑作だ!『遺跡喰らい』も、形無しだな!」
その笑い声が合図だったかのように、わたしの左右で凍りついていた二人が、弾かれたように動き出した。
「当然、俺を選ぶに決まってるだろうが!」
ブレイズがわたしの右手を強く握りしめる。
その手のひらは熱く、大きく、わたしの全てを包み込むような頼もしさがある。
「ミリア。俺を選べ。お前がどんな危険な運命を背負っていようと、絶対にお前を守り抜いてやる。世界中の誰が相手だろうが、俺の背中に隠れてればいい。お前に指一本触れさせやしねえ」
「っ、ブレイズ……」
真っ直ぐで、迷いのない瞳。
「俺が守る」という誓いに、胸が高鳴る。
この人の腕の中なら、どんな嵐の中でも怖くない。そう思わせてくれる、太陽のような安心感。
「お待ちください。力だけで何が解決するというのですか」
今度は左手が、ひんやりとした滑らかな指に絡め取られた。
アズールだ。彼はわたしの左手を両手で包み込み、跪くようにして上目遣いにわたしを見つめる。
「ミリアさん。ボクを選んでください。ボクは、貴女が迷った時、その足元を照らす光になります。貴女が知りたいと願う全ての真理を、ボクの知識で解き明かし、貴女を最善の未来へと導いてみせます」
「アズール……」
理知的で、どこまでも献身的な瞳。
「共に歩む」という静かな愛の告白に、胸がキュンと締め付けられる。
この人の隣なら、どんな暗闇でも迷わない。そう確信させてくれる、月のような導き。
ときめきと切なさの板挟みで、わたしが再びフリーズしかけた時だった。
アズールがふと、冷ややかな視線を兄に向けた。
「……大体、兄さんにミリアさんの繊細な心が守れるとは思えませんね。ミリアさん、騙されてはいけません。この人は昔から、どうしようもない野蛮人なんですから」
「ああん?何だと?」
「忘れたとは言わせませんよ。子供の頃……兄さんは勉強が嫌だからと、授業を抜け出しては家庭教師を困らせていた」
アズールは得意げに、兄の黒歴史を暴露し始めた。
「連れ戻しに来た家庭教師に向かって、『俺に勝てたら勉強してやる』と木剣を突きつけ……大の大人をボコボコにして泣かせたではありませんか。あの時、父上にどれだけ大目玉を食らったか、ボクは鮮明に覚えていますよ」
「うっ……!そ、それは……あの家庭教師が弱すぎたのが悪いんだろ!騎士の家の教師なら、もっと骨のある奴を寄越せって話だ!」
ブレイズがバツが悪そうに視線を逸らす。
やんちゃな少年時代のブレイズの姿が目に浮かび、わたしはくすりと笑ってしまった。
けれど、やられっぱなしの「金獅子」ではない。
「過去の話なら俺も言わせてもらうぞ」
ブレイズがニヤリと笑い、今度はアズールの黒歴史を掘り起こす。
「お前こそ、ガキの頃から根暗で陰湿だったじゃねえか。俺の剣術稽古を見に来た友人たちに、背後から呪いみたいな視線と言葉を浴びせて、人間不信にさせたのはどこのどいつだ?」
「なっ……!?」
「こいつ、俺の後ろに隠れて、『兄上の一番はボクだ……他はみんな氷漬けになってしまえばいい』なんてブツブツ呟いてやがったんだぜ?おかげで俺の周りから人がいなくなって、危うく友達ゼロになるところだったわ!」
「ッ……!?そ、それは……兄さんが無防備に他人を信用しすぎるから、ボクが選別をしてあげていただけです!」
今度はアズールが顔を真っ赤にして狼狽える番だった。
こちらは随分とお兄ちゃんっ子だったのね。
「選別だぁ?陰湿な嫌がらせの間違いだろ!」
「……うむ。アズールの執着心は、昔から筋金入りだったな」
「ち、父上まで……ッ!」
二人の暴露合戦は止まらない。
「ボクが大事にしてた学術書を勝手に持ち出して、木剣の的にしたこともありました!ページが穴だらけになった恨みは忘れてませんよ!」
「あ?それならお前だって、自分の立場が悪くなるとすぐに嘘泣きして、『兄上にいじめられた』って親父やおふくろに言いつけてただろうが!お前のせいで、俺がどれだけ理不尽に怒られたと思ってんだ!」
「あれは処世術です!力で勝てない相手に対する、弱者の知恵と言っていただきたい!」
「それを卑怯って言うんだよ!」
二人の口から次々と飛び出す、幼い頃のエピソード。
そこには、わたしの知らない「家族」としての二人の姿があった。
いがみ合いながらも、ずっとお互いを見て、お互いを意識して育ってきた二人。
ふふ、可愛い。
その歴史の中に、今、わたしが混ぜてもらえていることが、どうしようもなく嬉しかった。
わたしは頬杖をつきながら、言い争う二人を愛おしそうに眺めた。
ふと上座を見ると、エドガー公爵もまた、グラスを揺らしながら微笑んでいる。
その瞳は、騒がしい息子たちを肴に飲むワインの味を、心から楽しんでいるようだった。




