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112話 救われた日


 慎が俺を止めた後、少し話をするということになり庭に来ていた。

 何を話せばいいのかよく分からず無言の時間が続いていると、先に慎が口を開いた。


「いざ何か話すとなったら、何言えばいいのかわかんねぇな。

 言い方っていうかなんというかよ……」


「……そんな気にしなくていいだろ。言いたいこと言ってくれよ」


「だったら……」


 慎は気まずそうな顔をした。

 師匠のことについて、何か俺に問いただしたいというのは何となくわかる。

 俺は全てを受け止める覚悟を決めて……その言葉を聞いた。


「慎二、お前は師匠を殺して……本当に悲しかったのか?」


「……は?」


 慎はとても苦しそうな顔でそんなことを俺に問う。

 その質問の意図が分からず戸惑う。

 だがなぜか、俺の心臓はすごいスピードで波打っていた。


「そんなの……悲しかったに決まってるだろ!」


 絞り出すように俺は慎にそう言い放つ。

 胸を張って言うべきはずのその言葉は、覇気の一つも込められてなかった。


「……本当に、悲しかったのか?」


「……」


 慎はそれを聞いても、疑うような顔を浮かべてそう聞いてくる。

 俺は何を言えばいいのかわからず口を閉ざした。


「教えてくれ、お前は本当に悲しかったのか!?」


「なんなんだよ急に意味わからないこと言いやがって!

 そんなん悲しかったに決まってるだろ!」


 慎と俺もどんどんと言葉が強くなっていく。

 それと同時に俺の中の何かが、それに比例して大きくなっていくのをひしひしと感じた。


「だったら!目を見て話せよ慎二!

 あの時見たお前は、師匠を斬って悲しんでるようには──」


 その言葉が引き金となり、膨らんでいた何かが爆発してその言葉を言いかける前に慎のことを殴り飛ばした。

 慎は倒れ込むが、しっかりとその目は俺を捉えていた。


「なんなんだよお前……!そんな意味わからねぇこと聞いてきて!

 師匠を殺したことを恨んでるならそのまま言えよ!」


「んなわけねぇだろ!お前が師匠を尊敬してたのは俺も知ってる!

 それにあの話を聞いて、師匠を斬ったのは仕方がなかったって思ったし……お前の手で眠らせてやったほうが嬉しいなんて事わかってんだ!」


「だったら何で!」


「本当にわかんねぇのかよ……?」


 慎も言いたくないのだろう、俺の口から言って欲しい言葉だったのだろう。

 その顔から気持ちが伝わってきた。


「何であの時お前……笑ってたんだよ?」


「──ッ」


 あの時、俺が柳を殴りつけていた時……こじ開けられたくない何かがこじ開けられるように、その感情は表に出てきていた。

 どんどん師匠が殺された復讐から、自分個人の恨みに変わっていった。

 そうだ、俺がずっと気にしてるのはこのずっと渦巻く気持ち悪さは師匠を殺したってのもある……

 だがそれよりも、柳への復讐心がその悲しみに勝ったことに反吐が出るほど気持ち悪かった。

 図星を突かれたように、後ろによろめく。

 その様子が慎の疑惑に拍車をかけて、立ち上がり俺の胸ぐらを掴み上げる。


「答えろよ慎二、お前は師匠を殺してどう思ったんだ!」


 怖かった、自分の触れられたくない部分に手を突っ込まれているようなそんな感じが。

 知られたくない、俺の汚い部分が……無理やり引き摺り出されるように体を何度も揺さぶられる。


「うるっせぇ──!」


 俺は拒絶するように慎を殴り飛ばし、馬乗りになり怒りのまま何回も殴りつける。


「俺だって悲しいし苦しいよ!師匠を殺して!みんな傷つけて!

 けどそれよりも自分の復讐心が勝ったことが何よりも許せねぇんだよ!」


「あ゙あ゙ぁぁ……!」


 慎はそんな叫び声に近い声をあげ俺の手を捻り上げる。

 そして横に倒し、立場が逆転し今度は慎が俺を馬乗りにした。

 胸ぐらを掴まれ涙ぐみながら慎は俺に怒鳴る。


「知ってるよ!お前がいじめられてたことも聞いた!

 仕方ねぇとは思ってる……けど、笑うのはねぇだろ!

 師匠を殺した後で笑うなよ!師匠はそれを許すだろうが、俺はそんなの許さない!」


「ッ!お前に……俺の気持ちがわかるわけねぇだろ!」


 その時、自分の過去を軽んじられたような気がして激昂する。

 そして俺は慎の腹を蹴り飛ばし、立ち上がり上から見下ろす。


「最初から全部持ってたお前に何がわかんだよ!俺は生まれた時から……伊藤慎二として目が覚めた時から何も持ってなかったんだ!

 何もない、右も左もわからなかった時にあいつは俺をいじめてきた!

 何だ?復讐の気持ちが湧いて何が悪い!」


「悪いって言ってるつもりはねぇよ!」


「──ッ!」


 その時、慎は飛び出し俺の顎に殴りを入れ視界が揺れて倒れ込む。

 俺も慎もかなり熱くなり、どちらも手加減なしで殴り合っていた。


「だけど、お前は師匠に救われたじゃねぇか!

 復讐心が勝ったとしても!恩義のある人に向けるようなもんじゃねぇだろ!」


「っるせぇ!」


 慎の言い分も痛いほどわかる、自分だって……そんなこと思った自分に、ニヤけた自分に腹が立つ。

 俺が慎の立場だってそうすると思う。

 けど許せなかった、昔のあの辛かった記憶が……軽んじられたような気がしたから。

 俺は飛び出し慎のことを殴りかけたその瞬間、慎と師匠の姿が重なり拳が止まった。

 その隙に殴り飛ばされて俺は意識を失っていった。


***


「……ん」


「あっやっと起きた」


 ルルはそう言い、目が覚めた俺に顔を覗かせた。

 周囲を見渡すと右側に庭が広がっており、縁側で横になっていることに気がついた。

 膝枕をされていることにすぐに気づいたが、そんなこと気にする間もなく先ほどの出来事を思い出す。

 痛みがなくなっていることに気づき、眠っている間にルルが治したのではないかと思った。

 横になっているのも悪いと思い、俺は体を起こして天を仰ぐ。


「慎と喧嘩してたんでしょ?」


「……」


 何も言えなかった。

 何を言えばいいのか、わからなかった。

 どんな顔してルルを見ればいいのか、全くと言っていいほどわからなかった。


「慎から喧嘩の原因聞いたよ、"笑ってた"って」


 その時、俺の心臓が飛び跳ねた。

 俺は顔を俯かせる。


「軽蔑したか……?」


 か弱い声で、俺はそうルルに聞いた。そんなわかりきった質問を……

 どんな返答を期待しているのだろう、軽蔑するに決まってるじゃないか……

 だが次に吐き出されたのは、全く予想外の言葉だった。


「私に慎二を軽蔑する資格なんて、全然ないよ。

 慎がそれを気にする理由はわかる、けど……私も多分同じだと思う」


「え……?」


 予想だにしていなかったその言葉に、俺はそんな声を上げるしかなかった。

 思考をまとめる時間もなく、ルルは口を開いていく。


「慎の話を聞いた後ね、私も想像してみたんだよ。

 もしキリサメを傷つけた後にタシテスを殴ったりしたら、私も笑みが溢れないとは思えないんだ」


 ルルの境遇はリリから聞いている。

 思えば、ルルと俺の状況はかなり似ているのかもしれない。

 師匠を傷つけたことや、恨んでる相手がいること。

 リリは俺に怒りを抱いている、その一番近くにいるルルは一体どんな気持ちなのだろか……

 どうして、そんなにも受け止め切れるのだろうか……


「雫さんと戦った時に言われたんだ。

 みんなを裏切ってキリサメを傷つけたことは許されない罪だ。

 それを背負って、生きていくしかないって……」


 そりゃそうだ、俺のこの罪は許されないものだ。

 絶対に許しちゃいけない。

 慎や雫さんの言葉が影響して、俺は自分を責め続けていた。

 だがルルは笑顔を浮かべて、次の言葉を口にした。


「けど、それを聞いて同時に思った。過去は変えられないし、消えることはない。

 だけど、これから何をするかは変えられるし決められる。

 だから私は、みんなを助けることにしたんだよ。傷つけた人の分、これからは全力でみんなを助ける。

 多分それが、私の……これからするべきことなんだ」


「人を助ける……?」


 俺の手は汚れている、師匠の命を奪い……あまつさえ笑みを浮かべて、少しのことでそれを忘れようとしていた俺なんかに……


「どうして、ルルはそんなに強くあれるんだ?」


「別に全然強くないよ」


 ルルはそう言うと顔を俯かせ、物悲しげな表情を浮かべた。


「今だって、たまにみんなの目が怖く感じることもある。

 だけど……リリは私に帰ってきてほしいって願ってくれた。

 こんな私の誕生日を祝ってくれた……だから、私はリリの期待に応えて家に帰る。

 そしてリリがもう悲しまないように、みんなを守る」


「本当に、できるのかなぁ……」


「絶対にできるよ」


 ルルはそう断言した。

 だが今の俺にはそんな言葉を信じることなんかできなかった。

 そしてルルは立ち上がり、数歩進んで……振り向く。


「だって慎二は……私を救ってくれたんだから」


「……え?」


 ルルはとても愛らしい笑顔で、頬を赤くしながら俺にそう言った。

 身に覚えのない、それに俺はただ困惑するしかなかった。

 そしてルルはその理由を説明していく。


「あの時、私が刀を投げた時……信じて受け取ってくれたでしょ?

 私は慎二を信用しきれなかった、こんな私を信じてくれるのかって……

 けど、慎二を信じたい私を信じた。あなたはそれをちゃんと受け取ってくれた。

 それに私は……とても救われたんだよ」


 俺なんかが、人を助けてもいいのか……?

 自分の、自責の心が俺を飲み込んでいく。

 そんなことダメだと、俺なんか……伊藤慎二に出来っこないと。

 そして俺はルルの目を見た。

 その翡翠の瞳はどこまでも真っ直ぐに俺のことを見つめていた。

 ルルは一歩前に出て、俺を抱きしめた。


「償って……救っていこう、二人で」


 二人で……

 誰かと一緒なのは、こんなにも心が軽くなるのか……

 俺は静かに涙を流し、口を開いた。


「ルル……」


「なに……?」


「ありがとう」


 俺を……救ってくれて。

 俺はその言葉を飲み込み、俺の胸に残り続けたのだった。


***


 俺は部屋へ戻り部屋の扉を開けると、ベッドの上に何か箱が置いてあった。

 それは……


「救急箱……?」


 これを置いたのは、俺と慎が喧嘩をしたことを知る人物。

 そんなの一人しかいない。

 俺は笑顔を浮かべ、その救急箱を持ち上げる。


「治してもらったから……馬鹿野郎」


 そして俺はそれを隅に置き、眠りにつくのだった。



裏話……

あの救急箱を置いたのは慎です。

現在慎二の気の器は雨之御嘉神(アメノミカガミ)の影響によって少し傷ついているので、治癒(ヒール)を使えないのではないかと思い慎は置きました。

まぁ多分治せるだろうと慎自身も思っているのですが、流石にやりすぎたって思ったんですかね……?

評価やブックマーク、リアクションなどお待ちしております。


投稿遅れて申し訳ありませんでした。


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