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第11話

 翌朝、前日のハチの巣から採ったはちみつをパンに掛けて簡単な朝食を取ると、水着に着替えて海に行くことになった。「朝練」という名の遊びの時間だ。


「僕たちは先に行く。君たちも遅れるなよ」


 着替えの簡単なバドルスとシシーはさっさと着替えて海に行ってしまった。女子はテントに全員入って着替えると狭いので、順番に着替えているのだ。


「あ、マナ、Tシャツ着たら、ちょーもったいないよ!」

「別にいいでしょ」


 着替えが終わってテントから出てきたマナは、水着の上からTシャツを着て、せっかくの水着が全部隠れていた。後からビキニを着たミレイが出てきて文句を言っているが、マナは聞く耳を持つ様子がない。


「マナさまの水着姿、見たかったです」

「大丈夫です。まだ合宿は始まったばかりですわ。チャンスは必ずあります」


 マナたちに入れ替わりでカルネとデミが着替える中、デミが少し残念そうに言うと、カルネは確信したような口ぶりで答えた。


「あ、もう始めてる」


 4人全員が着替えてから砂浜に出ると、バドルスとシシーが魔法組手をやっていた。魔法組手とは魔法を使った1対1の試合形式の模擬戦闘だ。バドルスはいつも陸竜ウィルムのオロンと一緒に組手を行っているので、一人で戦うのは珍しい。


 合宿に参加している他の学生たちも砂浜に出て来ていて、バドルスとシシーの組手を観戦するための人だかりができ始めていた。


 バドルスの戦闘スタイルはその態度に似合わず守備的だ。相手の攻撃を確実に防御した上で、隙を突いて攻めに転じるのが狙いだ。これはオロンと組んだ時の相性が良いという利点もあるが、単体での戦術としても効果的だった。


 守備的な相手との戦いは楽そうに思えるが、攻め潰せなければ一気に逆転されるという心理的な圧迫感がある。特にバドルスは攻撃側にそういう焦りを生じさせてミスを誘発するのがうまいのだ。


 それに対し、シシーの戦闘スタイルは独特だ。大人しく落ち着いた性格とは裏腹に戦闘は攻撃的で、特に計算されたコンビネーション攻撃を得意としていた。最低でも5つくらいの魔法を連続で発動し、相手を誘導して防御が不可能な態勢へと追い込むのだ。


 それはまるで詰将棋のような組手で、シシーの術中にはまったら最後、自分では何をどうしてもどうにもならないうちに負けてしまうのだ。


 状況はシシーの攻撃が決まってバドルスの守備に穴が開いたところで、シシーの得意の詰将棋のコンビネーション攻撃が炸裂しようというタイミングだった。


「バドルスの勝ちね」

「え? なんで??」


 マナはその状況を一瞥するなりそう言ったので、ミレイは驚いて聞き返した。デミも、どうして、という表情だが、カルネは冷静に組手を見ている。


 バドルスの隙はシシーの速い攻撃魔法を遅い防御魔法で受けてしまったことだ。すると、この後のバドルスの次の防御魔法の発動が遅くなるので、攻撃側のシシーが戦いを優位に進めやすくなる。


 セオリー通りに攻撃を進めれば、ここからは軽くて速い攻撃を繰り出して手数で圧倒し、防御側のミスを誘うことだ。中等部だとまだ手数を出すと結印を汲み間違えて自爆する学生も多いが、バドルスやシシーのレベルではそういう心配はしなくてもいい。


 しかし、シシーの次の手はセオリーからは外れた一手だった。シシーの魔法はバドルスではなく、その上方に大きく外れたのだ。


 が、次の瞬間、周囲の観客にはその魔法の意味が分かった。バドルスの上方には大きく木の枝が張り出していたのだ。魔法はその枝に向けて放たれたもので、バドルスの死角からの不意打ちを狙ったものだった。


 さらにシシーはバドルスの気を引くため、自らバドルスに向かって突進した。手には新たな結印を準備しているので、バドルスはそちらから目を反らすことは難しく、上方に目を向けることができなかった。


 この状況は、組手を開始した時からシシーが狙っていた状況で、攻防の応酬を繰り返しながら徐々にバドルスをこの位置に移動させていったのだ。そこでバドルスが痛恨のミスをしたので、シシーが勝負に出たのだった。


「甘いぞ、シシー」

「!」


 けれども、バドルスはこの局面自体が想定の範囲内のことで、痛恨のミスと思われたのは逆にシシーの攻めを焦らせるための罠だった。


 バドルスは後ろも振り向かずに大きく後方へ跳ねて上方からのシシーの攻撃を避けると同時に、シシーの後方の砂浜に土属性の魔法を放って爆発を起こし、後ろから攻撃を仕掛けた。


 シシーがさっき上方へ放った魔法は木の枝を利用するため木属性の魔法であり、今、手に結んでいる発動前の結印は土属性の攻撃魔法だった。この攻撃魔法を後方に放って後ろの爆発を相殺しようとしても、同属性の魔法が共鳴して逆に勢いを増してしまい、防御として成立しない。


 なので、ここで取ることができるのは土属性攻撃魔法を上に向けて放ち、上方の木属性魔法に干渉させて魔法の勢いを消して、前方にできた空隙に飛び込んで後ろの爆発から逃れるという手のみだった。しかし、それは、バドルスの間合いに自ら飛び込むということを意味していた。


「<発現(レムス)>」

「<発現(レムス)>」


 満を持したバドルスが放った魔法は土と木の2属性魔法だった。魔法の属性を環境と合わせると魔法の威力が増すので、攻撃魔法は環境の属性に合わせるというのはセオリーだ。魔法の発現と共に地面から鋭角的に伸びた木の根が周囲の礫を巻き込んでシシーに襲い掛かった。


 これに対し、防御魔法の選択肢は難しい。防御には攻撃と異なる属性で相殺する必要があるものの、環境サポートのない属性では防御を突破される可能性がある。シシーはとっさに海の近くであることから水属性を選んだが、環境の属性と共鳴させることに失敗し、防御魔法の厚みが不足してしまった。


「参った。降参だよ」


 防御魔法を突き抜けたバドルスの魔法が直撃し、バランスを崩して後ろに尻餅をついたところでシシーが降参した。バドルスは追撃のための結印を用意していたが、発現することなく解除した。


「今日は勝てると思ったんだけどな」

「あんな見え見えの誘導では気づかない方がどうかしている」


 バドルスはそう言うが、シシーの誘導はかなり巧妙で、普通の相手なら知らず知らずに不利な場所に追いやられているのは確実だった。バドルスがシシーの誘導に掛からなかったのは、シシーの手の内をよく知っているということも影響しているはずだ。もっとも、それはシシーの方にも言えるのでお互い様ではあるけれど。


「ねぇ、さっきの2属性魔法じゃなかった? いつの間に使えるようになったの?」

「……最近だ」


 組手が終わったバドルスとシシーに駆け寄ったミレイがバドルスに聞くと、バドルスはしぶしぶ教えてくれた。その口ぶりからは、前のカインリルの件があった後に使えるようになったのだろう。


「すごいじゃん。2属性ってちょー難しいんでしょ?」

「マナは当たり前のように使うだろうが」

「いや、まあ、マナは別格だから……」

「そんなのは言い訳だ。使えないのはただ鍛錬が足りないだけだ」

「そうね。私もそう思うわ」


 後から追いついたマナが、バドルスの言葉に相槌を打って会話に入ってきた。


「その意味じゃ、今の組手はひどいものね。目も当てられないわ」

「侮辱する気か?」

「ちょ、マナ」

「事実でしょ? 2属性魔法の前に根本的に魔法の使い方がなってないのよ」

「そこまで言うなら、君は正しい魔法の使い方とやらを説明できるんだろうな!」

「いいわよ。まあ、見ればすぐに分かることだわ」


 いきり立つバドルスに、マナはそう言って不敵な笑みを浮かべたのだった。

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