番外編 壁
その男は罪を犯した。
本人はそうは思っていない、だが同族を殺したという理由でその男はその街を治めている男に裁かれた。
納得がいかなかったその男は牢に閉じ込められていたところを無理やり脱出し、誰にも支配されていないエリアへ足を踏み入れて行った。
「ブファッ……!」
そこは天国だった。
自分より小さく、弱いものしかいない。
たまに強いやつと出会う、だが生き残り殺してきた。
力を蓄え、あの男……ライオッドに復讐する日を夢見てその男は力を蓄え続けた。
その日、そいつはいつも通りそこで狩りをしていた。
何気ない日常……ただそこでその男はあるものを見つけた。
床に何かが刻印されている、だがその男は気にせず通り過ぎようとした瞬間だった。
急にそれは光だし何かが這い出てきた。
それは初めて見るものだった。
ゴブリンではない、ゴブリンより大きく手足があった。
どこかでみた亜人を治める女と同じような体をしている。
だが尻尾はなく獣のような耳も生えておらず、一人は"仮面をつけて"、もう一人は気を失い仮面に担がれていた。
これはニンゲンだ──
ライオッドから聞いたことがある、初めてみた。
その男は初めて見たニンゲン二人に興味を持ち、解体しようと手に持つ大剣を引き抜いた。
その瞬間だった、強い何かが男を襲った。
敵意、殺意、それは死そのものだった。
生物において死は絶望である、それは逃れようのない恐怖……
初めて感じたその感覚はその男の戦意を折るのには十分すぎた……すぎてしまった。
寒くないはずだ、なのに手足は悴み震え、顎は一定のリズムで震えていた、動けなかった。
そしてその仮面はその男の敵意に反応し持っていた杖を抜いた。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、それしか頭になかったそれ以外考えられなかった。
だが時間と共に近づいてくる死に抗うため男は考えた。
「ガウ……ガウッ……!」
言葉は通じないようだった。
どうすれば生き残れる、どうすれば許してもらえる、どうすれば死ななくて済むだろう……
頭を回転させた、とにかく生きるため……
そして考えついた、本能からか生き物が降伏するのを表現するためにはそれしかないと感じた。
"痛み"だ──
その男は考えついた瞬間、躊躇いもなく己が両目をくり抜いた。
血は大量に滴り、痛みが全身を襲った。
だがそんなもの今感じている恐怖と比べたら可愛いもの……そう感じた。
そしてその男はくり抜いた両の目玉を差し出し、頭を地べたにつけ這いつくばった。
服従……この仮面にこれから遣える、どんな手を使ってでも生き残りたい。
少し時間が経つとその仮面は杖をしまい、その男に触れた。
そして言われているような気がした。
『隣にいるものの壁になれ……強くしろ。
殺す気で構わない、とにかくこの男を追い詰めろ……
そして願わくば、部屋を探せ』
そしてその仮面はゆっくりと歩き出して行った、どこかへ歩き出して行った。
まだその男は頭を上げない。
時間が経ち周りに他のモンスターが集まり、その男を攻撃した。
爪で皮膚を切り裂かれ、牙で肉を引きちぎられ、毒も喰らった。
だが顔を上げなかった。
いないはずのその仮面に忠誠を誓うように、ただ頭を下げ続けた。
そしてようやくその男は顔を上げた。
周りにいるモンスターを全て蹴散らした。
全身を治し、目も治し、その男を探すため歩いて行った。
そしてその男を見つけた、ゴブリンに襲われ殺されそうになっていた。
瞬間体が動き、その大剣でそのゴブリンを切り飛ばした。
見たそのニンゲンを……
それは小さくか弱く、まだ赤子のようだった。
だがその男は使命を全うするように目の前のニンゲンに手を差し伸べた。
何の警戒もせず、そいつは手を取った。
そして砕いた、その腕を万力の力を込めて砕いた。
これが壁……これが試練……
初めて自分が存在する理由を理解した。
思わず頬が緩み、不敵な笑みを浮かべた。
「ぁあああ!い゙だい゙!い゙たい゙!い゙たい゙」
そのニンゲンは痛みのあまり叫んだのだろう。
そしてその男は死なない程度の力でそいつを思い切りぶん投げた。
その衝撃で腕は取れ、それはボールのように壁や床を何回もバウンドし飛んでいった。
足も体も全てが壊れている。
だがまだ足りない、そう感じゆっくりと歩いて行った。
だがそこで不思議なことが起きた。
壊れているというのにその男は無理やり立ち上がった。
どうしてだ、何故立ち上がれる。
そして走った、そいつは走り続けた。
痛みをとても感じるはずだ、さっきも腕が砕け泣き叫んでいた。
なのに何故……?
先とは違う恐怖を感じた、このニンゲンはさっきの仮面とは全く違うというのに……
それは正しく狂気に近い、ただそのニンゲンは走り続けた。
だが簡単には逃さない、一瞬で距離を詰め大剣を振るい吹っ飛ばし壁に激突した。
もう走れない……
殺さない程度だ、死にかけたら治そう。
そして歩き出した、だがその瞬間だった。
その壁から扉が急に現れた。
いや元からあったのだ、だが認識できていなかった。
そのニンゲンは扉を開けて中に入ろうとした。
急いでその男は大剣に気を込めて、風を飛ばした。
だが間一髪で逃げられた、そしてその扉は壁に埋まり消えた。
あれは……あの仮面が言っていた部屋というものだろうか。
わからない、だがちゃんと壁になれたのだろうか。
そう思い、歩いて行った。
***
そしていつも通りその男は狩りをしていた。
モンスターを殺してレベルを上げ続けた。
だがその男は思い悩んでいた。
壁になれていない、あのニンゲンはどこに行った、壁にならなくては。
そして思いついた、前に見たあの刻印の場所にいるのではないかと……
歩き出した、その場所へ。
曲がり角を曲がった瞬間、何かが飛んできた。
その男は大剣でそれを軽くいなした。
そしていた、そいつは立っていた。
「久しぶりだな、クソオーク。
右腕の借り、返しにきたぜ」
見つけた──
そしてそのニンゲンは走り出した。
向かってくるのか……逃げるのではなく。
成長を感じた、壁に我はなれたのか、ならば全力で応えよう。
その男は確かに強くなっていた、前よりも動けて戦えて。
嬉しかった、その成長が、そして実感していく我は壁になれたのだと、そしてこれからも壁になり続けるのだと。
謎の感情が胸を支配して行った。
充足に近い何かが、胸を満たして行った。
だがまた同時に感じた、これでは足りないと……
そしてその男はニンゲンを掴み壁に向かって思い切り投げつけた。
殺す気でよいと……あの仮面は申していた。
その男はそのニンゲンを掴み上げ顔に近づけた、食べようとした。
どこかで期待していた、まだあるだろうこの状況を打開しろと……
そしてまた出てきた、あの時感じた狂気を──
その瞬間、その男の手は砕かれ無理やり抜け出された。
顔に飛んできて目を抉られた、爆ぜ目を潰された。
そしてそのニンゲンは逃げて行った。
その男は目を抑えて倒れていた。
嬉しかった、この状況から切り抜けてくれたことを、まだあのニンゲンは成長する。
我と同じように目を……
嬉しさのあまり微笑んだ。
この傷は別に治せる、だが残しておくことにした。
これは抵抗の証だ、あのニンゲンが成長し我に一矢報いた必死の抵抗……
これが母性というやつなのだろうか、いつしかそのニンゲンに対して我が子のような感情を抱いていた。
待っているぞ……ニンゲン
***
そしてまた時間が経つ。
その男はただ待っていた、そのニンゲンを……
狩りにはいかない、あのニンゲンなら我を超えるためくる、そう信じた。
そして時はきた、確実に捉えたその気を……
間違いない、あのニンゲンだ。
出迎える準備をしよう、前にしてくれたように同じ発想で我もやってみよう……
そして火球を飛ばし出迎えた。
「んだよ今の火球、前の意趣返しってか?」
あぁ嬉しい……嬉しい……
また戦える、またあの時間を感じられる。
そのニンゲンは少し震えていた、怖いのだろうか。
それも愛おしかった。
さぁ戦おう。
「似合ったんじゃねぇか、その隻眼!
今回はテメェの全部もらうぞ!」
「ゥヴォォォォォ!」
そして戦った。
そのニンゲンは策を練ってきたようで沢山の新しい技を使ってきた。
もちろん避けれるものもあった、だが折角用意してくれたのだ、避けるのは……勿体無いだろう。
罠を張り、同族をけしかけてきた。
顔見知りだった、その男は罪を犯して恨まれている、襲われた。
考えてきている、頭も回し、全ての知恵を振り絞ったのだろう。
そしてその男は全ての同族を殺し、立っていた。
心待ちにした、早く次の策を……
そしてその男は進化した、ハイオークとなった。
これでまだ戦える……このニンゲンとまだ……!
あぁとても愛おしい、愛おしいこの──
「ニン、、ゲン」
「……は?」
そのニンゲンは驚いた。
待っている期間何もしていなかった訳じゃない。
練習していた喋る方法を、うまく伝わったらしく困惑していた。
「ワレ、カベナリ。
メイニヨリ。
ツヨクナリタクバ
ワレヲコエテミセロォォォォ!」
やっと言葉を交わせる……
そして戦った、こちらももう気が切れている……
素の身体能力で戦うしかなかった。
あの時以来の死が近づいてくる感覚。
だが今回は恐怖を感じなかった、このニンゲンに我が子同然のこいつに殺されるなら本望だ。
そしてそのニンゲンは傷口を爆ぜさせることでその男を殺そうとする。
死にかけた、本当に死が目の前まできた。
だがこいつも死ぬ気で戦ったのだ、その男も命を振り絞らなければ失礼と思い力を振り絞り立ち上がった。
気ももうない、負けてしまうか……
その男はそう思った、だがなくなったからこそ感じることができた。
その大剣に気がまだ残っていることを……
これはまさか……ライオッドが使っていた技か。
使わなくてもいい、そう思った……
だがそのニンゲンの目を見た、その煮えたぎる闘志……
その瞳に、応えたい。
力を貸してくれ、我が剣よ……!
「イクゾ、ニンゲン。
【ケンキカイホウ】《ヴァングファング》」
そしてその溢れ出る気と風を混ぜ、大剣に纏わせていく。
避けてくれ、耐えてくれ、期待しているぞニンゲン……
「フウジン」
その瞬間、剣に込められた光波がニンゲンに向かって飛んでいく。
避けてくれ早く死んでしまうぞ!
だがそのニンゲンは避けなかった、そしてその風刃に触れた。
その瞬間──
「収納」
ニンゲンがそう言った瞬間、その光波は消失した。
避ける、耐える、それ以外の方法で凌がれたことで思考が止まる。
「ナ、ニガ、、、」
「あとなぁ、人間人間うるせぇんだよ」
そのニンゲンは何とか立ち上がる。
そして笑みを作りながら……
「排出」
光波が再度現れ、その男に向かって飛んでいった。
その瞬間、着弾と同時に無数の鎌鼬が発生し、体を抉り切り裂いた。
そしてその男は倒れる。
だが嬉しかった、このニンゲンは我を超えた超えてくれた、強くなった。
その男はじきに死ぬ……
だがその男は思った。
さっきの同族、あれはライオッドの部下だ。
つまりあいつはニンゲンがいることを知ってしまっている。
あいつなら……このニンゲン殺すだろう。
せっかく成長した、我を倒した、育てたのに死ぬ……?
いやだ、いやだ、その男は恐怖した。
そして忠告する、最後の力を振り絞り、我が子に……イトウシンジに……




